February 28, 2006

「近況報告」-白髪、増えました。-

テーマ:ベンチャー不動産流通企業社員のお仕事日記

]1月から3月までのやす日記ではつくばでお世話になった人や仲良くさせてもらった人を1日1人紹介!…するはずが、なかなか日記が書けないのが現状っす…。。

とゆーのも会社から家に着くのは早くて23時、遅くて1時。

朝起きるのは遅くて7時。早くて6時。

 

お察しください…ネットに向かってもジャムのHPとミクシィの新着日記見るのが限度なのです。。

 
仕事の中身についてはもちょっとしたら書いていこうかな。色々なことを学んできたけど、4月までに達成したいことの半分もいってない。仕事においては結果を出さない=何もしてないのと同じだからねぇ。。

 
以下、忘れないようにメモしたこと。


最近の自分の課題

①柔軟性
目上の人から今までの自分の考え・自分がやってきたやり方と違うことを提案された時、まず素直に実行してみる。過去の自分の中でのデータ・傾向・結果にとらわれず、まず受け入れる。

②説得力
簡潔に、論理的に、相手が理解できるように話す。そうなるために
(1)話す時のイメージをあらかじめ考えておく
(2)会話の流れで瞬時に的確な言葉を出せる頭の回転の良さを身につける

この2方向からの練習。

③徹底化
(1)目標設定→手段設定→実行→検証

(2)相談・連絡・報告
(3)相手が何を考えて、何をしたくて、何をしようとしているのか常に考え続けること(もし自分だったらどうしてもらいたいか)
(4)常に平常心を保つ
今は意識して取り組んでいるこれらの習慣を徹底化して完璧に自分のものとする。


んー、書き出してみると改めて分かる。堅苦しく書いたけどはっきりいって①~③全然難しいことではない。。少なくとも同期内定者はできている人ばっか。

 

俺こんなこともできてないんすね。少なくとも①~③においては、50人の内定者の50番目であることは引け目でも謙遜でもなく事実。全然へこんだり自責したりとかはしてないけど。早急にできるようになれば良いだけですので☆
 
次の記事にはつくばライフ1月後半~2月分について書きます~明日は最後のレッスンだ!!!!!!!

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February 23, 2006

ヤマサファミリー②「つくば一破天荒な生活」

テーマ:その他

今日は引き続きヤマサについて綴る日記です。

 
(やす…2003年11月入居 箱木君…2004年4月入居 遠藤君…2004年夏以降は毎日宅通、2005年1月入居)


やす部屋、箱木部屋、遠藤部屋、基本はドア開けっ放し。出入りが多いこと、三人とも盗られてまずいのがパソコンくらいということ、僕はドアにオートロック機能がついてしまっていることなどの理由がそれを可能にしました。通風も良く部屋への日当たりは抜群。。そして様々なゲストが入れ替わり立ち替わりやってきました。

ドドリアいなりーカマーはかなりの常連でした。ヒクソンもかなりの重症。よっしーも大のヤマサ好き。これに住人3人を加えた8人がいわゆるヤマサファミリー。みんな最初は“この家おかしいから!”とつっこみつつだんだん中毒になっていきました。

やど祭委員はみんな一度は来ているのではないかっていう勢い。1ヶ月近く遠藤部屋で写真の仕分けやってたし企画っ子はとかやったしね~盛り上がってみんなが帰った後は3人で反省会を開くのが定番でした。

4~6月のやど祭期間中は実に様々な人が風呂を借りに来て、風呂が溜まる&順番待ちをする20分くらいの時間をいかに楽しんでもらうか、写真とかテンションを利用して僕も頑張りましたwここで知り合った一年生も何人もいるしね。ヤマサならではのコミュニケーションです。

ジャムっ子は風呂の他に音作りで僕の家来たことある人も多かったねぇ。その都度壁にダンサーズサインを書いてもらいました。砂壁の上の真っ白な壁紙はジャムっ子の落書きとジャムでの写真とイベントのポスターやフライヤーで埋まり、僕が心底ジャム好きなのがバレる場でもありました。

 

