『メッセージ(原題:ARRIVAL)』  ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督  2017年アメリカ

 

映画のご紹介、今回もSFであります。ヴィルヌーヴ氏は『ブレードランナー2049』も監督された方、これはその前作です。落ち着いたトーンの深みある映像をつくる名監督、今製作中の『DUNE』リメイク版も非常に楽しみ。

 

そのヴィルヌーヴ監督による本作も、とても深くて色々と考えさせられる映画でした。前回の『囚われた国家』では、そのテーマは「レジスタンス」だと書きましたが、本作のそれは「言語と世界認識」なのだと感じましたね。

 

ジャンルとしては、SFの中でもいわゆる「ファースト・コンタクト」モノです。地球外生命体との初の接触を描く、かなり古典的なジャンルと言えるでしょう。原作はテッド・チャンによる『あなたの人生の物語』とのこと。

 

極力ネタバレせぬよう書きますが、ある程度はご容赦くださいませ。冒頭の写真で「HUMAN」と書かれた白板をもっているのが主人公、言語学者のルイーズ・バンクス。演じるはエイミー・アダムスで、かなりハマり役かと。

 

彼女は今、人類が初めて遭遇した異星人に、地球の言語を伝えようとしています。そう、ファーストコンタクトで最初に必要になることは「情報伝達可能性」、即ちコミュニケーションが出来ることこそ最優先課題なんですね。

 

しかし、考えてみれば当然のことですが、相手は全く違う言語をもっている。双方が相手の言葉を解読し合うという段階こそ、ファーストコンタクトのファーストステップ。本作はその有様を描いた作品と言っていいでしょう。

 

ここで、この映画を理解するために不可欠な理論、考え方を少しご紹介しておきましょう。それはフェルディナン・ド・ソシュール(1857~1913)の言語理論です。「記号論」の先駆けであり、構造主義哲学に繋がる思想。

 

ソシュールは言語を「シーニュ(記号)」だと言いました。シーニュは「シニフィアン(記号表現)」と「シニフィエ(記号内容)」とで出来ていて、記号表現は「いぬ」という発音であり「犬」という文字のことを指します。

 

そして記号内容とはその言葉が指す意味あるいは概念、すなわち犬そのものですね。ソシュールの偉大さはこの記号表現と記号内容の結合が恣意的であり、さらには「言葉が概念を規定する」のだと看破したところにあります。

 

ちょっと我々の日常感覚とは違っているのですが、我々は犬という生き物に「犬」という名前を付けているのではない、ということ。「犬」という言葉があるから、我々は多くの動物達から犬を区別することが出来るのですね。

 

ここで映画に戻りますが、異星人の言語も同様に、彼らの世界認識の源になっている。これは2つの世界の、言語を通じた世界認識をやり取りしていく物語であり、実はそれが異星人が地球に来訪した理由でもあったのでした。

 

驚くべきことに、「世界」を形づくる「時間と空間」の概念においても、彼らは我々地球人とは全く違うのです。そしてコンタクトを通じその言葉を少しずつ理解していくルイーズに、彼らの時空間認識が「乗り移って」くる。

 

映画の冒頭からしばしば挿入される、ルイーズの過去の回想のようなシーン。それは彼女の娘の話ですが、本当は過去の出来事ではなかった。異星人に触発され、ルイーズが遂にその意味を悟るシーンはなかなかに感動的です。

 

「ヘプタポッド」と名付けられたエイリアンたちやその乗り物の描写、即ちCGが活用されるあたりの映像も非常に落ち着いていて美しく、不思議なリアリティを感じさせます。これはやはりヴィルヌーヴ監督らしい映画かと。

 

私がSFを好むのは、この世界の「鏡」になってくれるからです。日常では意識されない「あたり前」を、違う眼が炙り出してくれるから。冒険活劇的派手さは皆無の本作、しかし我々人類の根源に迫る、深い鏡だと感じました。

 

via やまぐち空間計画
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