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ユニセフの子供の幸福度ランキングについて

今回のテーマはユニセフが報告した先進国の子供の幸福度ランキングについてです。

これは、先進国38カ国を対象にした精神的健康、身体的健康、スキルの3部門で調査されました。

 

精神的健康

15才の子供が生活に満足していると答えた割合と15才から19才までの自殺の割合からランキングしました。

 

  1. オランダ
  2. キュプロス
  3. スペイン

身体的健康

5才から14才までの死亡率と過体重・肥満の割合から順位が決まりました。

 

  1. 日本
  2. ルクセンブルク
  3. スイス

スキル

15才の読解力と数学のテスト結果とすぐに友達が出来ると答えた子供の割合から順位が決まりました。

  1. ノルウェー
  2. スロベニア
  3. オランダ

日本の順位は?

気になる日本の順位は、精神的健康は37位(ワースト2位)、身体的健康は1位、スキルは27位の、総合順位は20位です。

 

正直、ピンときません。こんなもんかな?と言う気もするし、身体的健康が1位というのもちょっと驚きです。

 

日本のランキングよりもアメリカのランキングが気になります。

 

アメリカ

精神的健康32位

身体的健康38位

スキル32位

総合順位36位

 

私たちってアメリカに憧れていませんでしたっけ?

 

イギリス

精神的健康29位

身体的健康19位

スキル26位

総合順位27位

 

あれ?イギリスにも憧れていませんでしたっけ?

 

ネザーランドドワーフという可愛いウサギの出身地(出産地)であるオランダが総合順位1位です。

 

 

幸せってなに?

 

日本の身体的健康が1位って誇れることかもしれません。これを基準に考えると、子供の死亡率が低いこと、健康であることは当たり前だと思うのです。先進国は平和で食べるものに困らなくて教育を受けられる安心な国だと思うのです。

 

子供の幸福度ランキングを見ると、もしかしたら「先進国」とは幻想なのかもしれません。確かに、発展途上国も合わせた幸福度ランキングだったら、結果が違うと思います。

 

大人は自分で幸せになることができるけど、子供は社会や大人に影響されるので、自分の力で幸せになるにはなかなか難しいと思います。

 

調査した部門から幸せを考えると

調査した3つの部門を見ると、子供の幸せは社会の問題と子供自身の要因で幸せになれると考えられます。

 

社会の問題とは、社会情勢、医療体制、教育体制です。ユニセフの報告書には改善策が載っています。

 

  • 所得格差と貧困を減らすために確固とした行動をとり、すべての子どもが必要な資源にアクセスできるようにする
  • 子ども・若者のためのメンタルヘルスのサービスに関する深刻な格差を是正する
  • 仕事と家庭のバランスを改善し、特に、質が高く柔軟で安価な乳幼児保育へのアクセスを改善するため、子育て支援策を拡充する
  • はしかの予防接種率の最近の低下を逆転させることを含め、予防可能な病気から子どもを守るための策を強化する
  • 子どものいる家庭を支援するCOVID-19関連の政策を改善し、子どもの幸福度を支える予算が緊縮財政措置から守られるようにする

「ユニセフ報告書「レポートカード16」発表先進国の子どもの幸福度をランキング」より

 

 

他にもまだ改善策はあると思います。日本が身体的健康で1位になれたのは体制が整っているからだと思います。そこに感謝しつつ、日本が1位になれた理由を世界に発信して、せめて身体的健康だけでも他国の幸福度が上昇するといいなと思います。

 

次は、3つの部門から考える子供自身の要因の幸福です。

  1. 自分の価値観で幸せと思えるか
  2. 自分の体を大切に思えるか
  3. 友達を選んで付き合えるか

これは、大人にも共通しそうな問いですね。3つの問いに共通する「自分の価値観」は「自己肯定感」につながっています。でも、案外自分の価値観って気づかないことが多い気がします。嫌なことがあったり、人から言われて、「これが私の大事なことなんだ」と気づきます。

 

「私、大丈夫だよ」「それがいいよ!」を高められたら、「私は幸せ!」って自信を持って言えると思います。

 

自己肯定感が低いと「私は幸せ」と思ったとしても、人と比べてしまって幸せを否定します。

「私は幸せだと思うけど、あの子と比べたらどこにも言っていないし、大きなお家に住んでいないし、塾や習い事にも通っていないし、流行のゲームだってもってない。だから私は幸せじゃないかもしれない」と。

 

もっと自己肯定感が低ければ、「私なんて幸せになってはいけない。幸せになる価値なんてない」と思うかもしれません。

 

自己肯定感を高めるには?

私も割と自己肯定感は高くありません。「私なんてダメだ」って思うときは、きれいな花を見ても感動しません。落ち込んだときは、他人の幸せをみたくありません。「わたしなんて。。。」って思っていじいじするか、卑屈になっていきます。

 

「自己肯定感を高めましょう」って言っても、なかなか難しいと思うんですよね。

 

そこで、提案ですが和歌をよんでみてはいかがでしょうか。

有名は「小倉百人一首」でも万葉集でも古今和歌集でも千載和歌集でもなんでもいいです。

和歌ってすばらしいのですよ。

全然しらない昔の人が作った31文字の短い歌を、1300年経った今読んでも、歌を使った人の気持ちになれるんですよ!