 
さてさて群雄割拠入り乱れる中、僕にとってのヤマサはなんだったか、改めて振り返らせてくださいな。。

 

  

僕は3年の秋から4年の夏くらいまでの頃は就活、ダンスのコンテストを中心に軸がぶれたり、プライベートなことでも心が揺れたりと情緒不安定だった時期なんよ。

もちろんその都度乗り越えて成長してるんだけど、すぐまた何が最善か分からなくなって、他方授業やカテキョといったルーティーンだけは忙しくて、疲れてた。今より考え方の切り口や検証、切り替えも甘かったしね。

  
 

参考記事→敗れて、砕けて、負けそうになる。負けない。 (2004年11月)

       現在五里霧中。 (2004年12月)

       つれづれなき日々。 (2005年1月)

       疲れたときにはエスカップ、イエローキャブのコFカップ。 (2005年2月)

不調。 (2005年4月)

       やす雑記(4)~ざわめきの日々~ (2005年6月)



でもどれだけ悩んでいようが

へこんでいようが

傷ついていようが


いったん箱木家のドアを開ければヤマサの日常が待っている。これがホッとしたんよね。



そして僕は箱木家の飯に手を出すようになり、

炊飯器を持ち込飯を炊き、

カワチとカスミの安売り日に買い出しに行き、こんにゃくを煮て、

漫画を読み(はじめの一歩、ドラゴン桜、彼氏彼女の事情、ハツカレあたりはヤバかった!)、

タバコを吸い、

ビッグベン半額の日に大量(計5000円弱)のCDを借り、

ノリで筑波山に行き、

ドラクエ5をやり、

今後のやど祭について会議を開き(ヤマサ会議)、

漫画を描き(長編漫画GPS!あの構想はアツかった!)

朝方には必ず箱木家で眠っていました。



箱木家中央集権問題解決のため調理道具と材料が僕の部屋に移されて深夜毎日遠藤君が来たり、

遠藤君の片さない洗い物を僕が片す日々が続いたり、

一方僕らも箱木家にたまりすぎ、てかぎゃっつさん人の布団で寝るなよって話になって法治のためヤマサ荘家訓が生まれたり、

コンポやネットやIP電話が導入されたりと

日常の中にもささいな変化が訪れていきました。


固定メンバーも揃い、24時間誰かしら必ず箱木部屋にいるという学実委並みの自主シフトが組まれ、そんなある日。


“親が実家(神奈川)から通えって・・・orz”


箱木君の一言に慌てて全メンバーを召集し、8人による会議。僕は危機回避のためにスケッチブックを使ったプレゼンまでしてましたw。

箱木君は学園の新しい家での一人暮らしということで何とか落ち着いたものの、ヤマサ荘3人の共同生活は解散。新箱木家もある程度たまり場になってますが筑波大の常識範囲であり、何でもありで破天荒なヤマサライフは消滅しました。


さよなら、ヤマサライフ (2005年9月)


「箱木君・・・きみが帰ったら部屋ががらんとしちゃったよ。でも……すぐになれると思う。だから………心配するなよ箱木君」


この台詞は・・・もちろん某有名マンガのラストシーンのパクリだけどwwでも、まぎれもないあの時の僕の気持ち。

  

それはこれからは助け合っても馴れ合うことなく強く生きていこうって決意だったんよ。

  

宅建、学祭、卒論、冬メル。この時期、もう目的は確固たるものになっていた。。僕は悩んだり迷ったりせずに学生生活最後の課題に向けて取り組めたんだ。

 

 

旅に疲れた人は、帰る場所さえあればまた旅立てる。

 


これから何年間になるか分からないけど、大局的に悩んだりすることなく仕事やってけるかな??なんてったって本気になっていくから平気な気もするけど、もし帰る場所がほしくなったら・・・

 

結婚????あ~間に合うと良いなっ!

