「何事もなければ、ようやく朝まで自分の時間が取れそうだな」

クラウスがそう呟くと、

「少佐は、作戦が決行されてから今日まで十分な睡眠が取れていません」

とルーシーは咎めるような口ぶりで返した。

「わかってる」

「不十分な睡眠は判断能力の低下につながります。それはひいては…」

「わかった、わかった。お袋のようなことを言うな」

彼は椅子にもたれかかり、大きくため息をつくと、腕を組んで呆れた顔で発信機の明滅するシグナルを見つめた。

「これ以降、特に特別秘匿事項など重要な案件以外はお前たちで処理を任せる。お前たちの判断は同時に俺の判断だ」

「了解(ラジャ)」

 

彼は席を立つと、大きく一つ伸びをすると、「お前らも無理をするなよ」と声をかけた。ルーシーはクスリと笑いながら「私達に休息は必要ありませんよ」と言った。

「そうだったな」
クラウスはそう言って、そのまま寝室へと消えていった。

 

 

国際平和維持軍、第13部隊。

隊員は12体 内人1名

 

そう申請されている。

紛争後の事後処理、一般市民の保護、治安維持活動を主とし、必要最小限以外の戦闘は許可されていない。記載の通り、その部隊に「人」は1人しか配置されていない。

クラウス ヴェゲルナー

多くの作戦に随行し、成果を上げ、若くして少佐にまで駆け上った。

現在の戦役では「いかに多くの敵を排除したか」以上に「いかに死者、負傷者を出さずに短期間で危険解除できたか」に焦点が当てられる。

彼の現場対応能力、判断力は軍内部でも高く評価されている。

現在、世界の人口状況は1世紀前と変わりはないが、いわゆる先進国の人口は減少傾向にある。しかしながら各地の紛争の発生率は変わりないか、むしろ増加傾向にあった。

そんな中、既に世界は人海戦術による紛争解決から、より効果的な解決策を見出していた。それがネットワークによる情報操作戦と、戦地における人工知能を搭載したロボットによる拠点制圧だ。

とは言うものの、それは大国と呼ばれる一部の国に限られている。多くの国はまだ人を戦場に送り続けている。

今でも戦闘の後には、瓦礫に押しつぶされた人や、無数の銃弾を受け息絶えた者が放置されている。

(それが戦争というものだ)クラウスの眼に映るのは、パワードスーツから眺めたスコープの映像だけだ。そこに熱気に溶け出した血糊の臭気や、それを吸って風に舞う土埃の音も聞こえない。

今そこにある死を、過剰に感じなくて済む。

そして、それが逆に、戦争の愚かさと、不毛さを伝える重要なアイコンであると信じている。

彼は目を閉じ、今日保護をした、あの全てを諦めきった虚ろな目をした親子の顔を思い浮かべながら、ゆっくりと眠りについた。

 

 

長年の軍隊経験がそうさせるのか、常に戦場にいるという緊張感は継続しているからだろう。朝はいつも目覚ましが鳴る前に目が覚める。

脳波測定用のナイトキャップを外し、いつものように洗面台に向かう。なにか悪い夢を見たようだ。随分と気分が重い。

昨日の親子の顔が脳裏を行き交う。内容は覚えていないが、理解できない言葉が飛び交い、やけに憎悪を帯びた目を彼に向けていたような気がする彼は脳波系で昨晩の自分の睡眠度をチェックすると、そのまま本部へとデータを転送した。戦場は常に危険と隣り合わせだ。自ずと睡眠は浅くなる。

しかし、戦争の形が多様化しPTSDを受けた帰還兵たちにの多くは、その一つの要因にその兆候が認められてから、軍はその早期対策に乗り出した。

軍は特別緊急時以外の通常作戦時には24時間中6時間の睡眠を義務付けた

特に熟睡深度によって、人の判断力の優劣が認められるため、3時間の熟睡度が厳しくチェックされ推奨された。

一定期間に規定時間に満たされない場合は作戦からの離脱や、やむ負えぬ場合は一定量の催眠ガスの使用が認められるようになった。

あてがわれたプライベートルームは、就寝だけのワンルームではなく、リビングやダイニングなど、生活様式毎に部屋が分かれている。一時的なキャンプではあるが、少人数、もしくは単独でAI部隊を率いるために、その負担を考慮して生活環境は配慮されている。

