アトムの子 | やまのブログ
2018-04-26 01:13:30

アトムの子

テーマ:密教

 

 昭和29年1月17日 私の体がこの世に誕生

 昭和35,6年頃「楽しい幼稚園」とか「小学一年生」とかの雑誌を読んでいた微かな記憶がある でもその内容は憶えていない

 昭和37年 雑誌「少年」を買い始める 鉄腕アトム 鉄人28号 サスケ ストップ!にいちゃん ロボット三等兵 等が連載されてた 隅から隅まで読んでいたけれど 作品によって好きの度合いは違っている 鉄腕アトム=ストップ!にいちゃん>サスケ>鉄人28号>その他の順だった

 昭和39年 父親から創価学会系の雑誌「希望の友」を渡されるようになった 憶えているのは横山光輝の水滸伝と別冊で偉人伝シリーズがついていたことだけ 他は全く覚えていない 多分読んでいないのが多数だと思う
 その後私が中学生になると希望の友から希望ライフに変わった が内容に特に憶えていることはない 


 

 「少年」は母親がたまたま買ってくれたのが始まりだった たちまち夢中になった 他に月刊誌で「少年ブック」「少年画報」「ぼくら」「日の丸」「冒険王」 週刊誌で「少年サンデー」「少年マガジン」「少年キング」がありそちらも時に買ってもらっていたが 小学生時代を通して毎月欠かさず買って読んでいたのは「少年」だけだった 従妹の家には「りぼん」「なかよし」「少女フレンド」「マーガレット」があった
 
 少女フレンドに「ユキの太陽」が連載されていた ちばてつやをそこで初めて知った 「島っ子」「ありんこの歌」「みそっかす」貸本で「123と45ロク」 少年マガジンには「誓いの魔球」があった それは「ハチの巣大将」「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」と続いた どれも大好きだった そしてぼくが中学生になった頃「あしたのジョー」が始まった

 私の心は漫画に大きく影響を受けている でも当時はそれと知らず ただ自分が惹かれるものを心にため込んでいた

 アトムのエピソードに青騎士の巻というのがあった ロボットがロボットにも自由をと主張し始めて人間たちと対立しロボットだけの国をつくろうと進展していく話 アトムは迷っていた どうするのが正しいのか分からなかった 見ていたぼくも同じで何が正しいのか分からなかった でもぼくに分かることもあって それはアトムは良い心の持ち主であることと御茶ノ水博士たちは信頼できる人間だってこと
 後の私の人権意識はまるまるその青騎士のエピソードから受け取ったものがベースになっている
 
 漫画には成長するものがある それが分かりやすいのはサスケ 初めて見た時にはサスケはこどもだった こどもだったがサスケは忍者 八方手裏剣 分身四つ身の術 微塵隠れ 等々を使って身辺に起こるトラブルを解決していった それがいつしか自分では解決できない問題に出会っていった 年貢 百姓一揆 キリシタン弾圧、、、ぼくは小学校低学年から高学年になっていた そして中学生になってカムイ伝に出会った
 カムイ伝には江戸時代の大勢の人が描かれていた ぼくが目を引かれた人物は社会から人間扱いされていない非人のカムイ 百姓ではあるが自分の田畑がなく下人としていいように使われている正助 城代家老の息子であったために藩の権力争いに巻き込まれていく草加竜之進 腕を頼りに道場破りで食っていたのが剣を捨て風来坊を生きることになる水無月右近 島帰りの刺青者が商いを起こし己の才覚で上を目指していく夢屋七兵衛等
 物語でカムイは非人が嫌で権力に使われる下っ端の下忍となりさらにそこを抜けどこの世界にも属さなくなっっていった どの世界にも属さないカムイは傍観者

 カムイは忍びを抜けたことで元の仲間たちに追われ続ける それは「カムイ外伝」に描かれる 主人公は抜け忍カムイ 変移抜刀霞切り 飯綱落とし の世界 外伝は小学生の時すでにに知っていた

 しかしカムイ伝本体はまるで違った そこには非人たちの生活と農民たちとの軋轢 その農民たちの生活と武家政治への困惑や怒り お城の中では権力争いにお家騒動 そこに幕府の隠密たちの暗躍 カムイ伝にはそれぞれの世界が錯綜し複雑に絡み合っていく社会の模様が描かれていた どの世界にも社会の権力機構 支配と抵抗の様相があった 中学生のぼくはそれをカムイの視点で見ていた ぼくも傍観者だったんだ

 中学生のぼくは現実社会の権力機構がどうなっているのかに興味も関心もなかった 新聞はテレビ欄と四コマ漫画以外は見ない だから現実の社会は自分の見聞きできる世界以外は何も知らない なのにカムイ伝を見ることで社会の様相を見る視点が知らず知らず自分の中に置かれていた
 漫画とはいえ多くの人間模様を見てきたおかげでいろんな生き方いろんな考え方があるのは無意識のうちにも心に留め置かれていた 

 虚構であるか現実であるかに関わらず人間社会は物語として進んでゆく 違いは見る側にある 虚構の物語を見る際には人は誰でも傍観者 現実の自分はそこにいない だから冷静に物語を見れる でも現実はそうはいかない 

 私が現実社会を積極的に見始めたのは1998年に大麻所持で逮捕されてからだが あらためて社会を見る際には出来るだけカムイ伝を見ていた時の視点であろうと意識している 意識しないと現実的な自分の利害に目を曇らされるかもしれないから
 
 ドンファンが言うところの「見る者」は現実の中で利害や欲望から離れた傍観者の視点を持つことだと思われる これが理解できれば同じく彼の言う「現実にタッチする」という意味も自ずと分かる それは言葉通りの「世界を変える」ことを望むからに他ならない

 

 鉄腕アトムには多大な影響を受けているし 大好きな漫画だったけれど ぼくが最も欲しいものが描かれていたのはストップ!にいちゃんだった 
 今にして分かるのは私が「毛皮のマリーズ」に惹かれた根っこは「ストップ!にいちゃん」にある 「毛皮のマリーズ」からも「ストップ!にいちゃん」からも形は違っても同種のものが伝わって来る それは時を超えるもの 永遠につながるもの
 
 ちばてつやの作品には「ストップ!にいちゃん」とは真逆な情景が描かれていた それでいながら「ストップ!にいちゃん」と根っこの同じもの 
 毛皮のマリーズが形を変えた「ストップ!にいちゃん」であるならちばてつやが形を変えたのが中島みゆき のようなもの 
 
 もちろん私にとって ということだけれど 根っこにはみんな共通するものがある と アトム以来私の心に貯まった物語や音楽を思い出してそう確信する

 ところで物理学が言うには宇宙には四つの力があるらしい 重力と電磁気力 それに強い力と弱い力 と言うことらしい 私は良く理解しているとは言えず 検証する能力もないけれど そういうことらしい
 ところで私の内宇宙にも私を動かす四つの力がある 知 情 意 とそれらの根っこに繋がる力の四つだが それが宇宙にある四つの力と関係があるのかどうか知らないが私にその力をもたらした(あるいは目覚めさせた)のがアトムやサスケたちであるのは間違いない

アトムの子

 

 この話はまだ続きます 次はCOMとガロの話から水木しげるに持って行って次に横山光輝に話をつなげる予定です 話のイメージは頭の中に出来ているのですが それを整えた?言葉で文章化するのはこれからです それではまた

 

 

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