人に対して忠告することは、非常に注意しなさい。上手く言ったところで、そもそも自分がその身分ですらないのに、それに相応しくない立場の人が言った場合は、人は聞いてくれないものだ。だから君子は自分の自尊心を捨てて人に対応しなさいと言われている。自分の普段の言動が正しければ聞いてくれるが、自分が普段から悪行の数々を繰り返しているようであれば、異見らしきことを言ったところで効いてはもらえないものだ。

 

歳が三十語録から四十にもなればもっともらしく思われるようになって、外に出れば自分の子供がこんな状態であるのでどうか異見してやってくださいということもある。

 

又は身分に不相応なことがあれば、自分のことを差し置いて言うことはある。よく考えてわきまえなさい。

 

親兄弟友人間であっても、異見がましいことを言うときは、自分が普段からきちんとしていたとしても、強く異見することはしないほうがよい。孔子も徐々に諫めたとある。すぐにさせようと思っても、納得していなければ何をやっても上手くいかない。あまり強く言っても、却って聞いてはもらえない。それどころか、恨まれることすらある。

 

こんな感じで、徐々に諫めるように、ゆっくりゆっくり納得させなさい。よく聞き入れて全道に入ったのであれば、自分も諫めた相手も人としての道に適うものとなる。そうなればその家族も喜ぶようになって、納得するようになって、商売の道に大きく影響する。

 

異見だけ言っていると、商売に大きな悪影響が出る。

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親子であっても別人格ですからね、ましてや夫婦となれば赤の他人より若干近いレベルです。だから、自分の価値観を押し付けるような要求をするならば、離婚は必至でしょう。

 

さて一般論に戻すと、人間にはどんな立場であってもプライドってもんがあります。頭がいい人は、自分ができない事が許せずに頑張りますが、頭の悪い人は自分が頭が悪いことを知られたくないという行動に出ます。ヤンキーやチンピラ、ヤクザもプライドの塊です。そのプライドも誰に評価されたいかが、一般人とはズレがあります。

 

だから、どんな奴でも頭ごなしで物を言ったり、否定するとそのまま敵意が向かってきますからね。

 

うちの従業員で、仕事の出来上がりなんぞなーんにも考えずにただやるだけというのがいました。彼には「お前の頭は悪くないんだから、少しは使え」と変化球で諭しています。