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https://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/incident/jiji-170813X300.html

 

 第2次世界大戦の激戦地・サイパン島から持ち帰った日章旗を返還するため、93歳の元米海兵隊員が来日し、東京都内で13日に記者会見した。「本来の持ち主にずっと返したかった」。終戦記念日の15日、岐阜県の遺族に直接手渡す意向だ。

 

 モンタナ州在住のマービン・ストロンボさんは1944年6月にサイパンへ上陸。戦死した日本兵が身に着けていた署名入りの日章旗を発見した。「いつか家族に返したい」との思いで米国に持ち帰った。「罪悪感も覚えたが、そのまま残せば永遠に失われてしまうと思った」と振り返る。

 

 70年以上にわたり自宅に保管してきたが、今年3月、ストロンボさんの娘が日本兵の遺品返還活動を行っている米国のNPO「オボンソサエティ」に連絡。日本遺族会などとの連携で、持ち主は岐阜県東白川村出身の安江定男さん(当時25歳)と判明した。

 

 日章旗には戦いでの無事を願う「武運長久」の文字が大きく書かれ、約180人の署名が記されている。安江姓が多かったことから出身地を特定できた。安江さんの遺骨は見つかっていないという。

 

 ストロンボさんは15日、東白川村を家族と共に訪れ、安江さんの弟辰也さん(89)ら遺族に日章旗を届ける。会見で「彼の最期の様子を伝えたい。私にとっても一つの終止符になるだろう」と話した。 

 

 

日本兵の戦いの「義」をこの人も理解したのでしょう

 

当時、サイパン島に立て篭もった日本の兵隊さんたちは、その戦いに勝ち目がないことは、とっくに知っていました

 

誰がどうみても、不利な状況であり、全滅させられるかもしれないくらいのことは誰だってわかります

 

彼らはそれでも降伏などせず、戦いました

 

その理由は3つあります

 

ひとつには、サイパンに多くの民間人がいるということです


その民間人に対してさえも、米軍は容赦なく艦砲射撃やら航空機による爆撃を行い、しかも上陸すれば軍服を着た兵であろうが、民間人の女子供であろうが、まったく問答無用で殺戮をしかけてきたのです


ならばもはや戦うことしか選択肢はありません

二つめには、サイパンを奪われることは、サイパンから日本本土に向けての空襲を許すことになります


そうなれば、祖国にいる父や母、幼い兄弟姉妹、友人たち、大好きだった彼女たちが、同じように無差別に蹂躙され、殺されてしまう


ならば、それを防ぐためには、一日でもいい

 

戦って、戦って、敵をこの島に釘付けにするしかない

みっつめには、戦いに「勝つ」ために戦いました


敵の圧倒的な火力の前に、全滅させられるかもしれない状況です


それでもみんなで、「勝つため」に戦いました

 

サイパンでの戦いが、仮にそこで全滅したとしても、自分たちが戦って戦って戦い抜いた先に、

 

大東亜戦争全体を通じての大義の実現ができたならば、それは戦争目的を達成した、といういことになると信じていたのです

 

そして現在植民地のない世界が実現したのです

 

そんな先人たちを慰霊するために2005年陛下はサイパンを訪れています

 

 

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