「何があっても世の中で優れているものを持つと、必ず災いが来るとおっしゃいますが、昔から名刀名馬などをお持ちになる大将は世の中で勇ましい武勇伝がございまして、災いがあることはございません。また昔から賢い人が富めることは稀だとは言いますが、大舜周公旦[1]などの賢い人であっても、富むことはなかったのでしょうか。」

「優れた宝を持っていても、その身に相応であれば害はないのです。相応でないと害は大きいのです。特に世の中にたぐいなき美人を妻か妾にして、家や国天下を失う人は、日本でも外国でもその例は数え上げられないほどある。中でも塩冶判官髙貞[2]は早田宮の娘弘徽殿の西の台といって、絶世の美女を田舎者の妻にしたので、武蔵守師直[3]にあえなく殺されたのです。唐土にも同様の例があります。孔子のご先祖に孔父嘉[4]という人も、その妻が非常に美人であって、金や翡翠の飾りをつけて桃色の美しい肌だったので、宋の華父督[5]に殺されるという似た話があります。また、大舜は身分の低い農民として、終わることなく天子の皇女娥皇女媖[6]を妻として、最も賢い九五の位[7]があっても、普段から清く正しく徳のある生活をしていたので禍はなく、百歳以上も生きました。美しい妻だけではなく、有名な武具や馬具あるいはお茶道具や数寄道具であっても同じである。例えば、文武両道の人が名刀は名馬を持っていれば、突然襲ってくる禍を免れることが多い。あの草薙剣[8]や蜘蛛切り[9]鬼切[10]の類も同じである。もし武道の心得もなく名刀や名馬を持てば、モノに負けて必ず災いに遭うだろう。だから、新田左中将義貞朝臣[11]、その武威が天下に輝いていらっしゃいましたが、ついついつまらぬ色欲に溺れて武徳を失い、水練栗毛という名馬を連れていき、蜘蛛切と鬼切であっても源氏の先祖代々の名品を身に着けていらっしゃっても、あえなくその辺の兵士の矢に射殺された。武徳が衰えて、それ相応になったからでしょうか。

そもそも周の文王[12]という方は、その身相応に高貴であり富んでおり、富みが増えるほど益々民をお救いになり、自分の贅沢には全く使わいませんでした。

 


[1] 大舜と周公旦のこと。大舜は神話に登場する君主。周公旦は周王朝の政治家。

[2] 塩冶 高貞(えんや たかさだ、生年不詳 -1341年(興国2年/暦応4年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。

[3] 高 師直(こう の もろなお)のこと。本姓は高階。鎌倉時代後期から南北朝時代の武将で、足利尊氏時代に執事をつとめた。師直が塩冶高貞の妻に横恋慕し、恋文を『徒然草』の作者である吉田兼好に書かせ、これを送ったが拒絶され、怒った師直が高貞に謀反の罪を着せ、塩冶一族が討伐され終焉を迎えるまでを描いている。「新名将言行録」ではこれは事実としている。

[4] 孔父嘉は孔子の六代前の先祖。

[5] 美貌で有名な、孔父嘉の妻に横恋慕して、紀元前170年に孔父嘉を殺して奪った。

[6] 娥と媖は堯の娘で、とともに舜の妻となった。

[7] 易では九を陽として、五を君主の位とすることから転じて天子の位を指している。

[8] 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、あまのむらくものつるぎ)ともいう。日本神話において、スサノオが出雲国でヤマタノオロチ(八岐大蛇)を退治した時に、大蛇の体内(尾)から見つかった神剣である。熱田神宮の神体である。

[9] 『平家物語』劒の巻によると罪人を試し切りした際、膝まで切れたので「膝丸」と名づけられた。その後次々と名を変えており、源頼光の代、源頼光が己を熱病に苦しめた山蜘蛛(土蜘蛛と同一視される)を切り、名を蜘蛛切と改めた。

[10] 『源平盛衰記』の「剣巻」源満仲は天下守護のために髭切と膝丸の2腰の剣を作らせた。筑前国三笠郡の出山というところに住む異朝(唐国)の鉄細工が八幡大菩薩の加護を得て膝丸と揃いで作った二尺七寸の太刀とされている。満仲が有罪の者を切らせたところ、髭まで切ったことから「髭切」と名付けた。髭切はその後、満仲の嫡子である源頼光の代には配下の渡辺綱に貸し出され、綱が一条戻橋で鬼の腕を斬り、名を「鬼切」と改められた。

[11] 新田 義貞(にった よしさだ、1301年―1338年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての御家人・武将。

[12] 文王(ぶんのう、ぶんおう、BC1152年 - BC1056年)は、支那の周朝の始祖。

 

身分相応という言葉はいつの間にか消えてしまったかのような感じがします。身分差別という全く違う概念と一緒くたにされてしまったかのような感じがしてなりません。

若いうちはいいですよ、それがエネルギーになって新しいことを始めるというのは。ただある程度まで行くと、若くてもそれ相応の身のこなし方や使い方が必要になります。FXで稼いだのかベンチャーで稼いだのか分かりませんが、いきなりフェラーリに乗って宇宙旅行だとかになると、取引先の企業がもっとちゃんとした取引をさせてくれと怒るのは当然です。

こういうことから、金があるから何を買ってもいいというものではないと思います。