こんにちは。

 

 

先日友人に誘われて、映画「マチネの終わりに」を観に行きました。

 

公開日初日の初回9時40分~

 

私がこういう今どき?の映画を初日に観に行くってとても珍しい。

 

 

でも誘ってくれた友人は、今お母さんの介護と老犬の介護に奮闘中で

 

この日も14時までのシンデレラ。

 

貴重な自由時間を一緒にと声を掛けてもらえたことがとても嬉しくて

 

いそいそと出掛けて行きました。

 

 

 

 

 

惹かれ合うふたりの吸引力はとてもつよいもの。

 

どうしてそう思うのか、そう感じるのか…

 

言葉ではうまく説明できないことが通じ合って分かり合える驚きと喜び。

 

言葉は必要ないけれど、言葉にすればいくらでも尽きることなく話せてしまう存在。

 

一緒にいると密度が濃くなっていくような感覚。

 

 

 

出会ってしまったらただ惹かれ合うしかないけれど、

 

魂の結びつきが必ずしも現実にスムーズに着地していくわけではないことを

 

いろんなことを通して知ってきたし、経験しました。

 

 

 

ふたつの魂の純粋な結びつきだけを考えれば

 

“あの出来事”や“あの人”や仕事や才能やもろもろのことが障害に感じられても

 

そういうものとの葛藤も含めて、それが生きるという経験なんだと今は感じます。

 

必要な経験や学びをもたらしてくれる存在がソウルメイト。

 

もちろん恋愛に限ったことではないですが…

 

 

これについて語り始めると止まらなくなるのでここでやめておきます(-_-;)

 

 

 

 

「マチネの終わりに」には、音楽、歴史、文学、紛争や経済などの世界情勢、災害…

 

たくさんの要素が緻密に描かれていて、それが単なる物語の背景ではなくて

 

今を生きる主人公たちの生き方にリアルに関わっている凄みを感じます。

 

 

 

無関心でいることや、対岸の火事のように感じていることも、

 

本当は自分自身の経験や痛みと繋がっている。

 

世界は切れ目のないひと続きのものなんですね。

 

 

 

 

蒔野の「洋子さんは記憶のことを言ってるんじゃないかな。」という言葉から

 

ふたりは内側に向かって急速に近づいていきますが、

 

同じ場面の、「未来は常に過去を変えている」がひとつのテーマのようにも思います。

 

洋子も蒔野もみな過去を受けとり直すことで再生に向かう感じがします。

 

(蒔野:福山雅治 洋子:石田ゆり子)

 

 

 

 

原作は想いを巡らせつつ立ち止まりながら読みました。(読めない漢字もたくさん💦)

 

でも映画は、もうそのままその世界に身を投じて観るのがいいですね。

 

福山雅治さんと石田ゆり子さんですものね。

 

原作を読んでも泣かなかったけれど、(たぶん頭がすごく働いていたから)

 

映画では泣いてしまった(;_:) (洋子といっしょに)

 

 

 

 

音楽がとても素敵です。クラシックギターの調べが心に残ります。

 

テーマ曲の“幸福の硬貨”もとても素敵です。

 

この曲はサントラに、福山雅治さんが弾かれたものが収録されています。

 

 

 

最近、新聞にギタリストの荘村清志さんを取り上げた連載が載っていて、

 

クラシックギターと生きてきた姿を興味深く読み、

 

家に一枚だけあった荘村さんのアルバムを探し出して聴いていたのでした。

 

そんなこともあって、今ちょっとクラシックギターの響きにはまっています。

 

 

 

 

そういえば、私は原作を読んだとき、なぜか、「船に乗れ!」(藤谷 治 著)を思い出しました。

 

「船に乗れ!」は高校生が主役ですが、音楽と向き合い、人を愛し葛藤するのは

 

その年齢にはその年齢にしかない真剣さと美しさがあるなあと感じます。

 

 

 

この日は時間がなかったのでドトールでミラノサンドのランチでした。

 

最初は映画の余韻でふたりともボーっとしていて、ポツリポツリとしか言葉が出てこなかったけれど

 

少しずつ加速していって楽しくお喋りしました。

 

 

彼女は福山雅治ファンなのですごく蒔野に感情移入していて

 

彼の細かい表情や仕草をよ~く見ていてびっくり。

 

私は洋子を中心に見ていたみたいです。

 

 

そしてタイムリミットがきて日常へとゆっくり帰還していきました。

 

素敵な時間でした。ありがとう。

 

 

 

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

 

皆さまどうぞお元気でお過ごしください。

 

今日も明日もすこやかでありますように(*'ω'*)