こんにちは(^.^)

 

朝夕はだいぶ涼しくなったものの、

 

なかなか暑さが去りませんね。

 

 

 

 

20代後半のクライアントさんが

 

「人生のピークをもっといい状態で過ごしたかった…」とお話されていて

 

人生のピークってなんだろうなあって思いめぐらせました。

 

 

 

 

彼女の思い描いていた、

 

色んなことを自由に楽しんで

 

充実した仕事を見つけ恋愛をして安定した結婚をして

 

その後の人生の基盤を作る20代の理想図。

 

 

なにひとつ叶わなかったという彼女を縛っていたものは、その理想図のようでした。

 

 

普通はこういうもの、若いってこういうこと、楽しむってこういうこと、

 

こうして、ああして、こうなって…って、こうするものでしょう…?

 

頭で一生懸命考えてる。

 

でも頭で考えている計画に現実がついてこない。

 

 

 

それは誰の理想?

 

あなたが本当にそうしたいと思っていることなの?

 

 

ああ違う…これはお母さんが望んでいたこと、

 

そこに向かう道しるべをお母さんが立てていたから

 

その道しるべを頼りに進んできたのだけれど、

 

なんだかずっと楽しくない。自分の足で歩いていないみたいな感じ。

 

予想できる未来図なんて、やり終えたクロスワードパズルみたいでつまらない。

 

 

 

でも、違う方向に進んでいったらお母さんはきっと悲しむでしょう?

 

それに、きっと無理、好きなように進むなんて。

 

だってずっとお母さんの道しるべ通りに進んできたから。

 

だから大きな失敗もしないでこれたんだもの。

 

そこから外れるなんて不安。

 

 

 

 

20代の貴重さをいつも口にしていたお母さん。

 

でも、“あるべきところ”に喜びが見つけられないのはなぜ?

 

私がダメだから?

 

どうしよう…貴重な20代が終わってしまう。

 

お母さんが困った顔してる。

 

 

 

お母さんが大事。がっかりさせたくない。でも…どこかですごく嫌だって思ってる。

 

でも言えない。嫌だなんて言ったらゲームオーバー。

 

今までの努力が水の泡になっちゃう。

 

お母さんとの関係が壊れたら大変。

 

だってお母さんはお父さんとの関係も壊れているんだから

 

私ががんばらないと。

 

でも自由になりたい。自由になってもいい?

 

 

 

 

どうしてなにひとつ叶わなかったの?

 

 

だって…心の底では叶えたいなんて思ってなかったから。

 

なんだかいつも虚しい感じがしてた。

 

お母さんの願い通りなんて嫌だって思ってた。

 

でもそうしなきゃって思ってきた。

 

 

 

でも苦しい。言いたいことが胸にいっぱい詰まってて。

 

なのに言おうとすると喉がギューって苦しくなって言えなくなる。

 

言っちゃダメって全力でブレーキをかけてきた。

 

お母さんの思っている私は

 

お母さんがこう在ってほしいって思っている私で

 

私はほんとうはそんな私じゃない。

 

 

 

ねえお母さん、お母さんの理想は私の夢とは違う。

 

お母さんの叶えたい夢はお母さんの夢、

 

お母さんががんばって叶えるものでしょう?

 

たとえ叶えられなくても私のせいじゃないよね?

 

 

あれ、お母さん笑ってる。よかった。言えてらくになった。

 

お母さんもらくになったの?よかった。

 

 

私はずっとお母さんの子ども、お母さんの娘だよ。

 

ありがとう、お母さん。

 

お母さんがちっちゃくなった気がして寂しい。

 

ああやっぱり私お母さんのことが好きなんだ。

 

私はもう自分の足で歩いて行くよ。

 

(ヒプノセラピーの断片。クライアントさんの了承を得て)

 

 

 

 

理想と現実のギャップに苦しむことって多いものですね。

 

でも、その思い描いている理想ってほんとうに自分が望んでいるものなのかなって

 

疑問に感じることも多いです。

 

 

個性化、多様化と言われながら

 

固定概念に縛られて、理想に自分を合わせようとしてしまっていることも多いと感じます。

 

 

 

サイズの違う靴は履けないし

 

行先の違う列車に乗って目的地には着けない。

 

 

 

いくら追いかけてもつかめなかったもの、いくら探しても見つからなかったものが

 

ふっと力を抜いて自分の真ん中に還ったときに、

 

なんの無理もなく、負荷もなく手に入れられるということがあるものです。

 

なんだ、ここに居たんだね、これでいいんだね、そんな感覚と似ています。

 

 

外ではなく内に喜びの萌芽はあるのですね。

 

(いつもいつも同じことを言ってる💦)

 

 

 

 


 

 

 

先日、母の傘寿のお祝いに家族で一泊旅行に行って来ました。

 

両親と夫と私、娘と息子と6人の参加。

 

現在地方に住む息子も駆けつけてくれました。

 

よい旅で、なんだかしみじみと

 

ただしみじみと、この時を味わえてよかったなあと思いました。

 

母と私と娘と女三世代で足を伸ばして温泉につかりながら

 

今が私にとっての“ある意味においては”

 

人生のベストシーズンなのかもしれないなあと感じました。

 

 

 

 

 

5年前にも父の傘寿のお祝いにこのメンバーで一泊旅行に行きました。

 

そのとき父が、

 

「2020年の東京オリンピックまで元気でいることが今の目標です。」

 

と語っていましたが、もうすぐ、来年のことになりました。

 

あの時学生だった子どもたちも社会人になって時の流れを感じます。

 

 

 

80代(両親)と50代(夫と私)と20代(娘と息子)の

 

一年、一日のそれぞれに感じる重みや速さは違うのでしょうけれど

 

どこがピークとはいざ知らず、今この時、それぞれの人生の美しさ、尊さを感じます☆彡

 

 

 

 

 

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

 

皆さまどうぞお元気でお過ごしください。

 

すこやかな日々でありますように(*'ω'*)