深夜になって、ホテルの地下駐車場には、よろよろ歩く男の影があった。
 彼はネクタイもしてなくて、シャツのボタンホールはちぎれている。
 その後ろから、ゆっくり車がついていく。
 車は、はっとしたかのように、急ブレーキを掛けて止まった。
 運転席から降りて来たのはスミレだった。
 それを確認した男は、スミレに寄り掛かるように抱きしめる。

「これがスミレの望んだ事なんだろう。この惑星の、此の国で、何の抵抗も出来る筈がない。魔族は、此の国の人間に……抗(あらが)えない……」
「しっかりしなさい。これは何時もの決まり事だと納得しているはずでしょ。あなたが、真に魔族である事を拒絶し続ける限り、此の国もあなたも未来はないのよ……」
「スミレは政府が差し向けたスパイだ。いつも魔族を監視する為だけに私の近くにいるんだ。決して、良心や、まして愛情なんかじゃない」
「もう、よして。車に乗りなさい。ずっと、心配して待ってたんだから!」
「スパイのくせに、よくそんな事が言えるな。人間だからか!」
「あなたも半分人間でしょうに……」
 スミレは半べそかいて彼の髪の毛を自分の指で撫でながら声は掠れている。
「魔族になんぞ生まれたくなかった。スミレと同じようにただの人間で……」
「それは、既に許されない事なのよ。此の国の政府関係者は、あなたの中に眠っている魔力を覚醒して欲しいと願っているのよ、分かってるの。蓮……」
「はは、途轍も無く恐ろしいよ。そうなった時、自分はどうなるのだろうと考える。身体的にとんでもない怪物に変貌するかもしれない。そうなったら、誰も止めることは出来ないだろうな。この惑星すら、あっという間に破壊してしまうかも……」
「私が傍にいるわ。私はスパイだもの、阻止する!」

 その時、後ろから数台の車のライトが光って、クラクションをけたたましく鳴らした。
 二人は急いで自分たちの車に乗り込んだ。
 スミレはアクセルペダルを踏み込んで、車を急発進させる。
 蓮は後ろの座席に横たわり何かを呟いていた。

 予感していた。会話はいつも同じで、求めている答えは一つもない。未だ体から消えない相手の男の残り香が忌まわしく思える。こんな儚い心なら、もっと傷付いてすっかり壊れてしまえばいい。彼女が傍にいると、昔の自分に戻っている気がする。
 幼い頃から母親の愛情に飢えている自分を忘れる。
 そういえば、カズキも捨てられたと大酉が言っていた。こんなに気持ちが沈んでいるのは、あれが原因か……綺麗に化粧をしているが、まるで能面のようだった、そんなカズキの顔を蓮は思い出していた。