 

すごくないですか!

 

恋愛の歌もあれば、子供への歌、懐かしい過去をよんだ歌があります。

 

なにごとの おはしますをば  しらねども

かたじけなさに なみだこぼるる 

 

 

これは西行が伊勢神宮を参拝したときに読んだ歌です。

西行って、伊勢神宮を知らないわけがないんですよ。武家出身が教養がないわけがない。

伊勢神宮の神様をわざわざ言葉せず、「なにごとの おはしますをば  しらねども」として、

伊勢神宮の雰囲気に感化されて泣いちゃったんですよ、すごくないですか!

 

神道には、信仰には感性が必要なんですよね。

 

感性を高めるにも和歌はいいと思います。お気に入りの和歌や、心の中に抱える言葉に出来ない気持ちを表現した和歌が見つかったら、あなたは一人じゃないですよ。世界が広がります。

全然時代が違う人と和歌でつながれるって素晴らしいと思います。

 

昔の人と同じ気持ちを味わえれば、感性が高まり、自己肯定感も高まると思います。

そうすれば、「いろいろあるけど、私は幸せ」って思えると思います。

 

「幸せ」と思えなければ、改革したっていいんですよ。

世界は修理固成の真っ最中です。

 

最近の15才は、私が15才だった頃よりしっかりしていると思うので、

大人の入り口に立った大人の精神的な手助けができたらいいなと思っています。

 

 

さてstand.FMに登録しました。今回の記事をもとに音声配信をします。

まだ、録音していないので後日です。

公開したらツイッターで報告しますね。

最後までありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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だいぶお久しぶりとなりましたが、みなさまお変わりありませんか?

私は、暑いので自分に甘く過ごしております。

そうすると、もっと自分に甘くてもいいんだ~という発見があります爆  笑

 

さて、7月から8月、9月の神社の活動報告です。

正直言って、特にありませんあせる

 

7月は長雨で、8月は猛暑日の連続で、割とのんびりさせていただきました。

9月はまだ出張祭典の予約が少ないので、のんびりしそうな雰囲気です。

 

私の予定はいつも通り、暦の勉強をしたり、別のブログを書いたりしていました。

8月6日にNHK「所さん!大変ですよ」に少し出演させていただきました。

大手通販サイトの「ほしいものリスト」を公開している神社として、ご紹介して頂きました。

短い編集でしたが、取材を経験できて嬉しかったです。

 

恥ずかしくてはかなか放送を見ることができませんでした。

でも見てみると、発見がありますね。

 

「共感する書き方」が大切だと実感しました。

私は一方的なんですよね。

ブログの主旨が、私の勉強を見て頂くというスタイルで、

それでは一方的だし、共感もしないと思うのです。

 

7月には爽やかで活躍が益々楽しみな俳優さんの自殺のニュースがありました。

私には彼が自殺する理由なんて、どこにもないと思っています。

多くの人がこのニュースに胸を痛めたでしょうし、悔しい気持ちになったでしょう。

 

「ほしいものリスト」は新しい寄付の形です。

この世界には人を思える優しい人が多いハズなのに、自殺がなくなりません。

 

宗教に関わる人が減っています。

でも、迷っている人の数は変わっていないと思います。

迷っている人を救う手段は宗教以外にも沢山あると思いますが、

宗教で救われる人がいるはずです。

 

信仰が組織化されたものが宗教です。

信仰を教える、信仰心を磨く役目は宗教にあります。

宗教がなくなったら信仰がなくなります。

 

今後は、私の勉強を信仰に活かされるような、ブログの書き方をしようと思います。

また、そろそろ音声配信に挑戦しようかなと思っています。

 

もう少し涼しくなれば私の頭の戻ってくると思います~

 

社務所の外壁を塗りました。

コーキングが割れていたので、コーキングだけにしたかったのですが、

ペンキを塗った方がよさそうだったので、あわせておこないましたよ。

 

そのうち屋根の修繕もしなくっちゃ。

社務所が建って10年です。そろそろいろんなところをメンテナンスしなくてはならなくなりましたよ。

 

 

 

 

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7月ですね、梅雨真っ盛りです。

梅雨は胸が痛むニュースで悲しくなります。

どうぞ皆様も、なんでも早めの行動で安全に過ごしてくださいね。

 

さて、6月は上旬に企業様からの御祈願が2件ありました。

ほんの少しずつですが、企業様からもご予約を頂くことが増えて、嬉しいなと思います。

 

正直なところ、一般の方よりもプレッシャーはあります。

うちのような小さいとところでいいのかしら?

もっと有名で歴史のある神社の方がいいんじゃないのかしら?

