新聞小説「春に散る」(13) 沢木 耕太郎 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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作:沢木 耕太郎 挿絵:中田春彌   6/12(427)~7/5(449)

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感想
ようやく見えて来た佳菜子の秘密。

霊的能力があるから翔吾の勝利も予知していた?
しかし、このテの小説で超能力が出て来るとは・・・・
「イージー・ライダーのなりそこない」か。

リアルタイムで体験した映画だから良く判る。

 

次からは翔吾と大塚の戦いに舞台が展開して行く。
若者がだんだんスキルアップして行く姿を見るのは、なんとも心地よい経験(ガンダムしかり)。

けっこう長丁場になって来たが、飽きることなく毎日楽しく読んでいる。

 

あらすじ

来訪者
広岡たち四人に翔吾、佳菜子を加えた六人での生活リズムも落ち着いて来た。かつて広岡たちが働いていた佐藤興業で翔吾は働き、体幹を鍛えた。
翔吾とチャンプの家の事が、美談として一般のスポーツ誌にも取り上げられた。広岡は反対したが、令子は翔吾の今後を考えて、取材を受ける事を勧めた。代表して藤原がインタビューを受けたが、好き放題に脚色して話した事が記事になってしまった。

 

そんなある日の午前、真拳ジムの令子が電話で広岡に「話したいことがある」と申し入れて来た。令子は午後、和菓子を携えてチャンプの家を訪れる。広岡の淹れたコーヒーを飲みながら、父の淹れたコーヒーの味に似ていると言う令子。
令子の話は大塚の事だった。

世界戦を控えていたが、嫌だという。スパーリングで翔吾にノックダウンされたのがよほどショックだった。
同じジムの選手同士が戦うのはあまりない事。令子は突っぱねたが、翔吾を倒さなくては前に進めないと言ってきかない。
令子の頼みは、翔吾が大塚との試合をする気がないという事を、スポーツ誌のインタビューで表明して欲しいというもの。

 

チャンプの家で六人揃っての夕食の後、広岡は令子からの話を皆に伝えた。三人は皆避けるべきだとの考えの中、翔吾はもう一度やってみたいと言い出した。

大塚に勝つことが出来たら世界が掴めそうな気がする、と。
佐瀬はもう一、二試合リスクの少ない相手とやらせたい、と言ったのに対し翔吾は遠慮がちながら、リスクの少ない相手と戦っても仕方がないと返した。
この数カ月で翔吾を大塚に勝てるボクサーに出来ないだろうか、という広岡の言葉に皆が乗った。

 

翌日、広岡は令子に電話でそのことを伝えた。

少し考えさせて欲しいという令子。
家庭菜園に向かった佐瀬がすぐに戻って来て広岡にイージー・ライダーのなりそこないの様な奴が近所を廻っていると伝えた。

佳菜子から聞いた、進藤不動産の進藤が高校時代にタレントの追っかけをしていた仲間の事を思い出していた。

 

広岡が家の前で様子を見ていると、大型バイクが隣の家の前で止まり、こちらを覗っているように見えた。バイクの方まで歩いて声をかける広岡。土井さんのお知り合いですか、の問いに「広岡さん・・・ですか」と聞く男。

広岡に促されて食堂の広間に入って行った。
男が出した名刺には「弁護士 宇佐美 薫」とあった。
佳菜子との関係を聞くと宇佐美は、叔父の様なものだと返す。

雇い主の進藤から、佳菜子が引っ越したという話を聞き、集団生活をしているというので少し心配になって来たのだという。

 

宇佐美から語られる佳菜子の素性。
佳菜子は四歳で交通事故により父親を亡くし、母親は佳菜子を連れて再婚。だがその相手は暴力をふるう危険な男だった。

度重なる転居と、見つけられての暴力を経て最後に岐阜県の山深い集落に逃げ込んだ。
その集落は一種の「駆け込み寺」として機能していた。

その集落の前身は明治時代の五家族から始まっていた。

集落の運営はその五家族の合議に委ねられており、息をひそめる様にして暮らす生活が永く貫かれていた。
佳菜子が十五歳になった時、母親がクモ膜下出血で死んだ。

村では医師の資格を持った女性が村民の病気に対応していたが、母親に対しては手の施しようがなかった。
身よりのなくなった佳菜子は五家族の合議により、医師の資格を持った女性と暮らす事になった。

一緒に暮らすうちに、その女性は佳菜子の特殊な能力に気付くようになった。動物や植物の声が聞こえる、天気の変化を言い当てる等の、ある種の予知能力。

 

やがて、集落の病人に対して、佳菜子がリウマチ、喘息等の患者に手を触れるだけで治してしまう事が起き始めた。

女性は五家族の長老にその事を相談した。
実は、その五家族は新興宗教の信徒たちだった。

明治政府から邪教として追い詰められながら生き延びていた。

五家族はその血縁の中でのみ宗教を存続させていたが、佳菜子の存在が教団を再興する絶好の機会と考え、近隣の集落からも人を集めて佳菜子の霊力を見せつけるようになった。
最初は素直に動いていた佳菜子も、次第に教祖としての立場を嫌うようになった。同居の女性も責任を感じ、宇佐美を訪ねる事になった。

宇佐美は、カルト集団からの脱出を手掛ける弁護士としても知られていた。

 

相談を受けた宇佐美は佳菜子に会い、助ける必要があると判断。

脱出の手引きをしても法的に問題とならない十八歳になってから佳菜子を脱出させ、高知にある宇佐美の母親のところで匿った。
宇佐美の母親は佳菜子にピアノ、料理等様々な事を教え、高卒の資格も取らせた。

一年近く経った時、佳菜子が車に乗った男女に拉致されそうになる事件が起き、佳菜子をこのまま置いておく事が危険になった。
そこで宇佐美は、かつてアイドルの追っかけをやっていた進藤のところで事務員として働かせてもらう事にした。

 

広岡は、佳菜子が常々アメリカに行きたいと言っていた事について宇佐美に尋ねた。岐阜の山奥で彼女を支えてくれたのがアメリカ映画。難視聴地域でTVが見られず、その代わり集会所のDVDライブラリにあった洋画は自由に見られた(邦画はなし)。
広岡は話を聞きながら、ロサンゼルスで自分の命を助けてくれたエミコの事を思い出していた。

宇佐美が帰ってから、三人に佳菜子の事をかいつまんで話す広岡。三者三様の反応。秘密はこの四人で守られた。