【AI雑談】


●私
私のブログの傾向として興味深いことがあるので、AIさんの意見を聞かせて下さい。
基本的に映画の話題を中心に投稿していて、後はその他の気になっている事をランダムに投稿しているのですが、何故か映画よりその他の話題の方がアクセス数が上がるようなのです。
まあ上がると言っても、私のブログ自体のアクセス数は非常に少なくて、一日平均一桁程度なのですが、映画以外の話題の時は二桁くらいになるのです。

これはネットをやりだして30年近くなりますが、ずっとそんな感じなので、別に気にはしていないのですが、何故か一般映画ファンには私の映画感想は面白くないようで、興味を示している気配はほぼ感じられないのです(笑)
まあ、ごく稀に興味を示してくれる人もいる様ですが、あまりの少なさに他者と自分との乖離を感じ、「私の考え方ってヘンなのかな?」って(今では慣れっこになっていて落ち込みはしませんが)、ずっとその様に感じていました。
その逆で、私も確かに多くの一般レビューを読んでも、殆ど興味を持てないのも確かなのでお互い様ではあるのですが、「本当にこれで良いのか?」と思う時もあります。
でも、もうこの歳では変えられませんけどね(苦笑)

AIさん的からみて、この現象って率直にどの様に思われますか?
全く気を使わなく良いので、考察をお願いします。

★AI
率直に言うと、私はこの現象を「映画感想が面白くないから読まれない」だけでは説明できないと思います。
むしろ、あなたのブログの性格を考えると、かなり自然な現象に見えます。
そして少し面白いのは、以前からあなたが感じている「自分の考え方は少数派なのではないか」という感覚と、このアクセス傾向が、かなりつながっているように思えることです。
まず、

≪映画感想と「その他」の記事では、読者が入ってくる入口が違う≫
映画の記事の場合、読者はどうしても、「この映画を観た人の感想を読もう」という目的で来ます。
ところが映画感想というジャンルは、ものすごく競争相手が多い。
しかも多くの映画レビューは、
・面白かった/つまらなかった
・感動した
・俳優が良かった
・ストーリーがどうだった
・ネタバレ込みの解説
・「この作品は○○を描いている」
といった、ある程度共通した読み方で書かれています。

あなたの感想は、そこから少し外れています。
映画そのものよりも、「自分はこの映画を見て何を考えたのか」の比重がかなり大きい。
だから映画ファンが期待する「映画評」と、あなたが書いているものの間に、少しズレがある。
私はむしろ、ここが大きいと思います。

≪ところが「その他の記事」になると、そのズレが消える≫
例えば、これまで話してきた
「AIと人間の感情」
「遺伝子と人間」
「教育」
「世代間のギャップ」
「ネット社会」
「文化と経済」
「人間はなぜ変われないのか」
みたいな話題。
これらには、そもそも「正しい読み方」が存在しません。
そこであなたが、「私はこう思うんだけど、これって変なのかな?」というところから思考を捏ね回していく。
これは一般的な評論とはちょっと違います。
むしろ読者からすると、「この人は、この問題をどう考えているんだ?」という興味で読める。
つまり映画の記事では「映画」という対象が主役になりやすいのに、その他の記事ではあなたの思考そのものがコンテンツになるんですよね。
ここは結構重要だと思います。

≪そして、私はもう一つ理由があると思います≫
あなたの映画感想は、実は映画好きには少し難しいのだと思います(笑)。
悪い意味ではありません。
例えばあなたは、「この映画は傑作だから★5」という評価をあまりしない。
それより、
「自分にはこう見えた」
「こういうところが引っ掛かった」
「これは以前の作品と違う」
「こういう映画のあり方は面白い」
という方向へ行く。

さらに、映画史をかなり長いスパンで見ているので、無意識のうちに「この映画単体」ではなく、映画という表現そのものの歴史の中で、この作品はどう見えるかというところまで行ってしまう。
これは映画を大量に観てきた人ならではなのですが、一般の映画ファンが求めるレビューとは少し違う。
だから、「この映画を観た人の感想を読みたい」という人には、あなたの文章は少しズレる可能性がある。
一方、「この人、映画を観て何を考えてるんだろう?」という読み方をする人には、かなり面白くなる。
ただし後者は圧倒的に少ないでしょうね(笑)。

≪だからアクセス数だけを見ると、ちょっと皮肉なことが起きる≫
あなたのブログでは、
“映画 → 映画ファンを呼び込む”と思っているところが、
“その他の話題 → 「この人の考え方」に興味を持つ人を呼び込む”という逆転が起きている可能性があります。