などと、思います。

 

でも、こういった考えは私であって、神社の神様には関係ありません。

御神徳は小さくても大きくても変わらないんです。

もっと御神徳が広まるように、心を込めつつも気張らずにご奉仕させて頂きました。

 

 

それ以降は、まだまだコロナ禍の影響があり、梅雨の影響もあり、

のんびり過ごしていたように思います。

とはいいつうも、何をしたか覚えていないので、やはりのんびり過ごしたのでしょうかねあせる

 

 

7月からは私の習い事が再開されたので、少しずつ忙しくなるのかな~と期待しています。

 

 

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ムシムシしますね。梅雨だからですが、アブラがでて嫌な感じです。

 

6月の晦日が近づいてきました。なので、今回も大祓についてです。

後日、神社のホームページに清書を投稿しますので、そちらも良かったら読んでみてくださいね。

 

 

 

さて、大祓詞とは祓い詞で祝詞の一種です。

私たちの教派で大切にしている「教の鑑」に収められた祝詞です。

日々のおまつりやことあるごとに、神職と信者さんが神様に向かって読み上げます。

 

ルーツは延喜式祝詞に求めることができます。

それを神様の祈りの形に変えた祝詞が今に伝わっています。

 

たぶん目にする機会が多いのは、神社本庁の大祓詞でしょう。

当社は神道大教に所属しますので、別の大祓詞になります。

 

よく「神社は一つじゃないの?」と不思議がられます。

仏教を考えて頂ければ理解しやすいと思います。

考え方が違ったり、伝わり方が違えば宗派(教派)が異なります。

 

さて、神社本庁の大祓詞とどこが違うかというと、大きくは罪穢れを省略しないところです。

天津罪と国津罪を事細かく列挙します。

 

現在の罪観念に合わないこと、差別的と捉えかねないことを理由に大正三年に変わりました。

詳しくはこちら

 

時代に合わせることは大切かもしれませんが、解釈は変わってもいいと思います。

なぜなら、神道はそうであるからです。

 

神道は宗教ではないとい言われる理由に、統一の教えがないからです。

そのため、大祓詞の解釈は昔から盛んに行われていきました。

 

平安時代の貴族の日記には参拝する前に陰陽師に中臣祓いを読ませたとあったり、安産祈願や病気平癒の祈願に中臣祓いを読ませたとあります。

 

今昔物語にも樹木の伐採のお祓いとして中臣祓を読んだとあります。

この頃には大祓詞よりも中臣祓いが一般的だったようです。

 

平安時代の終わりには仏教にも受け入れられました。その頃に書かれたとされる『中臣祓訓解』は台密(天台密教)を中心とした仏教の教理に基づいて注釈が書かれました。

 

この流れを受けて伊勢神宮の神主も中臣祓を重視するようになりました。

室町時代になると吉田家も中臣祓を重視するようになります。

二つの流派は戦国大名や領主と関わりながら全国に広がります。

 

 

江戸時代になると朱子学者の山崎闇斎が大祓詞の研究を行います。

中臣祓は君主と臣下の関係を述べたものだと考えています。

さらに「中臣祓い」の中は天御中主神を指しており、天御中主神と天照大御神は同じで、天照大御神の御心で生きることを説きました。

 

その後、本居宣長も上代の言葉や心を理解する古典として研究をしました。

祓えとは黄泉の国で発生した禍事を再び黄泉の国へ返す行為であり、大祓詞はその祓いを行う理由や行ったことを神様に申し上げる言葉であると説きました。

 

 

大祓詞を解釈する方法として2通りあります。

1.言葉からの解釈

2.信仰からの解釈

 

こういった流れの中で現代は二つの面から解釈をとっています。

その内容は語られる人によって違いますが、「大祓詞」は深い教えを含んだ祝詞といえます。

 

では、この深い教えを含んだ大祓詞を私たちはどのように扱えば良いでしょうか。

それは、深い教えが含まれていると信じて、事あるごとに読めばいいと思います。

 

私は大祓詞を大体4分半で読んでいます。前後の作法を入れれば6分弱でしょうか。

人の集中力は3分といいます。

大祓は大きく2段に分かれますので、ちょうど良く集中できる長さです。

 

人に教えを請いても、それはその人が得た教えです。

自分で得た教えの方が、あなただけの教えとなります。

 

時々「神道を学びたい」と言われる人がいらっしゃいます。

私は神道は学ぶものでなく、自分で見つけるものだと思っています。

 

大祓詞の教えも何度となく読んでいると、ふと浮かぶ事柄があるでしょう。

それを感じればいいと思います。

大祓詞を一心に読むことが大切です。

 

 

以上ですニコニコ

なんだか、今回も格好をつけた感じですかねあせる

 

大祓詞の学問的な解釈は本に求めたらいいと思いますよ。

そういうのはググれば、すぐに調べられますからね!