 

明日は・・・誰書こう。。まだ未定(+_+)

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February 22, 2006

「ヤマサファミリー①」-リアルスラムも住めば都-

テーマ:B-BOYやすのお騒がせつくばライフ

ヤマサ荘・・・。そこはつくば市某所に存在する築20数年のアパート。家賃は管理費・共同風呂代・水道代・駐車場代全てこみで22000円

 

名義貸しがばれて平砂宿舎を追い出された僕はその日の夜中につくばアパートマップなるものを片手に学園の低家賃物件をチャリで見て回り、風呂が比較的きれいで学校に近いここを選んだのです。

 

 

どんなに目張りをしても外と室内の気温が常に一緒になるいう24時間換気システム

 

ドアが中から開かなくなったり鍵をしてないのに勝手に鍵が下りてきたりといったオートロック機能

 

あっという間にブレーカーが落ちたり、さらにはテレビがどんなに配線工夫しても波線と雑音で恒常的に映らないのでテレビ見ない&部屋にいなくなるという安心の節電システム

 

どれをとっても新築一戸建ての最新商品に負けない設備だねと一瞬だけ思うようなミラクルな部屋でした。。。

  

 

平砂宿舎がスラム、僕が住んでた一階がグランドスラムなんて呼ばれていたのも懐かしいです。こここそがリアルスラムでした

  

 

そんな部屋ですがぽろぽろ崩れ落ちる砂壁を白模造紙で覆って明るくし、さらに間接照明で優しい光を当てるとそれっぽい部屋に。。さらに家具、カーテン、フローリングマット、カーペット、工夫に工夫を重ねて「フツーの部屋」「オシャレな部屋」を目指していきました。。


  

この家にはメリットとして「風呂使い放題」があります。風呂代が共益費として含まれているのでお湯溜め放題、貸し放題!!!ジャムっ子や企画っ子はお世話になった人も多いかと思います。

 


ある日も後輩が風呂を借りに来ました。彼は「ここ全然いいじゃないですか!」と(工夫完了後の)僕の部屋と家賃を聞いてびっくり。2ヶ月後には住人となっていました。


彼こそが三軒隣の箱木君

 

 

毎日のように、ではなく本当に毎日、風呂を借りに来る同輩がいました。風呂後もヤマサ荘にひたすら残り、だんだん風呂前から居座るようになり、ある日は風呂を忘れてそのまま帰って何しに来てるんだって話になり、やがて住人となりました。

 

彼こそが人間学類の遠藤君

 

 

こうしてヤマサライフなるものが始まっていました。そしていつしかヤマサファミリーが結成され、やど祭に少なからぬ影響を与えるようになっていきましたww。続きは明日書きます。東京に戻る前にはたしてヤマサネタはどこまで書いて良いものか相談しにちょっと新・箱木家に寄ってきます★

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February 20, 2006

ぜんぽ‐筑波大で一番ギャル男みたいな格好してる人‐

テーマ:B-BOYやすのお騒がせつくばライフ

ぜんぽとは、出会ってソッコー仲良くなったもんです。

 

 

ありとしさんってゆー共通の師匠がいたのがきっかけだね。(僕・・・ジャムの先輩として ぜんぽ・・・高校の先生として)


部局も違うし仕事で直接関わるわけではないのですが、僕はぜんぽをかわいがりまくった!その度素直にについてきてくれたり逆に誘ってくれたりして嬉しかったな☆そーいったら例の山形2往復ツアーにもぜんぽのたってのお願いということで挙行されたのでした。

 

 

企画っ子の集まりにも僕は毎回彼を呼んだし、2人で遊ぶときはやど祭の真面目な話なんかもよくしました。

 

自分と似ていて破天荒で既成概念に縛られない一面がある奴なので、僕がやど祭において経験した仕事上・人間関係上の失敗やフラストレーションを繰り返す可能性がある。

 

そんな意識でもって大局的な組織への考え方から日々の行動までぜんぽの話を聞いたりしました。

 

 

“やっぱヤスさんはありとしさんの直系の弟子っすね”って言われた時は嬉しかったな~。本当の弟みたく思ってます。 

 

 

まぁこいつは

 

大学にセンターGUY+ホスト÷2みたいな格好で来たり


やど祭でも落ち着かずPGB旋風を巻き起こしたり


ニッチ志向のやりたい放題欲求が強かったり

つっこみどころ満載、まさにギャル男ぜんぽのお騒がせつくばライフ。

僕の通ってきた道を歩み続けている。あんなに話聞いたのにデメリットにいたるまで僕と同じことを繰り返すw

 
 

