※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
翌朝、またおばあちゃんも含めて五人で朝御飯を食べた。
朝食前に、父がトイレに立ちがてら、何処にどんな人が居るのかを見て回った所、おばあちゃんの言葉通り、壁際や入り口近くに、お年寄りの人達の姿が多いようで、中には咳こんでいた人も居たようだった。
父は、避難所の世話をしている役所の人に、お年寄りが寒い壁際で過ごすと風邪等、ひきやすくなって、身体に悪いのではないか?と、意見したものの、そこまでは手が回らないのと、深夜から早朝にかけて、お年寄りがトイレに立つ頻度に対してクレームが出ていいたり、中には夜だけお年寄りにはオムツをつけて貰えないのか?とまで詰め寄る人も居るという回答のみで、何も対応して貰えそうにはないことを、おばあちゃんに告げた。
「心配してくれて、ありがとう。でも、娘が迎えに来てくれるまでの辛抱やから」と、おばあちゃんは笑った。
その日、もう一度、家族で祖母へ会いに行くと、祖父がひどくうなだれていた。おはようの言葉を言う前に、両親が顔を見合わせた後、父が声を掛けた。
「何かあったんか?」
祖父は顔を上げてから言った。
「あぁ、来たんか。昨夜、遺体をどないするか?いう説明を、そっちの部屋へ聞きに行っとう間に、ショール、盗られたんや」
「取られた? 何で?」
「多分、盗まれたんやろな」
「そっちの、『盗られた』か……」
「多分な。化粧品でさえ、返ってこんのや。他の人の遺体の掛布団、めくる訳にいかへんし、もしかしたら、持って行った本人が使うとるかもしれん。ばあさんに悪い事したわ…… 昨日、そっちへ持って帰ってもろてたら、こんなこと、ならへんかったのになぁ」
「……。一緒や。こっちも、居らへん間に、荷物、持ってかれてしもたわ」
「ほんまか?」
「ほんまや。せやから、昨日、貰うの断ったんや」
「そうやったんか…… 辛いなぁ。普段やったら、あらへん(起こり得ない)ことや」
そう言うと、祖父は再びうなだれてしまったのだった。