 

勉強は理解を深めるためだと思います。

また自身の信仰を深めるためだと思います。

 

私は私が「きっとそうに違いない!」と思うことを発信しています。

神道はそれでいいんです爆  笑

で、「こいつ私と違うな~」「そういう考えもあるのね~」

「でも、受け入れないけど」で、いいんですよ。

 

もちろん受け入れられたら嬉しいけど、神道は洗脳はしないんです。

 

みなさんは、特定の宗教をお持ちではないと思うから、自由に大祓詞を読めばいいんですよ。

 

今日も最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございます。

 

みなさま、こんにちは!
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今月もあと残り少なくなってきましたが、6月といえばなんでしょうか?

 

????

 

答えは、大祓式です。

 

今回は大祓について記事を書きますね。

以前にもちょくちょく書いますので、ブログ内検索機能を使って「大祓」と入力するとヒットすると思いますよ。

よかったら以前の記事も読んでみてくださいね爆  笑ルンルン

 

今回の記事の内容は以下の3つです。

  1. 大祓の意味
  2. 大祓のルーツ
  3. 大祓をする意味

以上を書いていこうと思いますよ。お付き合いくださいね。

 

1.大祓の意味

大祓とは?

大祓は6月と12月の月末に行うお祓いで、人が知らずしらず犯した罪穢れを祓い清め、災いを避けることを目的としています。

「大」は大きいの意味ではなく、公を差します。

 

8世紀に定められた「神祇令」には親王を始め大臣以下のそれぞれの官僚達、また家族に至るまで朱雀門の前の広場に集まり祓いを行いました。もちろん、天皇は内裏でお祓いを受けました。

 

6月と12月の年二回だけではなく、臨時で行う諸国大祓や謀反や穢れが生じたとき、重要なお祭りが行われる前にも大祓を行いました。また、食材の物品を差し出させる刑罰の大祓もありました。

 

日本書紀では「大祓」といわず「大解除」と書いています。解き除くことを意味します。

 

どんなことが行われていたか?

現在の大祓は「茅の輪くぐり」を行うところが多いですが、神祇令の時代にはどんなことが行われていたでしょうか?

 

神祇令には天皇陛下のお祓いと親王、臣下のお祓いが書かれています。

 

まず天皇に麻を捧げます。次に刀でお祓いして、祓詞を奏上します。

今度は朱雀門に集まった臣下達に中臣氏が祝詞を聞かせ、卜部氏がお祓いをします。

 

割とシンプルな感じですね。

この時は、今のように切麻や人形などをつかったかはわかりません。

木製の人形が多く見つかっているので、多分行っていたのではないでしょうか。

 

延喜式祝詞の大祓詞の最後の方に「今年の六月の晦日の夕日の降の大祓に」とあります。

六月は旧暦なので今の8月くらい、今年だと8月19日で日の入りが18時30分くらいです。

朱雀門に申の刻に集合したそうです。

4~5時に集まって、祝詞よんで、お祓いをなんだかんだしたら、夕方だったんでしょうね。

 

大祓のルーツ

大祓のルーツ、というのか祓いのルーツは2つ考えられます。

1つめは伊邪那岐命が炎で焼き死んだ伊邪那美命を追って黄泉の国に行ったことが原因とされています。

また、素戔嗚尊が高天原悪さをしたことも原因とされています。

 

素戔嗚尊の悪さは田畑を荒らしたり御神殿を汚したりしました。天照大神はその都度「悪い行いにも意味がある」とポジティブに捉えて許していました。でも、機織りの女神が死んでしまうと、とうとう天の岩屋戸にこもります。

素戔嗚尊がした高天原の悪さは天津罪とされています。

 

罪穢れとは何か?

罪穢れは神道では大事な考え方ですが、これは何でしょうか?

 

地鎮祭などの御祈願に入る前に修祓を行って、参列者や祭場を祓い清めます。

その時に、罪穢れを説明しています。

「罪は心を包み隠して、本来の自分ではない行動や考えをすることです。また、穢れは考えたり悩みすぎることで生じる気枯れです」

 

身内や大切な人が亡くなった時に元気でいらる人はほとんどいないでしょう。

元気ではない状態は気枯れです。

 

また、追放された後の素戔嗚尊を考えると、高天原で悪さをしていた素戔嗚尊は本来の自分ではありません。

伊邪那岐命の清められた体から生まれた神様は、天照大御神と同じように清らかで御神徳も高い存在のはずです。

そのため、地上と、夜の世界と海の世界の統治を任されました。

 

「本来の自分」、この定義はなかなか難しいですが、「ありのままの自分」という意味ではありません。

海の世界の統治を放棄し、高天原で悪さをした「心」に原因はあります。

私はそれを「エゴの心」と考えています。

 

どんな祓いだったか?

黄泉の国から帰った伊邪那岐命は、川の水と海水が混ざるところで体を清めます。

素戔嗚尊は手足の爪を剥がされ、沢山のお供え物を差し出しました。

 

お祓いには、何かで身体に触れて、体を清める方法と、身につけていた大事なものを提出する2つのパターンがあります。

 

 

大祓を行う意味とは

大祓は6月と12月の月末に行うお祓いで、人が知らずしらず犯した罪穢れを祓い清め、災いを避けることを目的としています。

先に、上記のように書きました。

こうやって見てくると、「人が知らず知らず犯した」だけの意味だと思いますか?

