トランプ大統領が就任直前に、トヨタ自動車のメキシコ工場建設計画を批判したTwitterのつぶやきの中に、大文字で目立つ"NO WAY"という言葉がありました。

Donald J. Trump  Twitter 1月5日
Toyota Motor said will build a new plant in Baja, Mexico, to build Corolla cars for U.S. NO WAY! Build plant in U.S. or pay big border tax.
(トヨタ自動車が米国向けのカローラ生産工場をメキシコのバハに建てるって。○○○!アメリカに建てろ。そうじゃなきゃ高額の国境税を払えよ)〔山岡訳〕

さて、この"NO WAY"、あなたならどう訳しますか?
一般的には、ある事実に対する疑念や驚きを表現するときに言います。「そんなところに行き着く道筋がない」、つまり、"There is no way!"の短縮形です。日本語では「そんなはずがない」が最も直訳に近いでしょう。

例えば、"Unfortunately, my lover passed away by a traffic accident.” “No way!”(「残念なことに恋人が交通事故で亡くなりました」「○○○!」)
日本語でこの文脈なら「信じられない!」「まさか!」「うそでしょ!」といった表現に相当します。

私は今、言語における慣習化(conventionalization)という現象について研究しているのですが、日常生活の会話で人々がよく遭遇する文脈では、一定の表現が定型化して決まり文句のようになる傾向があります。

英語の"No way"は、何かに対する反発を表現する文脈で慣習化したようです。トランプのTwitterの場合、事実関係を疑っているのではなく、その事実に対する反発や批判を表現しているわけです。

日本語でこの文脈の○○○にしっくり来る表現は何でしょうか。
翌日1月6日の各新聞はこんな感じでした。

 朝日新聞 とんでもない
 東京新聞 とんでもない
 毎日新聞 あり得ない
 産経新聞 ありえない
 日経新聞 ありえない

読売新聞はどうも該当箇所を訳していなかったようです。インターネットのサイトでは「信じられない」と訳しているものもありました。

日本語の「とんでもない」も「ありえない」も慣習化した表現です。
とんでもない」は他者を批判する文脈でも用いるし、「ご迷惑をかけました」「とんでもない」のように、相手に心的負担をかけまいとする好意的な文脈でも用いますね。どちらの文脈でもかなり定着した表現と言えます。

いっぽう、「ありえない」はもともとは「川の水が逆流することなどありえない」のように、本来は不可能を表していましたが、1990年代後半から2000年前後にかけて、相手に対する批判や不満表明の文脈での使用が慣習化するようになりました。「おねえちゃんの分のケーキ、食べちゃったよ」「えーっ、ありえない!」のような感じで。

ただ、新しい用法なので、毎日や産経のような大新聞がこれをこの文脈での訳語として使用したのは少々驚きでした。年輩の方には若者ことばのようでしっくりこなかったのではないでしょうか。

まあ、英語の"No way"もあまり格調の高いことばではなく、俗語的な感覚のある表現なので、それを使ったトランプ氏の意図を汲んで、日本語でも敢えて俗語っぽい表現に訳したのかもしれません。