教育勅語と江戸しぐさ

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教育勅語のおそろしいところは、部分的にまともな内容が入っていることなのです。
私は「朋友相信じ」というところがすばらしいと思っています。
天皇からわざわざ言われなくてもいいことですが。

その前後も小学校の道徳だったらうっかり使ってしまそうです。よくまとまっているし。
(ところで「二分の一成人式」は親孝行の日のような気がします)。
つまみ食いされかねません。
専門教科の分野であれば、教員は自分で授業プランの良否を検証します。
一方、道徳の授業はそれほど準備に時間をかけられません(尾木直樹さんなら専門教科より時間をかけるかしら……)。
よさそうな授業プランがあれば、さほど検討せずに使ってしまう傾向が高そうです。

その一例が「江戸しぐさ」です。

少し前に、江戸しぐさという架空のものが存在したかのように教育現場でさかんに教えられていました。
相手を尊重することの大切さを教える意図があったにしろ、存在しないことだったのです。
フィクションであっても、いい話だから構わないという考えもあります。

いまだに反省がありません。「事実とは限らない」で済ませているようです(言い逃れがうまいとしか言いようがありません)。

同様に、こどもたちによかれと思って、教育勅語を教えてしまう教員が出てきても不思議ではありません。

特に、個人の尊厳を顧みていない部分については難解な表現です。
どこがおかしいか説明できない教員もいるでしょう。一層危険だと思うわけです。

かつて、公立学校の先生達が「教え子を戦場に送るな」などとデモをしているのを、身分が安定している公務員は余裕があっていいなあと思っていました。同様に労働組合専従の人にも。

今でも彼らには違和感がありますが、その偏見を自覚しつつ、自分なりに戦争反対のためにできることはしていきます。



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