だけどその高いマネージメント力と実行力で、きっと彼も描いているイメージを達成できることでしょう。

 

てなわけでお騒がせな弟ですがこれからもみなさん彼のことを宜しくお願いします☆


明日は・・・「ヤマサファミリー」

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February 10, 2006

「よっしー」-ドキドキさせないドキンちゃん-

テーマ:B-BOYやすのお騒がせつくばライフ

僕とよっしー。やど祭でのあだ名で言うならぎゃっつさん&ドキンちゃん。

一体この2人は今まで何十回“え、付き合ってるの?”と誤解されたんだろうかw

 

ドキンちゃんことよっしーとの出会いは入学してすぐのやど祭企画部局。最初は北海道出身のかぁいらしいコってイメージだったけど、お互いの素性を知るうちに、そしてよっしーがやど祭期間の差し入れのお菓子を食べ尽くしていくうちに、良い意味で全く異性としてみなくなるくらい仲良くなっていきました。
 

 

よっしーとのパートナー契約が成立したのはその年の冬。。なんとなくとか、ただ仲が良いからとかではなく、実は僕は意識的によっしーと一緒に仕事をしていくことを選んだんだ。 

僕は一年の頃、“自分はやど祭委員としての仕事への切り口・対人関係の面において、賢さ・丁寧さ・現状判断能力・アフィニティ(親和性)において欠けている部分が多いな~”って自己分析してたんよ。

でも、そーゆー自分の弱点に対して、やど祭の仕事の中で悩みながらもがきながら、泣いて気づいて教えをこいて、成長していこう!…とは思えなかったんだ。

 

なぜか。成長するためには絶対、膨大な量の時間を費やす必要がある。

 

当時は初心者のダンサーとしてジャムにすごい時間をかけていく必要性があって、ジャム:やど祭の時間比率が95:5くらいだった。

でも次の企画を担うバトンは既に自分たちの代に引き継がれている。

 

・・・じゃあどうやったら今の自分のままで結果を出せるだろう??

そんな時によっしーに大きな可能性を見いだしたのです。賢くて、人に好かれて、新聞とか雑誌作ったりという概念を具体化することに大きなアドバンテージをもっているよっしー。このコなら、僕のマイナス面を補ってくれるかもしれない。

“ドキンと2人でステージ企画をやらせてくれ”と企画部長仙一に頼んだ真冬のがんこやも良い思い出だ。

 
よっしーは最初は、りべろが副部長になってステージ企画人員が足りなくなったところに御輿からぎゃっつがやってきた、くらいの認識だったんじゃないかと思います。僕は、企画の独創性・プレゼン・色々な人とのつながり・徹底力といった自分のアドバンテージでもって、よっしーを補っていこうとしていきました。

ドキンが煮詰まればぎゃっつが案を出す。ぎゃっつが先走ればドキンが足場を固める。ぎゃっつのアイディアをドキンが仮説に昇華させ、それをぎゃっつが具現化していく・・・

 

もともと仲が良かった二人だけに、こんな風に助け合い、支えあって仕事していくようになるまでにはそう時間はかかりませんでした。。

 

様々な障害があって、色んなことを犠牲にして、成功させれば全てが報われると信じて2人でやってきた2年生の期間中のエピソード。これはなんだかんだとけっこう色んなところで話してきたし、これからも小出ししていくかもしれないので多くは触れません。。


  

やど祭が終わり、よっしーとは「自分の持っていないもの武器をもっている実務的なパートナー」から「お互いの成長と利益追求のために手を組む総合的なパートナー」になっていました。

 

ある時は二人で東京に行って就職についてのインタビューの仕事をし

 

ある時はよっしーの新設サークルが学園祭で模擬店を出せるよう仲介的な仕事をし

 

次の年のやど祭ステージ企画における課題と問題について確認しあい

 

そして、それぞれのフィールドが別世界で特化していっても必ず定期的に会い


今でもその関係は続いています。。


お互いそれぞれのステージで頑張って、二人で会うと今やってることからつながっていく夢を語って、疲れてきたらヤマサでぐでんとしてたもんだね。

 

渋谷でインターンしてるマーケティング職のよっしーと、渋谷で内定者してる営業職の僕。いつの日かまた仕事において利害一致の元手を組むときがくるかもしれない。。その時になって困らないよう、今のうちに頑張れるだけ頑張ってみよう!!!!

