山中伊知郎の書評ブログ -172ページ目

派遣のリアル

派遣のリアル (宝島SUGOI文庫)/門倉 貴史
¥480
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この本を読みながら、「あ、そういえば近頃、あまり『派遣』という言葉を聞かなくなったな」とフト思った。かつての「派遣村」あたりのがピークで、それからだんだん話題に出る頻度が減って来ている。


別に、いわゆる派遣社員が急に減ったわけでもないだろうし、彼らの待遇が劇的に良くなったわけでもないだろうに。


 どうしてなんだろう? とこの本を考えつつ読んでいくと「使い捨てられる女性派遣」「ネットカフェ難民」など、けっこうお馴染の項目が次々と出てくる。 そうか、さんざテレビのニュースで報道されたような内容で、さほどビックリするような新しい情報がないのだな。

 わずか2年前の本にもかかわらず、どうも「古い」のだ。

 

 「現実と理想のギャップが大きい派遣の世界」といわれても、「あ、それ、前にテレビで見たよ」なのだ。


 この本を読むうちに、その中身よりも、流行した言葉や事柄って、マスコミが大量消費し、やがてポイ捨てされていくのかな、とそちら側が気になった。


 

文句あっか!!

文句あっか!!―オレのトンデモお笑い人生 (文春文庫PLUS)/島田 洋七
¥550
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 ようやく、私にとって今年最大のイベントである黒磯ライブが、どうにか観客700人近くを集めて、盛り上がりを見せて13日に終了。終わるまでの最後の2、3日はとても本を落ち着いて読める心境ではなかった。


 終わって、さあこれからまた本も読むか、となっても、いきなりアタマを使うメンドーな本は手を出せない。それで選んだのがこれ。


 1992年に出た本が、『がばいばあちゃん』ブームで、10年以上たって再構成されたもの。漫才ブームで頂点を極め、一度はどん底に落ちて、また復活するまでが、ごくごく軽く、あまりアタマを使わないでも読めるように書かれているのがありがたい。


突然売れて、押し入れに3億円たまってしまった話など、伝説的なエピソードもあり、仁鶴に、

「お前の話は7割が作り話で3割がウソ」

 といわれた話もあり、全体的には明るいホラとネタで彩られた洋七ペースで終始している。


 だが、スペースとしては少なめだが、頂点からの転落の様子が、私なんかは一番読んで興味深かった。


 落ち目になるということは、まず、マネージャーや付き人の数がだんだん減っていく。で、自分で荷物を持たなくてはいけなくなる。「さん」づけ。「先生」づけされていたのが呼び捨てにされる。


 タレントの子供が登場して、その子の父親が誰かを当てる番組に洋七の息子が登場した時、息子の父親が洋七だと感づいた某女性タレントが、

「あなたのお父さん、昔売れてて、いま全然売れてない人でしょ」

  と言い放ったという。息子は悔しくて、帰りしなに泣いたとか。つまり落ち目とは、そこまでヒドい目にあわされる、としいう一例だ。


 その女性タレントの無神経さにもあきれるが、ま、イニシャルで彼女が誰なのか、すぐにわかるようにもなっている。今はまったくテレビでも姿を見せず、「昔、ほんのちょっとは売れてたが、いま全然売れてない」クラスの人だ。因果応報というべきか。


 あまりのヒマさに自殺しようとして、ビートたけしの電話で翻意した話も出てくる。


 この「どん底」時代のことをもっと知りたいと思ったくらいだ。

馬の世界史

馬の世界史 (講談社現代新書)/本村 凌二
¥756
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馬を世界史の中心に据えてみると、歴史そのものの見方が大きく変わるものだな、と感じた。


 著者が繰り返し語っているように、最も馬を有効に使った、いわゆる遊牧民族はもともと文字を残さないケースが多い。それで、文字を残した定住型の民族の書いたものが資料として使われるため、後世の人は、何となく歴史の主役は常に定住民側で、遊牧民族はそのワキ役に過ぎなかった印象がある。


 しかし紀元前のスキタイ人にせよ、中国の匈奴、さらにはモンゴル人にせよ、実を言うと世界史を大きく変化させたエネルギーの中心には、その遊牧系の人たちがいたことがとても多いのだな。


