ゆうちゃんのブログ

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やまもと雄大のひとことブログ

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オリンピックの後はパラリンピックで熱い夏が続いでいますね。今回はNHKで放送枠が大幅に拡大され、生中継もあるので今まで見たことがない人やよく知らなかった人にも、そのおもしろさをわかっていただけたことでしょう。
 一口に障害と言っても様々です。それぞれ異なる原因でいろんなケースがあるからです。私の場合は生まれるときに何らかのトラブルが発生し、脳に酸素が行き届かなくなり、脳細胞の一部が機能しなくなりました。これを脳性麻痺といいます。出産時は様々なリスクを伴うことがあります。今はもしアクシデントが起きても適切に治療をすれば脳性麻痺はほとんど後遺症が残らないので障害は軽くてすみます。
 漢字で「障害者」と書くと何か害があるようなイメージを持つことから最近では「害」の字をひらがなで記載されるようになったのでしょうが、個人的には文字の問題ですか?と言いたくなります。
そもそも健常者と障害者を分ける境界線はどこに引けばいいのでしょうが。先程も述べたように人間は複雑にできているぶん、ちょっとしたアクシデントが起きただけでも様々なところに支障が現れてくるものです。しかし、何らかの支障があったとしても、そのことに気付かず、一生をそのまま過ごせる場合もありますし、ある日突然に隠れていた障害が表に現れるケースもあります。
ここで私が言わんとしていることは「完全な人間はいない」ということです。誰でも何か問題を抱えて生きているのです。それが身体の機能に表れたとき身体障がい者となります。
ヒトラーは優秀で完璧な人間だけの完全な理想郷を作ろうとしたようですが、この思想の根本的な間違いは「人間は完全無欠な存在ではない」ということを理解していなかったことです。
 欠点があるから人は向上心を持って前進することができるのです。


失 って得たもの
                                         やまもと雄大
何かを失って
貴(とうと)い何かを得られたような気がする
たぶん
そうなのだろう
失った何かより
そのために得た何かのほうが数百倍の価値がある場合が多い

                


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ニュースを聞くのが辛くなるこの頃ですが、特に子供の虐待は非常に怒りをおぼえます。それほど子供が嫌なら儲けなければいいのではと思ってしまいます。よく「子供をつくる」という言い方をしますが、少し大袈裟かもわかりませんが、私はこの言い方に人間の傲慢さを感じてしまうのです。子供は授かり物だと申しますが本当にそう思います。昔はよく「子供は天からの授かり物だ」と言っていたものですが、だんだんそういう意識が薄れていく傾向にあるのでしょうか。
才能とか、美貌とかも、授かり物かもしれませんよ。
その人の才能などは神というより、自然の摂理から賜ったものだと考えています。

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最近報道されていましたが、加工肉のハムやソーセージなどに発ガン物質が含ま
れている事が分かったというニュースが耳に飛び込んできました。ドキッとした
人も多かったと思いますが、冷静に考えてみればどの食品にもリスクがありま
す。バランスの取れた食事が大切だというのはこのリスクを分散させ、悪影響が
出ない範囲に抑えるという意味があります。
僕はウインナーやソーセージが大好きですが、毎日毎日そればかり食べているわ
けではないので気にする必要はありません。でも、あのような報道のしかたをす
ると買い控えしてしまう人もでる現象が現れるのは予想できることなので、伝え
方をよく考えてほしいものです。
アメリカではマーガリンなどに含まれるトランス脂肪酸が心臓疾患のリスクを高
めていると言うし、スウェーデンの食品庁はコメにはヒ素が含まれているので危
険だと警告しましたが、お米が主食の日本で健康被害の報告はありません。日本
人にとって輸入肉の安全性が気になるようにスウェーデンの人は米が気になるの
かもしれませんね。
結論としては本当に危険なのはトランス脂肪酸より暴飲暴食や食中毒、それと情
報に一喜一憂して自分で考えようとせず行動してしまうことだと思います。いろ
んな情報に惑わされることなく、正しい情報を見極めることを心がけることは情
報化社会に生きている私達にいちばん必要なことです。