 

明日は・・・「ぜんぽ」


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February 09, 2006

2月8日はやっぱり何かが起こるのね

テーマ:たまには立ち止まって考えてみる。

2月8日は僕にとって「決意の日」あるいは「初心を思い出す日」。。。大学に入ってから偶然なほど毎年色んなことが起きているのです。。

 

 

※注・・・今日の日記は概念の話(叙情的な内容)ばっかりで、しかも恥ずかしいエピソードも多く、僕のことをぜんぜん知らない人はともすれば「なんだコイツ」って誤解しかねないような日記になりそうなので、斜め読みor見てやるかーって僕を許す気分でご覧ください。

 

 

3年前のこの日は好きな人と2人でご飯食べに行ったな~その後自分の小ささが悔しくなって夜中のつくばセンターで泣いてましたw


2年前のこの日は、ちょうど最近書いたけど車GETを目指す日々。。石丸電気バイト後にダンス場で練習してたらその人が僕に手を振ってくれて、あぁ自分はこの人のために頑張ってるんだったな、って初心を思い出しました。。。(アホみたいな話ばっかですみませんw)

 

 

去年のこの日は就活イベントで釈由美子を生で見てテンションが上がったなww

 

まぁそれだけじゃなくて、釈さんみたいに素敵なお姉さんや意気揚々と自社をレペゼンする大企業のビジネスマン、それらをつかさどるイベントのスケールと比べたときの自分の「お客様状態(=対等でない、無力、小さい、何も求められていない)」がもう笑えるくらいのレベルで、こうなったらこのビジネスの世界でありえないくらい成長していくっきゃないんだな、って決意を新たにした日だったのです。

 

 

今年は・・・夜までは今日が2月8日でそんな日だってこと忘れてた。。。

 

 

で、実は今日はお昼に粉クリ(学校のカフェテリア)で昔ちょっと色々あったコとひさびさに会ってねぇ。。

 

夜今日が2月8日だって思い出したことだしせっかくの偶然はうまく利用しとくか~くらいの感覚でそのコにメールしてみたんよ。。。今日はひさびさだったね~今度遊べたら良いね~みたいな感じで。。

 


だけどそのコは平日は休みないんだって。。いや、それは学生であれ社会人であれ普通なことなんだけど、問題は僕が土曜、日曜は必ず働いている人だってこと。

 

あ、・・・もう、このコと会うことはないんだ。。

 

向こうもそれを察して、「ヤスのいいところを活かして、これからも頑張ってね!」みたいな内容のメールが来た。ホントお別れって感じの締め方w

 

そして気づく。。。

 

僕は色んな人と、もう会わなくなっちゃうんだなって。。

 

毎日一緒に練習した仲間も、意見を戦わせた同士も、馬鹿やった男友達も、笑顔でいさせてくれた女友達も。


確かに僕は会社が火曜日・水曜日連休のときもあるけど、その時はみんなにはみんなの時間の過ごし方がある。。 

 

みんなが息抜いて集まる土日は自分の戦場。認めたくない!ってだだこねたところで、構造的に会わなくなるようになってるんよ。。

 

そうして、想い溢れる人たちとも会えなくなるんだろうなって考えて、すごく寂しくなった。。


なんとなく、この1ヶ月のようにうまいこと時間作って会える気がしてたけど、そのコとのメールで、違うんだな、環境が変わっていってるのは僕だけじゃなくお互いなんだなって気づいた。。


  

「現在」が「思い出」に変わっていくのをリアルに感じる。。


あの時あの場所で出会ったんだっけ、あの店連れてったっけ、僕何て言って口説いてたかなw、そのコのバイト先でピアス選んでもらったな~

 