 

究極の「死」という問題に向き合って、本来の自己を見つめ直し、悔い改めることが「祓い」と云えます。

「祓って貰ったから、きれいさっぱりルンルン」というだけじゃダメなんですよ。

反省をして、よりよい自分になろうと一歩踏み出すことがお祓いで、大祓はよりよい明日をつくる一歩です。

 

 

そんなことを心の隅にでも置いて頂いて、大祓を受けて欲しいなと思います。

 

 

最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。

 

 

暑くなりましたね。

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五月下旬に新型コロナウィルスによる非常事態宣言が解除されましたが、

まだまだ世界では猛威をふるっています。

 

5月は「自粛警察」や「同調圧力」という言葉をよく目にしました。

多くの人が「正義の人でいたい」「正しい人でいたい」のだと思います。

 

「正義」「正しさ」は宗教でも求められますが、私は「正義」「正しさ」=「真理」ではないと思います。

ちょっと誤解が生じるでしょうか。神様の求める正しさは私たちが考える正しさとは違うのではないかと思うのです。

 

神道には共通した教えがありませんが、

古事記のから学ぶ「正しさ」は太安万侶と稗田阿礼のフィルターを通しています。

そして、読む人のフィルターを通すので、そこに神様の正しさがあるか分かりませんが、

エッセンスはあると思います。

 

古事記に正しさを求めてみてください。

正しくなかった場合、どのように神様は対応しているか、求めてみてください。

学ぶことがあるはずです。

 

さて、当社は5月は毛虫退治に追われていましたガーン

庭師さんに頼んだのですが、あまり殺虫剤が効いていないようで、個別対応してましたよ。

別に毛虫が悪さをするわけでは在りませんが、参拝者さんが嫌な思いしたらいけませんし、

参拝しているところに上から落ちてきたら嫌でしょうから、駆除していました。

 

6月に入って毛虫の第一波は落ち着いたようです。

また真夏頃に別の毛虫が繁殖します。ふ~、これも私の仕事ですね汗

毛虫を殺すのになれ始めて、こうやってなんでも殺せるようになるのかしらと恐くなってきました。

 

 

外祭はこのような状況でも奉仕することが出来て嬉しかったです音譜

外祭は八千代近郊とさせていただいております。

 

でも、うっかり「龍ケ崎くらいの距離かな?」とよく確認をしないで承ったら、もっと遠かったです。

でも、久しぶりの遠方だったので寄り道して帰ってきました。

土浦城跡(亀城公園)と市立博物館に寄ってきました。

佐倉城跡公園と歴史博物館に慣れているので、こじんまりとした印象ですが、

ちょうどいい位の公園で、池があり猿がいてのんびりできる雰囲気の公園です。

 

お城の見張り場である東櫓の柱、梁が太くて驚きました。

あと上棟札が下から見えたので写真を撮りましたよ。

無料駐車場があり、入館料も安いので、近くに寄られたら是非立ち寄ってみてくださいね。

 

 

6月は、あと半分くらいですが、特に予定がありませんあせる

夏用の装束を買いたいのだけど、新品の男性用の狩衣があったので、

丈を短くして着ようかなと思います。

裁縫は苦手なので、時間がかかりそうです。

 

また、毛虫チェックと境内の草取りなどすれば今月も終わりそうです。

梅雨になりましたが、日差しは強くなる一方なので、

晴耕雨読で掃除しつつ勉強をしようと思います。

 

当社では特に感染予防はしておりません。

どこかに触れることはありませんし、御祈願は少し距離を取って行います。

なので、ご自身で予防をお願いしますね。

 

 

 

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今回の記事は地鎮祭の主旨の変化について書きます。

ちょっと、タイトルが煽っている感じがしますが、お許しください。

以前にも書きましたが、今回改めて考え直そうと思って書きました。・・・以前の記事はこちら

 

 

なぜ、地鎮祭の意味が工事の安全を祈ることになったのか?

 

地鎮祭を説明しやすいように、相変わらず

「お家を建てる前に行う御祈願で、工事の安全と無地竣功を祈願します」と言っています。

 

これで、いいのかな・・・・はてなマーク

 

地鎮祭について神社本庁のホームページに下記のように説明があります。

 

地鎮祭とは、建物の新築や土木工事の起工の際などに、その土地の神様を祀り、工事の無事進行・完了と土地・建造物が末長く安全堅固であることを祈願するために、おこなわれる祭りです。(地鎮祭について|神社本庁ホームページより)

 

 

地鎮祭というよりも、「新築工事安全祈願祭」の名称の方が合うように思います。

これで、いいのかな・・・・はてなマーク

 

なぜ、工事の安全が全面に出たようになったのでしょうか?

3つ理由が考えられます。

  1. 宗教色を排除したい
  2. 説明がしやすい
  3. そういう流れだから、それでいいという考え

 

実は、これは私の中から見つけた理由です。なので全てこの理由に当てはまらないでしょう。

でも、「宗教色を嫌う」はあてはまるのではないでしょうか?