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ユニバーサルデザインというのをご存知ですか。
最近のリモコンってボタンが小さくて押しにくいなって思ったことはありません
か。僕なんか足の指で押すので小さいスイッチ類は操作がやりにくいったらあ
りゃしない。とくにデジカメなんぞは手で使う人でも指がごつい人はやりにくい
んじゃないかと思います。それでもなんとか足でカメラを操作している僕ちゃ
んってすごくないですか? ピントを合わせるときにシャッターボタンを半押し
しますが、この半押しの微妙な感覚が足の指では難しい。シャッターボタンが大
きければこの問題も解消するのでしょうが。
そこで冒頭に上げたユニバーサルデザインの話となるわけです。ユニバーサルデ
ザインとは何ぞや。簡単に言うと、文化・言語・国籍の違い、老若男女といった
差異、障害・能力の如何を問わずに利用することができる施設・製品・情報の設
計(デザイン)をいいます。缶チューハイの飲み口のところに点字が入っていると
思います。あれは「おさけ」と点字で記されています。ジュースと間違わないように
するためですね。
ユニバーサルデザインの基本コンセプトはできるかぎり多くの人が利用できるよ
うなデザインにすることです。障害者のためだけではないところがバリアフリー
と違うところです。今では公衆トイレにも設置してある温水洗浄便座なんかもユ
ニバーサルデザインの一例です。目を閉じていてもシャンプーとリンスを間違わ
ないようにボトルに印がついているのもそうですね。
ユニバーサルデザインの7原則
1.どんな人でも公平に使えること。(公平な利用)
2.使う上での柔軟性があること。(利用における柔軟性)
3.使い方が簡単で自明であること。(単純で直感的な利用)
4.必要な情報がすぐに分かること。(認知できる情報)
5.うっかりミスを許容できること。(失敗に対する寛大さ)
6.身体への過度な負担を必要としないこと。(少ない身体的な努力)
7.アクセスや利用のための十分な大きさと空間が確保されていること。(接近や
利用のためのサイズと空間)

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人間の闇の部分には他人より自分のほうが優れていると思いたいという気持ちから人を見下したり差別したりしてしまうことがあると思います。優越感というやつはとても魅力的に感じてしまうもののようです。しかし、その一方で疎外感を感じる人達も出てくるのは当然のことだと言えるでしょう。
本当に優れた者ならば他人(ひと)を見下したり、差別したり、排除しようとはしません。日本に比べ、西洋諸国では差別意識が根強いと感じる理由は周囲の国々が敵国で一時も油断できなかったからかもしれません。あくまでも僕の考えですけどね。
仏教が入ってくる以前の日本では弱者はみんなで守り大切にする考え方がありました。「この子は私達の分の災難を一手に引き受けてくれたのだから」と言って大事に育てていたらしいですよ。そこには「劣っている」とか「優れている」という概念はなかったのではないかと思います。
やがて仏教の教えを違った解釈をして「因果応報」を用いるようになり優劣をわけようとする社会ができてきたという説を聞いたことがあります。
疎外感を持たせない社会をつくらないとテロは無くならないと思います。..


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今回は諺(ことわざ)、教訓のお話をします。
「禍福は糾(あざな)える縄の如し」という諺がありますが、この意味は、この世の幸不幸は、より合せた縄のように常にかわるがわる来るもの だということです。
表裏一体ということでしょうか。「人生楽あれば苦あり」なんて言葉もありますね。
ほかには「浮き沈み七度」というのもあります。意味はと言うと、人生には何度も浮き沈みがある。浮沈盛衰は人生の常であるから、一喜一憂するにはおよばないということ。また、こんなのもあります。
「 禍福門なし唯人の招く所(かふくもんなしただひとのまねくところ)」禍福や幸福がやってくるのには、初めから定まった門があるのではなく、
悪をなせば禍がくるし、善をなせば幸福がくるのであって、幸不幸は結局その人の行いが招くものだという教えだそうです。
似ているけど、「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」というのもあります。意味は人生には良いことも不運なこともあり、不運なことばかりが続くわけではないから、くよくよしてもはじまらないということで、人生の局面を川の瀬に見立てて、浮き沈みがあることを表しています。


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サッカーのカズと言えば三浦和良選手ですが、そのカズがフットサル日本代表として活躍しています。うれしいですね。
思い起こせばいろいろありました。やっとワールドカップに出られるときがきたと思ったら、まさかの代表から外されるという異常事態が起こってしまいました。今でも正常な判断だったとは思えません。そんな不埒な出来事にも負けず続けてこられたのはやっぱりサッカーが大好きだからでしょう。
僕もサッカーが好きだから同じように続けているのだと思います。

正しく「継続は力なり」と言えるでしょう。


「継続は力なり」の意味
一つ一つの効果は微々たるものであっても、たゆまず努力を続けていけば、やがては一つの大きな事業を達成できる。または、物事を成し遂げるまで諦めずに努力し続けることが一つの力、能力であるということ。


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江戸時代の長屋のように助け合いながら暮らしていくことも

この時代だからこそ必要かもしれません。持ちつ持たれつ、

向う三軒両隣などという言葉はいいものですね。

「ちょっと味噌をきらしてしまったので貸してくれない」なんて

いうコミュニケーションが日ごろからあったなら、悲しい

孤立はなかったかもしれません。

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