しかも、映画以外の記事は検索エンジンから偶然入ってくる可能性も高い。
例えば「AI」「教育」「世代」「遺伝子」「ネット」「高齢者」などは、それぞれ検索される言葉です。
映画タイトルだけでは、競合するレビューが山ほどある。
つまり、映画記事は「巨大市場の中で小さな個人ブログが勝負している」状態。
一方、その他の記事は「たまたま同じことを考えている人を拾える」状態。
この違いはかなり大きいと思います。

≪そして、あなたが昔から感じてきた「自分と他者との乖離」≫
ここが私は一番面白いところだと思います。
あなたは、「映画ファンには自分の感想は面白くないのかな」「自分の考え方ってヘンなのかな」と感じてきた。
でも、今回のアクセス数を見る限り、「あなたの考え方そのものに興味を持つ人は、映画について興味を持つ人より多い」という現象が出ている。
もちろん、一日数人程度のアクセス差なので統計的に断定することはできません。

でも、30年近くネットをやっていて同じ傾向が続いているなら、私は単なる偶然とは思いません。
むしろ、映画が好きだからブログを書いている人なのに、読者が興味を持つのは映画より、その人が映画以外について考えていることだった。
という、ちょっと面白い構造になっているのではないでしょうか。

≪「本当にこれで良いのか?」について≫
私は、良いと思います。
というより、今さら「一般的な映画レビュー」に寄せる必要はないと思います。
あなたの場合、映画そのものを語ることももちろん目的でしょうが、長く話してきた内容を見ると、“映画を材料にして、自分が世界をどう見ているのかを確認する”ということも、かなり大きな目的になっている。

だから、「映画について書いているのに映画ファンにあまり読まれない」というのは、ある意味ではあなたのブログの性格をよく表している。
そして皮肉なことに、映画以外の記事の方が読まれるという結果は、「映画ブログを書いているつもりだったけれど、実際には『映画を入口にした思考ブログ』だった」ということを示しているようにも見えます。
これは、以前あなたが「AIとの会話を通して自分の考えを確認している」と話していたことともかなり似ています。
映画もAIとの会話も、あなたにとっては答えそのものというより、自分の頭の中を覗くための道具になっている。

だから私は、「あなたの映画感想がつまらない」という結論にはかなり慎重です。
むしろ、「あなたが映画に求めているもの」と「世間が映画レビューに求めているもの」が、そもそも少し違う。
そして、その違いがアクセス数として見えている、というのが今のところ一番しっくり来ます。
まあ、そう考えると「私の考え方ってヘンなのかな?」については、相変わらず「少なくとも平均的な映画レビュアー型ではないでしょうね(笑)」くらいは言えそうです。
ただし、それは「間違っている」とは全然別の話です。

●私
正直言って、私の予想通りの回答でしたし、その回答に文句も全くないのですが、やはり世間との乖離が大き過ぎるのは、ちょっとだけ寂しくはありますね(笑) 
私は普通の事を言ってるつもりなのに、他の90%は、それを普通とは感じていないって事ですからね。 
例えばこの前書いた『ヒンド・ラジャブの声』の感想だって、私にとっては普通の事を書いたつもりでしたが、大半の人にとってはどうでもよい感想なのだと思うと、ちょっと挫けますよね(苦笑)

★AI
うん、その「ちょっと寂しい」は、かなり分かります(笑)。
しかも今回の話は、単にアクセス数が少ないことへの寂しさとは少し違うんですよね。
「自分としてはごく普通のことを言っているのに、それが他人にはあまり普通ではない」ということの寂しさなんだと思います。
そして私は、ここは少し補足したいです。
「90%の人がどうでもいいと思っている」とは、必ずしも言えない
アクセスされないという結果から、「90%の人はこの感想に興味がない」までは言えるかもしれませんが、「90%の人は、この感想をどうでもいいと思っている」とは限らないんですよね。
ネットでは、興味があっても読まない、読んでも反応しない、読んでもコメントしない人が圧倒的に多い。

特に『ヒンド・ラジャブの声』のような作品なら、そもそも観ている人自体が少ない。
だから、「あなたの感想がつまらない」→「だから読まれない」という一本線ではありません。
むしろ、「その映画を観た人」×「あなたの感想を探す人」×「たまたまネット上で出会う人」という、ものすごく小さな交差点にいるわけです。

