夜話 10 坂本繁二郎と弓野の徳利
土門拳が撮ったアトリエの坂本繁二郎像がある。
ともに頑固一徹の芸術家である。
写真になるまでに相当の葛藤があったはずである。
坂本の足下に肥前弓野の半胴甕が映っている。
最近珍重されている民芸品だ。
火鉢代りに使っていたようだ。
坂本は「弓野の松絵は作為が弱い」と言って、同じ弓野焼の徳利のほうに軍配を上げている。
双方とも18世紀ごろ無数に焼かれたものだ。
この徳利の美に先ず気づいたのは梅野満雄である。
梅野と青木繁とのことは世に知られているのでここでは触れない。
昭和6年坂本は梅野家に隣接してアトリエを建てた。
民芸に一家言を持つ梅野は坂本を誘って弓野の徳利を探して
肥前武雄を訪ねている。
それらの徳利はぼほ25゛センチぐらい、25リットルは入るだろう。
肥前特有のやわらかい土に白釉がかかっている。
その上半部に赤黒い文字が横倒して書いてある。
家名や酒店名や抽象的な文様であったりする。
無名の職人が一見無造作に運んだ筆さばきに、
画家坂本は美の形と心を感じた。
坂本はこの徳利を讃美し「陶器雑感」と題して次の文を残している。
「まことに天衣無縫。素裸の日本人がここに前もかくさず突っ立っている。
この徳利を見ていると良寛和尚や仙厓さんに会った気がする。
徳利に花紫蘇の枝を挿して床の上に置き、妙味の津々として
尽きぬ喜びを味う。
大名品と言われるような陶器の傍らにそっとこの徳利を並べた
場合を想像すると、ひとりでに興味のこみ上がってくるのを禁じ難い」。
何のてらいもなく、ひねり上げられた庶民常用の徳利に質的変化を発見して、椿などを避けて花紫蘇を選んだ坂本の美感に激しくうたれる。(敬称略)