イッセー尾形さんのように

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映画「沈黙」井上筑後守を演じているイッセー尾形さん。
頭がよくて苛烈で老獪、おかしみもあって複雑な役、沢山の人間を見ている人間の悲しみと自分のあきらめをないまぜにした深い沼(沼というのは作品のキーワード)のような演技が心に残りました。
彼自身棄教したという設定です。

一人芝居の人なので,他の役者さんと並べたときに、動きが大きくなるのですが、今回は抑え気味だったように思いました。

彼の演じる人物は戯画化されたような演技のいやみな人物でも、さびしく魅力的です。
知らない人なのにどこか知っているような面を見つけられます。
さびしくやさしい彼という人間の厚みなのでしょう。

子どもの頃日本お笑い全国選手権という土曜の昼の番組を塾にもいかずに見ていました。
コロッケさんやとんねるずさんもここ出身の方です。
イッセーさんの演技には子どもには難しいところも沢山ありました。どこかとぼけたようなくせのある、爆笑は呼ばないのですが、つい笑ってしまうのです。そんな演技を毎回楽しみにしていました。すでに芝居だったのでコントという定義はあてはまっていませんでした。居心地悪そうでした。

 私がイッセーさんのようになりたいと思ったきっかけは、その番組の審査員としてそくっりかえっているタモリさんから「そもそもお笑いをなんだとおもっているわけ? 」と高圧的な質問を受けたときのお返事です。
イッセーさんは笑いながら「にんげんのすることは全てお笑いだと考えています」と答えました。どう考えてもタモリさんの答えのずっと上をいく回答です。
 
自分を貶めようとした人に,誠実に言葉を返し、その内容は質問者の想定をはるかに超越した答えでした。尊敬しました。
 
おとなになってから生のお芝居も観に行くようになりました。衣装をあまり変えずに髪型で印象を変えていた頃を特に深く覚えています。どこかでみたようなどこにもみたことのないひとたち。
漱石作品も観てみたいと考えています。

当たり前のような日常に隠れている、時間や空間のずれ。
その中で楽しみながら照れながら、演技と自分の間を行き来している彼はとても魅力的です。近年、その往還は、演技を作るプロセスに注ぎ込んでいるようです。
 
自分のスタイルを作り、それに安住せず素人の人とお芝居をしたり、若者を育てたり、仲間をつくることをおっくうがらない。

何年かしてタモリさんのトーク番組に彼が出演しました。今度はタモリさんが彼におもねるように「一つ芝居をやってみせてよ」と言いました、
素直に演技をしたイッセーさん。
 
自分が貶められようと、どのように評価されようと、だれかと比較することなく自分の道を見つけ、自分は自分であることを貫いている彼を尊敬します。
 
 
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