・・・そのコとのエピソードはつい今日までとりたてて思い出す必要もない「現在」だった。

 

それが、帰ってこない、愛しい、切ない、「思い出」に変わった。

 

 

これから、「思い出」になる人達がもっともっと増えてくる。。別れのときは着実に迫ってきている。。

 


僕はたくさんの思い出を胸に秘めたとき、いったい何を想えるようになっているのだろう。

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February 06, 2006

ありがとう、そしてさようならPART2

テーマ:B-BOYやすのお騒がせつくばライフ

あれは11月のこと。満杯に近づいてきた携帯のメモリーから疎遠な方を削除していく代わりに記録としてここに名前を刻みました。

 

関連記事→ありがとう、そしてさようなら

 

それから3ヶ月しない間にメモリーは増え続け、現在475件…。社員さんの連絡先を始め色々お仕事関係で増えてくのです。お別れするのは辛いけど、心を鬼にして消してみます!50件も。疎遠なところから。。


家庭教師のタートル先生。だらしなく傲慢な僕が大学1年にして初めて社会の厳しさを知った場所。電話での話し方や数字にこだわる姿勢をはじめとする営業の基本の基本を教わりました。バイト仲間だったふーさん福山さん山本さん町田さん菅井くん浦山さんそして熊谷支社ありがとう。



ガストつくば学園店では作業をどんどん速くしていく意識を学びました。バイト仲間の阿部ちゃん、女子高生に仕事を教わったなんて経験は後にも先にも君だけだと思います。ありがとう。



短期アルバイトの仕事って疲れるし単調になりがちなルーティーンが多い。なのにとても温かく楽しい雰囲気で仕事ができました。ムービング三徳商事木村さんYOUワールドオアシス、ありがとう。



飛び交う専門用語、オフィス街を颯爽と歩くビジネスマンとしての姿…東京で働きたい!改めてそう思いました。ジェイテック高橋さんパワードコム高島さん、ありがとう。



シフトに入れる曜日、時間が合わなくてご縁がありませんでしたがちょっと働いてみたかったです。ゴールドゼロンやぐらカフェなかやま天神花畑スパーデルタ進学会。ありがとう。



自分のアドバンテージを生かせて時間も自分で決められ、茨城ながらのゆるいなあなあも効いた家庭教師のアルバイトは、大学生活においてバイトを本気になるフィールドにしたくない自分にとって本当に天職でした。家庭教師仲介業高野さんふぁいとワイド企画


そして派遣先の横山家石塚家小林家飯田家亀谷家荒井家竹澤家。ありがとう。半分以上は卒業までめんどう見られずに終わって申し訳なく思ってますがみんなが塾にも行っていてそこで結果を出せそうな子達だったのが救いです。またいつか遊ぼうなって約束した生徒たちのケー番は消してないからねっ。



そんなにお世話になってないけど連絡する必要があった時に登録しました。ずばっと削除します。シューティングスター土浦ケーブルテレビつくば市アンケート調査係つくば市郵便局やまや大江戸温泉そしてヘアーピース高野さんなんとなくありがとう。

 

大学生活の間で様々なきっかけで知り合ったもののその後の関係が続かなかった人々。今回は涙を飲んで削除しますが縁があって再び出会ったらぜひ仲良くなりたいっす!そう思ったからケー番交換したんだと思うしね。。はぎさんすすむたかのぶなつみちゃんえりなちゃんなっちゃんえりさとうさんなおこ、ありがとう。もしこのブログを見てくれていたらぜひミクシィで声かけてください

 

 

これで48件消去。あと2人か・・・よし。。

 

 

やすよさん!!!やど祭委員が毎年夏手伝ってる地域行事「谷田部祭り」で出会って2年連続で楽しく飲みましたね。。「きゃーこんな若い子があたしのところに来てくれるなんてー!!」って喜んでもらえるのが嬉しかったので色々雰囲気作り等盛り上げたつもりです。お仕事頑張ってください~メールなかなか返さなくてすみませんでした☆

  

うーん・・・年上過ぎは駄目ですね。。。

 

みか!!夜の西葛西駅前で酔っ払いにからまれていたところを僕が機転を利かせて救ったという電車男のような出会いをした、中学生。。。。方向が一緒だったのでそのまま2人で帰り、なんとなく番号交換。その後の進捗、全くなし。(あったら困るんだけどねw)

 

うーん・・・年下過ぎは駄目ですね。。。

 

  

でも違った世代の人とプライベートな話するのはけっこう勉強になったり面白い気づきが多いんす。ありがとう。


 

そして50件分の皆様・・・

 

 

・・・さようなら!