 

昭和40年に三重県津市が体育館の地鎮祭を行ったところ、憲法違反に当たると訴訟が起きました。

結果は「地鎮祭は宗教行事ではない」とされましたが、あいまいなまま終わったという感じです。

そのため、官公庁では「起工式」という言い方で行っています。

 

それに、神社界も神道は宗教ではないというスタンスでいます。神道は日本土着の信仰であるから、宗教ではない文化であるという考えの方もいます。そのため、意識していなくても心のどこかで神道から宗教色を排除したいという想いがあるようです。

 

地鎮祭の意味について、5つの本から抜粋します。

 

神道大教『祭式行事作法教範』昭和57年発行

此の祭儀の主旨は神殿、住宅等各種建造物の新築、或いは土木工事等の起工に際して、其の敷地を祓い清め、其の地の守護神を祭り神慮を和め奉り、土地の平安堅固と弥栄とを祈願するにある。

 

『建築工事の祭式・地鎮祭から竣工式まで』学芸出版。平成13年初版

地鎮祭は、「とこしずめのまつり」ともいい工事着手前に執り行い、土地の神々の霊を鎮め、敷地の穢れを清め祓って、、永遠の加護と安全成就を祈願するものである。俗に「地まつり」とも言う。

 

『縮刷版・神道辞典』弘文堂。平成11年初版

土木工事、建築工事に際して、工事が安全かつ順調に進行すること。また完成後それらの建造物に問題が生じないことを祈願して行われる祭儀である。

 

『改訂・諸祭式要綱』神社本庁撰定。昭和34年初版

祭儀の主旨は、神殿、宮殿、官公庁、後者、一般住宅、その他各種建築物の新築、或いは各種土木事業の起工に際して、その敷地の守護神を祭って神慮を和め、土地の平安堅固ならんことを祈願するのである。

 

『祭祀概論』西角井正慶著。昭和32年初版

地鎮祭の如きは、その土地を領有する神であるから、祭りに際して天降る神というよりは常に其所におる地霊と考えられる。地鎮はその地霊に対して、その土地の安全を保障してもらう為の、祭りということに異論はあるまい。

 

昭和に発行した本は「工事の安全」には触れていません。むしろ「土地の安全」を祈願しています。それで、平成に発行された本では「工事の安全」に変わったように感じます。

 

 

では、地鎮祭の初見から見てみます。

 

地鎮祭の初見は日本書紀の持統天皇五年冬十月の段にあります。

「甲子に、使者を遣して新益京を鎮め祭らしむ」

 

このあと、六年五月の段にも見えます。

「丁亥に浄廣肆難波王等を遣わして、藤原の宮地を鎮め祭らしむ」

 

日本書紀は漢文で書かれていますので、「鎮祭」の文字を見ることができます。

鎮祭が地鎮祭のことを指しています。

「安全」とは書いていません。当たり前かもしれませんが・・・・

 

地鎮祭も文字のごとく「地を鎮める祭り」と書きます。

これが、地鎮祭の主旨を端的に表しているのではないでしょうか。

 

次に祝詞から考えてみます

私が普段奏上している地鎮祭祝詞の内容も「神様に、工事関係者に禍津神がとりつかないように、建物が立派に完成して、自然災害の被害に遭わないように、永遠に安心できる清らかな土地と守ってください」とあります。

 

その祝詞から考えると、神様に、清らかな土地であることを祈願しています。

なぜ、清らかな土地でいたいのかは、事故に遭わないため、自然災害の被害を受けないためです。

それが、つまり、「工事の安全」と考えられます。

 

逆に、工事で事故があったり、自然災害で家が建たないのは、土地が不浄だから、神様の心に叶わなかったと考えられます。

 

地鎮祭の本義は、土地を清めること、神様の心に添うこと(神慮を慰める)ことになります。

神慮を慰めなくてはならないのが土地の神様だと考えると、「お願い事を聞いて貰う」という姿勢で地鎮祭に臨んではいけないのかもしれませんね。

 

こうやって考えると「安全祈願祭」では地鎮祭の意味からズレた解釈になるかもしれません。

でも、なかなか一般の人や工務店など色々な考えの方が集まった地鎮祭の場合は、「工事の安全と無事竣功」が無難なのかもしれません。

 

でも、やはり地鎮祭って神道への理解を深める絶好の機会だと思うので、もう少し「神慮を慰める必要性」について説明できたらいいなと思います。

 

 

神社本庁の地鎮祭についても「使用の許し」とあるように、恐れ多い存在は神様であると書いてあります。どこに重きを置くかで変わってきますが、教派神道である神道大教は伝統や生活習慣の延長ではなく、信仰に重きをおきたいとおもいます。

 

土地の神に敬意をはらい、使用の許しを得て、工事の安全と生活の平安を祈願するという祭りの意味は、まさに日本人の生活習慣における伝統や信仰に基づいたものといえます。(地鎮祭について|神社本庁ホームページより)

 

 

今日もお付き合い頂きましてありがとうございました。

後日、神社のホームページにもう少しまとめて投稿しますので、どのように変化したか読んでくださいねルンルン

 

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みなさま、ちゃんとステイホームしてますか?