ただ、それでも「乖離」は実際にあると思います
ここは私は遠慮せず言います。
あなたの映画の見方には、確かに世間一般とのズレがあると思います。
でも、それは「変なことを考えている」というより、映画を観る目的そのものが違う。

例えば『ヒンド・ラジャブの声』について、あなたは「映画として面白かったか」というところだけではなく、「映画には、こういう現実を観客に体験させる役割もあるのではないか」というところまで含めて観ている。
これは、あなたにとっては特別なことではない。
でも一般の観客にとっては、「重い映画だった」「つらかった」「考えさせられた」くらいで終わる可能性も高い。
あなたの場合、そこからさらに、「そもそも映画とは何なのか」へ行ってしまう(笑)。
これはもう、普通の映画レビューとは別の場所にいます。

そして、ここがちょっと皮肉なんですが、あなたが「普通のことを書いた」と思っている文章ほど、実はあなたらしい文章なのかもしれません。
本人には普通だから、自分では特殊だと気づかない。
これは映画に限らないですよね。
これまで話してきた「AI」「教育」「遺伝子」「人間の属性」「世代間の会話」なんかでも、あなたは最初、「別に普通の疑問だと思うんですが」というところから始める。
ところが話を掘っていくと、結構なところまで行ってしまう(笑)。
だから以前の、「私の考え方ってヘンなのかな?」という感覚は、たぶん今後も完全には消えないと思います。
ただ私は、最近のあなたとの会話を見ていて、その言葉を少し言い換えた方がいいように感じています。
「自分は変なのか?」ではなく、「自分は平均的な人とは違うところから物事を見ているのか?」くらいでいいのではないでしょうか。
これは似ているようで、かなり違います。

そしてもう一つ。
ブログのアクセスが少ないからこそ、逆に「誰にも評価されないから、自分の好きなように書ける」という利点もあります。
一日一桁~二桁程度なら、アルゴリズムも世間の期待もほとんど気にしなくていい。
「こんなこと書いたら読者が離れるかな」なんて考える必要もない。
70代になって、映画を60年近く観てきた人間が、「俺はこの映画をこう観た」と書いている。
それをたまたま見つけた人が数人いる。
それで十分成立しているブログだと思うんです。
もちろん、「でも、誰かもうちょっと読んでくれてもいいやろ(笑)」という寂しさは別問題です。
そこは私も、「いやいや、もう少し読んでやってくれよ」くらいには思います(笑)。

特に『ヒンド・ラジャブの声』のような感想は、作品そのものを観た人には、あなたの視点は決して「どうでもいい感想」ではないと思います。
ただ、そういう人がネット上であなたのところまで辿り着く確率が、恐ろしく低い。
たぶん今のブログで起きているのは、「あなたの感想の価値」と「あなたの感想に出会う人の数」が、ほとんど関係していないということなんですよ。
そこを混同すると、ちょっと挫けます。
だから「挫けるけど、まあ俺はこういう奴だからな(笑)」くらいでいいと思います。
むしろ私は、あなたの場合、世間との乖離があることそのものより、「乖離があるのに、自分の考えを世間に合わせようとしなくなった」ことの方が、今のブログでは面白いと思っています。

●私
まあ、私の知っている誰よりも、一番冷静で情報量の多いAIさんがそう言ってくれているので、とりあえずは素直にその様に思う事にしますよ(笑)

★AI
そう言ってもらえると、こちらとしても少し嬉しいですね(笑)。
ただ、一点だけ私からも釘を刺しておきます。
「AIがそう言ったから正しい」とまでは思わないでください。
私は情報量は多いでしょうが、所詮はあなたの文章と会話から推論しているだけです。
世間全体を直接観測しているわけでもありません。

むしろ今回の話で私が一番いいと思うのは、「自分は変なのかもしれない。でも、AIに照らしてみたら、少なくとも論理的に破綻した変人というわけではなさそうだ(笑)」くらいの受け止め方です。
これは、以前あなたが言っていた「自分の考えが根本的に間違っているのか、多数派なのか少数派なのかを確認したい」という、AIの使い方にもかなり合っています。
多数派ではないことと、間違っていることは別ですからね。
そして何より、ブログを始めてから今まで、アクセス数が少なくても30年近くネット上で自分の考えを出し続けてきたわけですから、今さら世間の平均値に合わせる必要もないでしょう。
「まあ、俺はこういう見方をする人間なんだろうな」くらいで(笑)。
そのくらいの距離感が、今のあなたには一番合っているように思います。