 

 

(削除中・・・)

 

 

・・・削除完了っ!出会った人とはいつまでもつながっていたいものですね。 


 

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February 04, 2006

「パンサー」-時を経て魂を持った車②-

テーマ:B-BOYやすのお騒がせつくばライフ

今日は車についての思い出を語る後編でございます。

昭和59年式のチェイサーのオーナーとなった僕はカテキョバイトを始め、ちょうどおとずれたやど祭での車出しをし、大学にも買い物にもクラブにも旅行にも就活にもとにかく車で出かけるようになりました。

 
一番遠くまで行ったのが三年生の夏の山形県鶴岡市。二週間で二往復(ほぼ下道)とかまぁよくやったもんだ。

山形行きの車でどんなノリか“このチェイサーに名前をつけよう!”ってことになり、天才コピーライターまるこによって“パンサー”と名付けられました。

 

パンサーはとにかく不思議な車。

 
110キロ超えて走るとちんこんちんこん鳴るのは昔の車ながらのご愛嬌としても

勝手にドアロックしたり勝手に解除したり。基本は車外に出てドアを閉めると間違いなくオートロック。最新仕様顔負けw

助手席に乗っていたぜんぽが落とした食べかけのあんパンはついに最後まで出てこなかった。落とした瞬間を僕も横目で見てたのに。すぐ探したのに。当然ドアも閉まっていたしその後車内をくまなく探したし。“時にパンサーは飯を食う”とゆー小学生並みの結論に達せざるを得ませんでした。
 

 
そして収納力が半端ない!パンサーはトランクを開けっ放しにして荷物をフリーズさせるのです。

今までに運んだ物は

 
自転車(企画っ子はかなりの人がお世話になったのではw)、メルナイトに使う大量の暗幕全部、箱木家の棚、よっしーの家のもの全て(二往復半)、やど祭Sあ御輿…よく頑張ってくれました。
 

 
パンサーが快調に動いてくれるかは本当にこいつの気分次第。遠藤君に乗らせるとなぜか毎回動かなくなり、一方僕は 自らのミスで何度かJAFと仙一のお世話になりました。。。

 

今までにパンサーの経験した故障&アクシデント&違反は

 

助手席のパワーウインド壊れる、脱輪、バッテリー上がり、バッテリー取り付け不具合で動かなくなる、駐禁、スピード違反、ガス欠、エアコン壊れる、駐車場でポールにこすってライトカバー割れる、カーステ壊れる、タイミングベルト切れる、パンク、筑波大学入構違反35点、運転席のドア壊れて永久に半ドア状態・・・

 

まさに伝説のオンパレード。。。

  

そんな中、対物・対人事故だけは起こさずに済みました。。パンサーが僕を守っていてくれたんだと思っています。 

 

パンサーでは車体感覚が気持ち悪いくらいあって斜め後ろの景色も分かったから都内の幹線道路もタクシーと同じノリですいすい車線変更しまくってたんだけど、今は会社のちょっと大きめの車にまだ慣れてないっす。。。300キロ近く走ってもパンサーで走った30000キロの癖がなかなか抜けなかったの。。。

 

最近は、勘とか感性でなくきっちりとした判断とメリハリをもって運転していくって課題をもって練習しているよ。。 

  

これから走るのは茨城の田舎道の国道ではなく都内の繁華街や住宅街。。一瞬の気の緩みさえあっちゃ駄目だし、そうでなくても危なっかしい運転してたらお客様不安にさせちゃうもんな。。

 

頑張ろう!

 

車の話ばっかですんませんでした☆明日は反響がけっこうあったあの企画の第2弾!!!!!

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