何やかやと忙しさに紛れ、季節の移ろいに鈍感になっているかもしれない。

風が朝晩にひんやりしていると、「ああ、まだ五月だもの」という感じはするのですが。


先日のお昼の定食の中に、ありました。

かつおのたたき定食。
そういえば、「鰹」食べてなかった。
「目に青葉 山ほととぎす 初がつお......」
もちろんありがたくいただきました。
これも立派な季節感。


高校の友人からメールが来て、共通の知人のことを知らせてくれました。

私も昔、音楽少女と共に、文学少女でも?あった時があり、その頃の知り合いの消息について知らせてくれました。

その知人は、どちらかといえば「詩」に興味を持ち、結局「ランボー」について勉強したいということで、フランス語を勉強する道を選んだのですが、「詩人」にはならなかったようです。

しかし、何と現在は北アフリカのある国のために働いているとのこと。
「ランボー」から始まって、ずっと 何かを追い求めてきたその歳月と気持ちに「あっぱれ」だなあと、その執念みたいなものに感じ入りました。


人ってやっぱりどう生きていくか、どう生きていきたいのか常に模索し、考え感じていくものなのですね。



詩人といえば、ランボーといえば、一昨日の日曜版に中原中也のことが載っていました。
詩の一節が載っていました。こんな一節です。


「 ああ おまへはなにをして来たのだと…
吹き来る風が私に云ふ」

中原中也「帰郷」

友人がメールをくれたのが土曜日。中原中也の詩が載っていたのが日曜日。その知人の消息を知らせる高校の同窓会報紙を友人が送ってくれたのが、月曜日。
私も何かもう少し考えて生きるようにという運命的なお知らせでしょうか?



大アトラスや小アトラスの山越えには、みぞれや雪が降り、アフリカとはいえ、かなり寒かった
彼の地。
アーモンドの花が咲く良い時期にまた行きたいと思っていた地。
ちょうどラマダンの終わる時はお祭り騒ぎでした。

イスラム圏の緊張が止みません。
有事の時は真っ先に責任者として動かねばならない立場にいらっしゃるようです。
無事に任期を終えられますように心よりお祈り申し上げます。