当社は駅から離れた場所にあるし、隣が空き地のため、家族団らんムードが漂う中におります。

 

4月7日に非常事態宣言が発令されて、5月4日に今月末までの延長が決まりました。

多摩川河川敷のBBQのように、本当はみなさん自粛に飽きているんですよね、きっと。

私は、BBQしてもいいけど、わざわざ人を呼んだり集ったりしなくても、楽しめると思うのです。

 

先日、「新しい生活様式」が提案されましたが、個人において本当に今後どういう生活がしたいかを見つめなくてはならないと感じています。

 

「アフターコロナ」、映画みたいなタイトルですが、コロナ収束後の世界はもう非常事態宣言前の世界には戻れません。

 

3.11の時に多くの人が感じてしまったように、今回も多くの人が気づいています。

自分はどうしたいのか、どう生きたいのか、何が大切なことか、もう気づいていると思います。

それを目をそらさずに、知らんふりして生きるには「アフターコロナ」は難しいでしょう。

 

それは、当社も同じです。「コロナ」に対して当社は何ができるのか?

寄付をするにも元がない。

御祈願は、皆さん願っているのにわざわざするのはお遊びみたいでしたくない。

頑張っている人たちを応援するのは、おおげさな感じがする。

 

答えが出ないので、いつも通り神様にご奉仕しています。

境内を掃いたり、掃除したり、日々のお祭りをしたり。

 

4月は境内が賑やかに華やいでいました。

桜が散って、しべをはき、それも落ち着き、今は毛虫の心配です。

私たちが「コロナ」で騒いでいても自然はいつも通りに巡ります。

 

もし、今までの生活に少しでも感謝できることがあれば、今まで通りにいるようにしましょう。

もちろん、自粛した上ですが、

そうすれば、「誰かを成敗したい」「自粛警察」の気持ちが落ち着くと思います。

 

5月いっぱい自粛が続きますが、なるべく家にいて、予防に努めれば感染するリスクは抑えられます。だったら、この機会にしたかったことを始めてはいかがでしょうか?また、外に出なくて済む息抜きを新たに作りましょう。

 

私はホームページ作りが落ちつき、記事も今までみたいにそんな更新しないことを決めたので、インプットに集中したいと思っています。読みかけの「宗教学」岸本英夫著を読むつもりです。

インプットしてもすぐ忘れるので、しているつもりですが爆  笑

 

 

4月の神道大教本局の大教院の春季例大祭は今の状況を考え、21日に併せて月次祭と大祭遙拝を行いました。

5月の本局のお祭りも遙拝をしようと思います。

東京で働く人、東京に住む人に比べると千葉はまだ感染者が少ない方です。

でも、この八千代市は15人になりました。

八千代市のホームページを見ると、感染者の関係者が感染しています。

 

感染した方、医療に関わる方、行政の方、今も非常事態宣言前と同じように働く方々に感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

なるこゆり

 

 

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今回の記事は古事記の序文についてです。

 

序文って何?

どんなこと書いてあるの?

つまり、前書きなんでしょ?だったら、読まなくてもいいよね?

 

なんてこと思いますよね。私もそう思っていました。実は違うのですよ。

序文には古事記を書いたときのルールが書かれているんですよ。これのおかげで和漢混交体だと分かったんですよ。

 

 

今回の記事の内容

  1. 序文の概要
  2. 序文の特徴
  3. 太安萬侶の古事記への想い

 

1.序文の概要

古事記は和銅5年(712年)に太安萬侶と稗田阿礼によって編纂された、現存する最古の歴史書です。

この書物は上中下巻の三巻からなっており、上巻の前に序文が添えられています。

 

序文でありながら、臣下が天皇に申し上げる上表文でもあります。序文の3段からなっています。

  1. 神代から歴代天皇に至るまでの業績
  2. 天武天皇と帝紀と旧辞について
  3. 元明天皇と古事記を書くうえで苦心したこと

 

2.序文の特徴

「臣、安万侶が白す」から序文がはじまります。「白す」は「まおす」と読みます。祝詞には必ず「白す」と書きます。下の者が目上に対して言う、意味です。

 

序文は読んでいてとてもリズムがいいです。

 

序文は唐の長孫無忌(チョウソンムキ)の「進五経正義表」を模範として、六朝、随、唐に流行った四六駢儷体で書かれています。四六駢儷体は四字と六字の句を基本として、対句で文調を整え華麗な文辞を用いた文体のことです。

 

序文の書き下し文を読むと、本文よりも「ちょっと大げさなんじゃないの?」「音読みばかり」、センテンスが短い、テンポがいいと感じます。

 

3.太安萬侶の古事記への想い

当時の公式文書は漢文体でした。その例が日本書紀です。太安萬侶は古事記も漢文体で書くつもりでした。

 

