百合の2本入っている花束をいただきました。薄いピンクの百合です。
ピンクのバラと、白いアジサイのような花も入っています。このアジサイは普通とちょっと変わっていて普通よりもっと小さい花の集合体です。
小さいけれども今の季節にぴったりの花束のように思います。百合のとても甘い香りがします。
帰りに、実家に寄って、実家の玄関に飾りましたら、部屋中匂っていました。
私は百合の花の香りも好きなので、それを楽しむことができますが、匂いのきついものに耐えられない方は、チョット大変かもしれません。
何故 花束なのか………
前の職場を移って、1ヶ月。
だいたいこの辺りが、歓送迎会という名前の集まりが行われる時期なのです。
結構今回は人数が多かったので、出るものが多ければ、入るものも多いのです。
全体的に若返りしたようでした。
今回は、港が見える美しい会場で、真っ白い部屋で、部屋にバーカウンターもあり、椅子も透明なもので、天井からはシャンデリアっぽいガラスの粒のようなものが垂れています。どうも結婚式などに使うような感じで、そのまま披露宴会場にもなるという新しい形の宴会場でした。17F でした。
そういえば、「海の向こうからゴジラがやって来て、この地区の建物をへし折ったりしている映像があったっけ……」という景色。
まあ、ゴジラはやってこないので、美しい夜景が眼下に広がっておりました。
いつも思うのですが、もう1ヶ月も経つとどんなに懐かしい有能な人でも、去ってしまえば、もう居場所というものはなくなっているのです。どんなにその方が抜けた穴が大きかろうと、もうすっかり、そこが埋められる体制が出来上がっているのです。
今回もかなり人事的に若返り、色々な仕事の中心を担っていた方が去られた形だったのですが、もうすっかり変化した体制になっていました。
新しい顔ぶれの方が、だんだん力を持ち、また新しい基盤ができていくのです。
そういった自助能力がどこにでもあり、時が経ってすっかり変わっていくのです。
新しく、授業を引き継いでいただいた方ともお会いしました。
お話を聞きましたら、教えていた彼らはよくやっているとのこと。
安心をすると同時に、ちょっと寂しい気持ちもするのは確かです。
勝手なものです……。
「私でなくちゃ」というものは別にないんだなあと感じるからです。
そんなに大したことをしているわけではないので、しかたがないのだということはわかっているのですが。
去る者は日々に疎し……
Out of sight, out of mind
この百合が枯れて散るあたりは、もうそれぞれの生活が順調に滑り出し、すっかり新しい生活に慣れていることでしょう。(今もそうですけれども。)
まあそんなことの繰り返しなのだなあと感じる時です。
何回もこうやっていくうちに、「そんなもんだよな」ということの繰り返しだとわかってくるのですが、みていてまだ若い方は気持ちの変化が大きいようで、寂しさもかなりなようです。
まだこういう変化に気持ちが動くということはまだ若いということなのでしょうかね。