産経新聞の記事です。
「教育出版」小学校道徳教科書 安倍晋三首相の写真掲載を問題視 特定団体? 不採択要請相次ぐ

 これは学び舎の歴史教科書を採択しないようにと灘中に働きかけがあったという問題に応じているのでしょう。右寄りの人が組織的に活動していると批判するなら、左寄りの人も同じことをしているよといいたいのでしょう。
 
 個人に対してではありませんから、30人が反対のプラカードを掲げたり、同じ文面をコピーしたハガキが90通届くのは、別に大したことではありません。組織的に行なっているに決まっているでしょう。脅迫ではありませんし、意見を主張しているだけです。
 採択する側が自分の基準を持っていれば、外野がどう騒ごうと関係ありません。こんなことくらいで攻撃されたと思うのでしょうか。だとすれば、世の中の署名活動は相当成果が上がりそう。

 この道徳教科書を読んでいませんが、安倍首相の写真だけなら、大したことではないと感じます。趣味はよくないかもしれませんが、政治的偏向と目くじらを立てることとは考えません。
 それより「首相」に「しゅしょう」とかなを振ればいいものを、平気で漢字かな混じりで「首しょう」と表記する教育界に違和感を感じます。
 私も特段、安倍首相を支持しませんが、こういうことまで騒ぐと本質を失っていると思われ、誰からも共感は得にくくなります。逆効果です。

 ボブスレーの選手が写っている方が好ましいかもしれませんが、「ポーズをとる安倍首しょう」というキャプションはちょっと安倍首相を小馬鹿にしているようにも読めますし。
 それに、オバマ大統領が広島を訪問した写真だったら問題にされないのでしょう。

 生きている人を道徳教材に使うのは慎重さが必要ですね。

 教員をしている頃、堀江貴文さんが書いた受験と大学生活に対する文章を読みました。生徒に紹介したいと思っているうちに彼は逮捕されてしまいました。
 逮捕された人が全て悪いというわけでもありませんが。

 個人のエピソードを教材にする場合は、その個人を絶対視するのではなく、それを素材に子どもたちが何を学ぶかを考えることを大事にしたいと考えます。個人を全面的に押し出すとおかしなことになります。

 早稲田実業も小室哲哉さんから贈られたとしても「小室哲哉記念ホール」という名前をつけてしまったのは残念です。早稲田は大隈講堂など誰かの名前を冠することをよしとする伝統があるのかもしれません。早実の場合、ホールやグラウンドなどを寄贈した有名人は売名行為ではなく、名前を残すことを望んでいたわけでもないと推察します。
 豪華な学校施設に名前をつけるのが流行っているようですが、センスある命名は難しいものです。ホール・グラウンド(場合によっては第一・第二)の方がすっきりします。

 勤務していた学校の講堂は当持の○○理事長・校長の姓を冠して「○○記念講堂」という名前になりました。○○氏はそれを辞退したが、教頭が強固に主張して「○○」をつけることになったと説明されました。何が真相かわかりませんが、教頭が理事長に忠誠心を示していることは伝わってきました。
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