30年後の総理大臣のブログ

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テーマ:

和文化 履物の歴史


履物の歴史を教えてください
古代人は何をはいていたのですか?


歴史学者田辺真人先生
履物の起源としては、太古の人々は

もちろん裸足であったと思われ、歴史時代に

入ってからも素足の歩行は甚だ多く、

履物は特殊の上層階級にのみ許されたのです。


かの有名な邪馬台国があったと言われる

三世紀より一世紀前の二世紀あたりから

田下駄が発見されている。


この時代、普通の下駄の使用は

一般に普及していなかったと思われる。


30年後の総理大臣のブログ-下駄1

古墳時代から奈良時代に入ると、

中国の影響を著しき受けた沓(くつ)が

宮廷を中心とした身分の高い人たちに

履かれるようになったようです。

この当時の沓とは、動物の毛皮や布などを

縫い合わせて作った物から、鳥皮や藁で

作った物まで、身分に応じて履かれたようです。

平安時代に入ると、日本文化が独自の

発達をみせはじめ、

履物も豊富に日本化したようです。


30年後の総理大臣のブログ-下駄2

宮廷、公家、僧、武士、庶民とその階層の

用途によって発達したが、

下駄の前身足駄(あしだ)が民間からおこり、

武士や婦女子にも履かれたようです。


足駄は台の形は楕円形で、材質は杉、

歯は銀杏歯(上から下へ反って広がっている)で

一つの木材から刳って作ったものである。

また、この頃から、真っ黒に塗った塗下駄や

、台に表を打ち付けた
表付下駄も履かれるようになった。
   

30年後の総理大臣のブログ-下駄3


鎌倉室町時代になると宮廷、公家だけの履物と、

新興武士たちは草鞋や草履などを履き、

また一般大衆も履物を履く風習が普及しだした。

日本独自の履物「足駄」が初めて世に

現れたのは、徳川時代になってからである。


和文化・続く
   



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