 

シャワーを浴びてキッチンに向かうと、そこには朝食が用意されていた。

ワンプレートの糧食。とは言うもののそれは町のレストランで出されてもおかしくはない盛り付けと、量が揃っている。

クラウスは日々の糧に対して、いつものように祈りを捧げると、食事を始めた。

「おはようございます。クラウス」

食事を終え、食後のコーヒーを用意していると、モニターから声が聞こえた。

「おはよう、ルーシー。昨日のことでなにか変わりはないか?」

「朝の一定時間はクラウスのプライベートタイムに当たっているはずですよ。報告は勤務時間になってからするわ」

苦笑いを含んだような呆れた声で答えが返ってくる。

「ああ、そうだったな」

彼は頭をかきながら椅子に座り直した。どことなくぼんやりと任務中の感覚が残っている。どうやら昨日の夢は仕事の夢だったようだ。

 

「それを決めたのはあなた自身ですからね」柔らかく心地の良い声が耳に残る。

 

「すまないな、君がジョンになった時に聞くことにするよ」

部隊プログラミングはAI部隊を率いる者の希望に沿って作られる。

 

人間関係における軋轢を最小限に抑えるために、膨大な量の人格や思考サンプルから好ましい組み合わせを要求できる。

また、そうした環境において、適度なストレスを与え、第三者的な判断が可能な人格も用意され、3ヶ月の生活訓練が課せられる。

クラウスがこの作戦の前に家族と時間を過ごせたのは、その訓練が終わった後の1週間の休みの時だけだ。その後にすぐこの地に派遣された。

普段ならば1ヶ月近い十分なバカンスが与えられる。それだけニュースで見る以上に緊迫した状況なのであろう。

 

「あなたの大好きなバンド"フレッシュ"が、またツアーを始めたようね」

「そりゃすごいな。全米ツアーか?」

「いや、ワールドツアーだそうよ」

「この地区に慰安で来てくれないものかね」

 

他愛のない雑談。1日の中でこうした弛緩した時間を作る事も重要な任務の一つだ。

AI部隊はまだ発足して日が浅く、サンプルも少ない。

 

規律に縛られた厳しい部隊などもあるが、クラウスの部隊のように比較的緩やかなケースも試されている。

「妻とは彼らの野外フェスの時に出会ったんだ」

「その頃の写真は見たことがあるわ、まったく、髪の長さを見たら、どっちが奥さんなんだか、わからないくらいだったわね」

 

留学中だった彼女は髪を短く刈り込み、東洋人特有の童顔も手伝って、一見すると少年のように見えた。反面彼は1970年代のカウンターカルチャーに憧れて、腰に届くほどに髪を伸ばしていた。

 

(そういえば一体、結婚してからこの10年の間に家族と一緒に過ごせた時間はどのくらいだろう…)

 

クラウスはこの仕事に誇りを持っている。自分たちの行動は、正義に貫かれていると考えている。

だが、ファミリーとして、果たしてこれでいいのかという想いもある。娘の成長の一番大事な時期に一緒に居てやれない無念さはいつも気持ちの片隅にあった。

 

彼はコーヒーを一気に胃に流し込み、その想いを振り切るように身支度を素早く済ませると、司令室へと向かった。

 

つづく

 

オリジナル小説 

Psy-Borgシリーズ

※Psy-Borg プロトタイプ

精神感応義体

※イサイマサシコラボ小説「頭の中の映画館」

終末の果実

※Psy-Borg意識の発端の物語

飾り窓の出来事

※アンドロイドと人工知能の錯綜

ORGANOIDよ歩行は快適か

※過去と魂の道程の物語

邂逅

人工知能は世界平和の夢を見るか?

錯乱の扉

※神との遭遇のお話し

静寂

 

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自己紹介「そろそろ自分のことを話そうか」

 

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