原発避難生徒への恐喝

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「苦しくても生きて」=生徒のメッセージ公表-原発避難いじめで両親会見・横浜
 東京電力福島第1原発事故で福島県から横浜市に自主避難した中学1年の男子生徒(13)のいじめ問題で、..........≪続きを読む≫

このご両親の訴えは切実です。
尋常ではない恐喝事件です。

恐喝した生徒には自分のしていたことを自覚させる必要があります。加害者も親の愛に飢えていたと、したり顔で論評する人がいますが、まずは自分の犯した罪と向き合う必要があります。

警察は何をしていたのでしょう。

一番悪いのは加害生徒ですが、学校は被害生徒を助けてくれません。
悲しむべき事ですが、こうした場合、学校は何もしてくれないことを前提に考えた方がよいでしょう。

警察に相談したいと言っても、積極的に協力してくれるということはまずありません。

 

尾崎豊時代(織豊時代みたいですね)、夜の校舎で窓ガラスを壊されても、警察を呼ばず、教員が自分たちで子どもを改心させるという学校が多かったことを覚えていますか。当時、なぜ? と思いました。
一見、「私たち教師は警察に子どもを引き渡したりしません」という美談に見えますが、そうではありません。警察が入ると学校には面倒が増えます。それくらいだったら、卒業してもらった方が楽なのです。
 

警察が入ったら、マスコミが騒ぐ可能性が高くなり、自分たちのずさんさはもちろん、それ以外の人権侵害的な事件も明らかになってしまいます。

学校の名前に傷がつくというのは教員自身の経歴に傷がつくということです。
 

一年しか担任をしないですむ教員、管理職、教育委員会、市長、文部科学省の職員、大臣、どれくらい痛みを感じているでしょうか、相手の痛みではなく、自分の保身に心を痛めているのではないでしょうか。そうやって責任は雲散霧消します。何百人の中の一人と、あっさり忘れちゃう教員もいます。

 

不登校も何年目かになると、途中からさほど注意を払わなくなります。自分の担任の時に起きたことではないからです。寝た子を起こさない方がいいということになります。継続的なことはそのまま流してしまうのが学校風土です。新しいことをしようとすると大変なことが増えるからです。

 

お子さんとご両親の慎重な決断があり、弁護士が会見したことでやっと公になったのです。

その上、親は気がつかなかったのかと批判されることさえあるのです。

 

このご両親は何も悪いことをしていないのに弁護士費用も負担しているわけです。学校側は自分のお給料を出して弁護士を雇ったりしないでしょう。
弁護士が入ると嫌がらせだと思う向きもあります。卒業生が弁護士になると自慢する一方でおかしなことです。

お子さんもご両親も勇気を奮ったことで、はじめて「まずいな」みたいなことになっている気がします。


福島から避難してきた子どもを痛めつけるのは、大人が偏見を持っていることの証でもあります。私の周りにも原発作業員は高給取りだというような人までいます。

なおかつ、東京電力本店の記者会見に出てくる人はいつも他人事のように発言します。私の知る限り、本気で謝っている姿は見たことがありません。
それと通じるものがあります。

 

「○○菌」と呼ばれる位なんでもないという人は、人を「○○菌」と呼んで平気な人でしょう。

世の中の役に立つ菌もあるなどと持ち出して問題をはぐらかす人はだめです。あなたは平気かもしれませんが、他人も同じだと思わないようにしましょう。

 

大嫌いな学年主任がいました。あるとき同僚から「昔から、あいつのことは皆××菌って呼んでいるのよ」と彼の名前をもじって言われました。やはり、やはりいい気持ちがしませんでした。
 

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