 つまり騎馬が世界を変えたといっていい。


 それにだいたい遊牧と定住との境界線も、けっこう曖昧なもので、中国でも、本格的に「万里の長城」を補修、建築した明代になって、長城の中側は定住民、外側が騎馬系、といったような分類をするようになったらしい。


 もしも人類が「騎馬」ということを思いつかなかったら、たぶん歴史は千年単位で遅れていたろう、と著者は語る。確かにそうだな。こんなにスピードと持続力があって、しかも「一馬力」の力があって、人間が飼育もできる動物なんて、他に考えられないから。

 「天の恵み」だね。

ねづっちのハイブリットなぞかけ

ねづっちのハイブリッドなぞかけ/ねづっち
¥1,000
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 Wコロン・ねづっちのなぞかけシリーズ第三弾。Wコロンの所属事務所・あ・うん・関口社長にお会いした際に、直接、いただいたもの。

 なぞかけ部分と、ねづっちがお笑いに目覚め、その世界に入って活動してきた軌跡を描いた部分が交差する構成になっている。


 もちろん「なぞかけ」の方は本人の独壇場なのだが、私にとっては、その軌跡の部分が非常に参考になる。漫才協会に入るキッカケから、Wエースさんの弟子となり、師匠二人が相次いで亡くなるくだり、家族の話や仲間のエピソードなどが入り乱れて出てくる。


 私、ちょうど漫才協会のチャンス青木さんに関する本を出そうとしているため、けっこうダブる部分がたくさんあるのだな。ことに、ねづっちの師匠・Wエースさんは青木さんの兄弟子に当たり、最も親密な関係だっただけに、その人となりが詳しく書かれていたのはありがたい。

 もっと高く評価されるべきコンビだったんだな。


 Wエース・谷エースさんは、若手は演芸場だけでなく、若手ライブにも出なきゃ、といつもねづっちにアドバイスしてくれていたらしい。その谷さんの印象的な一言。

「演芸場は幅広い年齢層の前で長い持ち時間で漫才をするから、そこで『腕』を磨くことができる。若手ライブはお前らと同世代の客だから、そこで『感性』を磨くことができる」

 いい言葉だ。

逆説の日本史 近世暁光編

逆説の日本史〈12〉近世暁光編 (小学館文庫)/井沢 元彦
¥620
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この『逆説の日本史』シリーズは、けっこう愛読している。日本史の教科書に乗っているような定説をキレイにひっくり返したり、歴史の謎とされているようなことを鮮やかに説き明かしてくれたりするからだ。


 今もまだ週刊ポストで連載進行中というのもすごいやね。著者の略歴みると、「1954年生まれ。早稲田大学法学部卒」で、ここは完全に私と同じなのに、びっくりするほど差がついてしまったもんだ。ま、そんなことでグチってもしょうがない。


 この「近世暁光編」は、関ヶ原から江戸幕府が成立して、その基盤が整うまで17世紀前半が舞台。


 ただ、豊臣家が滅亡した大きな要因となった朝鮮出兵については、けっこう多くページをさいて語っている。

 著者は、歴史の専門家が出兵の理由を「秀吉の個人的狂気」、あるいは「原因不明」などと言っているのが実におかしい、と指摘している。

 要するに「失業者対策」ではないか、と。秀吉の天下統一で国内での戦争はなくなったのに、戦争を仕事にしている武士は溢れるほどいる。ならば、そのエネルギーを海外に向けるしかない、というシンプルな話ではないか、と。


 しかも、普段は「歴史は一人の英雄ではなく、民衆が作る」といっているようなマルクス系史学の専門家あたりが、こぞって「朝鮮出兵は秀吉の誇大妄想」などと言い立てるのがおかしい、と断言する。おい、歴史は「秀吉」という一人の英雄が動かせるのかよ、と。


 わかるなァ。この著者の、こういう部分の発言は非常に的確で鋭い。


 徳川御三家の1つ・水戸家は、いざ幕府と朝廷が戦う時には朝廷側につき、徳川家を存続させる使命があったのでは? なんて推理も、確かに納得できる。水戸家って、なぜか徳川一族なのに、ずっと「尊王」藩だからね。


 江戸幕府が、体制を覆す不安要素であった宗教勢力を、寺院を権力側の末端に加えてしまった「檀家制度」や本願寺の分断などによって骨抜きにしまった様子も、わかりやすく解説されている。


 こりゃシリーズ通算で何百万部も売れるわけだ。