でも、それでは「当時の言葉と心を漢文では表せない」と安萬侶は考えました。また、天武天皇自ら稗田阿礼に誦習させたことを考えると、漢文体では伝えきれません。

 

この当時の文字は漢字でしたから、どうしても漢文の制限があります。そこで安萬侶は古事記を書くにあたってルールを決めました。そのルールを序文の3段目に書いています。

 

漢字の読み方は、音読み・訓読みの2種類があります。日本語は2種類が混ざった言葉、文章です。どれが訓読みで、どれが音読みかわからないです。そこで音注を使って、文章を読みやすく日本語の文体に近づけています。

 

古事記は正史ではないから、日本書紀より劣ると思っているという言い方をします。

安萬侶は漢文に精通していることを序文で示しています。当時の最新の漢籍を模範として序文を書き、日本の漢文で本文を書きました。

 

安萬侶は事実ではなくて、人の心を伝えたかったのでしょう。

天武天皇は壬申の乱でバラバラになった心をつなげるには事実ではなくて心だと思ったのだと思います。

 

序文は上表文です。天皇に申し上げた言葉を「前書きだから読まなくていい」なんて失礼ですよ爆  笑

本文とお二人の天皇と太安萬侶の気持ちがぎゅっとつまった序文は本文と同じくらい価値があります。

 

 

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

近いうちに神社のホームページに投稿しますので、よかったら読んでくださいね桜

 

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古事記の構成は序文と神代から推古天皇までになっており、上中下巻の三巻からなります。

 

上巻は序文と天御中主神からヒコナギサタケウカヤフキアエズの命、

中巻は神武天皇から応神天皇まで、

下巻は仁徳天皇から推古天皇までに分けられています。

 

ざっくりいうと、上巻は神話、中巻は神から人へ、下巻は人間社会のお話しになっています。

ここで疑問が生じます。

 

  1. なぜ三巻だったのか?
  2. なぜ、推古天皇で終わったのか?
  3. なぜ、このような分け方だったのか?

 

 

これらについて考えてみようと思います。

 

1.なぜ三巻だったのか?

 

古事記が三巻なのは古代中国では「3」が聖数であり、これにちなんだとされています。

 

2.なぜ、推古天皇で終わったのか?

 

古事記は現存する最古の歴史書と言われています。歴史は「過去」を語るものです。

太安萬侶はの歴史観は、「今」は天武天皇の父・舒明天皇から始まると考えていました。

なので、「過去」は推古天皇までとなりました。

 

3.なぜ、このような分け方だったのか?

「古事記」の目的は天皇や氏族の系統をはっきりさせることです。天武天皇は「天皇家に伝わる帝紀と旧辞が諸家に伝わる話と違うことを天皇家に伝わる歴史に正すために古事記が編纂されました。古事記は天皇中心の歴史となります。

 

上巻は序文と天御中主神からヒコナギサタケウカヤフキアエズの命、

中巻は神武天皇から応神天皇まで、

下巻は仁徳天皇から推古天皇までに分けられています。

 

では、このような分けには何か意味があるのでしょうか?

古事記は天皇家の歴史書といえるので、「天皇観」の区切りで分けられました。

 

上巻は神代の巻です。天地がはじめに高天原に誕生した神様からはじまり、この国を統治する神様が家族をもうけこの国に落ち着くお話しです。上巻で最後に生まれたウカヤフキアエズの子供・カムヤマトイワレビコ、兄弟と共に新しく政治を行う場所を求めるところから中巻が始まります。

 

カムヤマトイワレビコが天下の政治を行おうと思った、

行うべき存在なのかを説明してきたのが上巻になります。

「天皇の根源は何か」を語っている巻ということになります。

 

でも、天皇の正当性を主張するだけなら、横軸の氏族の神話はそれほど重要ではないはずです。それをだれが主役か分からなくなるほど色々語られたのは、語り部役の稗田阿礼の存在が大きいといえます。

 

上巻は縦軸と横軸がある構成になっています。

縦軸はイザナギ/イザナミ~天照大神~ウガヤフキアエズ命という天皇につながる軸

横軸にはアメノコヤネやフトダマノ命などの氏族の祖神、や出雲神話などの国つ神の話で構成されています。

 

カムヤマトイワレビコ(神武天皇)からはじまる中巻は、神武天皇、崇神天皇、神功皇后、応神天皇と神がつく天皇が多いように神様と関わって政治をしています。

 

仁徳天皇から始まる下巻は中国の史書でいる「倭の五王」の時代にあたると考えられています。

応神天皇の時代に論語が入ってきて儒教の思想がみられるようになってきました。序文にも書かれているように仁徳天皇のことを聖帝とたたえているように、儒教的天皇観に変わったと考えられます。

 

 

 

 

 

 

倭の五王について・・・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%81%AE%E4%BA%94%E7%8E%8B

 

後日、ホームページにもっと分かりやすくまとめた記事を投稿しますので、よかったらそちらもあわせてよんでみてください。

 

*この記事は新潮日本古典集成と小学館日本古典文学全集を参考にまとめました。