船長の公室というのはそれなりに立派な設えになっていますが、広さはそれほど広くありませんでした。

 

 

 ここは応接室みたいなところですかね。

 

 士官の食堂というか会議室にもなる部屋は、テーブルに白いクロスが掛けられていて、高級感があります。

 

 

 今、急に思い出しましたが、30年くらい前のアメリカ勤務のときにコンテナ船の船長さんからディナーのご招待を受けたことがあって、船上の食事の美味しさに感動したことがあります。

 

 長い洋上生活では食事が大きな楽しみなので、相当レベルが高いんですよ。

 

 海軍では毎週金曜がカレーで、曜日の感覚を維持するためっていうのは有名な話ですよね。

 

 後ろの甲板には大きな舵がありました。

 

 

 海が荒れたときは四人がかりで操舵するんだそうだ、なんて言ってしまって失礼しました。

 

 舵を押さえるのに力が必要で、そのとき出す力を「舵場の馬鹿力」と呼んだりして。続けて失礼しました。

 その操舵室を前方の甲板から見るとこんな風になっています。

 

 

 国指定重要文化財だったのね。

右手奥のほうには、みなとみらいの観覧車が見えています

 

 練習生の居室は二段ベッドの部屋です。

 

 

 寝台車よりは広いですが、8人でこの部屋を共有することを考えると狭いですね。プライバシーはそれぞれのベッドの中にしかありませんね。

 

 船内の通路は狭いです。

よく映画に出てくる感じの通りです。映画ではたいてい浸水してるんですけど。

 

 見どころ満載だった三渓園を出て、バスで桜木町に向かいます。ちょうど横断歩道を渡ったら、バスが停留所に停まったので必死に走ってバスが走り出す前になんとかバスまで辿り着いて、一度は閉めたドアを開けてくれました。

 

 

 女らしく速く走るのって、練習しないと難しいですよ。服装の制約もありますが、それなりに美しいフォームを意識しました。

 

 さて、桜木町では帆船日本丸を見に行きました。

 

 

 だいぶ前に現役を退きましたが、かつては太平洋の白鳥と呼ばれた練習船です。

 

 以前、たまたま月に一度の総帆展帆の日に出くわして感激したことがありますが(→ 1495. 総帆展帆 )、この日は帆を降ろしていました。

 

 これからその日本丸に乗ってみます。

 

 

 これは操舵室。舵は動かないようにしっかりロープで縛られていました。ボランティアと思しきおじさんがいて、何も言わずに微妙な距離でわたしの動く先についてきます。

 

 邪魔だなあと思いながらも、セルフタイマーで上の写真を撮ったら、「写真撮りましょうか」だって。遅いって。

 合掌造りから池のほうに戻って来る途中に橋があって、先ほど登った三重塔がよく見えます。山の上に立っているというのがいいですね。

 

 

 橋を渡った先には東屋があって、そこからは池を臨むことができます。これだけ眺めのいい東屋というのはなかなかありません。

 

 

 橋を渡ったのでその分三重塔に近くなりました。

わたしとの位置関係のせいか、むしろこっちの方が遠くに見えます。同じ三重塔ですが、違った場所から違った景色の中で眺めることができるのがいいです。

 

 

 この絵になる三重塔は三渓園のシンボルですね。

東京下町のどこからも見える東京スカイツリーのようなもの。

 

 高いビルが建つ前の東京では富士山がそういう存在だったんですよね。富士見なんとかという地名のところからはよく見えていたのに、今では見えなくなりました。

 中には囲炉裏があって火も入っています。囲炉裏の煙が茅葺屋根に当たって燻すことで防虫、防腐効果があって、建物の寿命が延びるそうです。

 

 全体的に暗い感じがしますが、静かな落ち着いた雰囲気が素敵です。

 

 

 障子や格子を通って来る外の光が美しいです。

 

 

 奥座敷の床の間の前に座る人も美しいです。

誰も言ってくれないので、どさくさに紛れて自分で言いました。

 

 二階というか屋根裏にも上がることができますが、その階段の急なこと。彦根城の階段より急かもしれません。ほとんど垂直。左下の階段の次に右上の階段を登るんですが、写真ではわかりにくいですね。下のほうの斜めに立っているように見える柱が垂直です。上から覗き込むようにして撮ったんだけど。

 

 

 スカートでしたが、他に人もいなかったので登っちゃいました。ロングスカートだったし、下から覗き込むような人がいなければ大丈夫。

 下から見上げたときは山の上にあって、五重塔だか三重塔だかよくわかりませんでした。山道の入り口の道標に三重塔と書いてあったので、ああ、三重塔なのねと思いながら上がって来ましたが、やはり三重塔でした。当たり前だけど。

 

 

 京都にあった燈明寺のものだそうで、室町時代に建設されて、大正初期に移築されたそうです。燈明寺そのものは廃寺となってるんだとか。

 

 また、山道を降りてきたところにあったのが、鎌倉東慶寺にあった仏殿。縁切寺ですね。いわゆる駆け込み寺。

 

 

 そしてその先には白川郷にあった合掌造りの家がありました。

 

 

 唯一、この建物だけは中に入ることができます。

 この三渓園、明治から大正にかけて製糸・生糸貿易で財を成した横浜の実業家、原三渓という人が造り上げた日本庭園ですが、なんと広さが53,000坪だそうです。「三渓」が人の名前だったとは。

 

 庭園と言うには広過ぎます。

山あり谷あり。

 

 

 明治39年(1906)に一般公開された外苑と、私庭としていた内苑とがあります。

 

 そして、京都や鎌倉などから集められた歴史的建造物が17棟もあります。江戸東京たてもの園を大きくした、或いは、明治村を小さくしたような感じです。

 

 

 内苑を抜けた先に、案内看板があって山道がありました。

三重塔に続いているということなので行ってみました。

 

 

 思ったよりもすんごい山道が続いていました。

 サツキがきれいに咲いていることろ。

さあ、どこでしょう。

 

 

 ベンチに座っているわたしの背中側に見える景色はこんな感じです。実際は少し違う位置ですけどね。

 

 

 花菖蒲の向こうに池があって、その向こうの山の上に聳える三重塔。はい、ちょっと遠出しています。横浜の三渓園です。

 

 ここは初めて。

名園とは聞いていましたが、単なる日本庭園ではありませんでした。

 

 神社仏閣を含んだたくさんの建物をいろんなところから移築していて、それを見るだけでも飽きません。

 

 入ってすぐのところに大きな池があるんですが、それを取り囲む山が緑でいっぱいで、そういう中に雰囲気のある建物が佇んでいます。

 

 やっていた企画展は、「映画イラストレーター宮崎祐治の仕事」という、キネマ旬報創刊100年記念の展覧会です。

 

 記念写真OKの場所が二か所ほどありました。

 

 

 わたしの横の壁には「ダーティーハリー」の銃を構えるクリント・イーストウッドの大きなイラストが。

 

 

 そして、もう一か所は女性4人が並んでいるところ。

わたしも入れて5人の美女。

 

 

 「海街diary」ですね。

左から、一恵、夏帆、綾瀬はるか、広瀬すず、長澤まさみ。

わたしひとりだけ、顔が小さいけど。

 

 こんな感じの絵の原画がたくさんあって、当然そのシーンの映画をいちいち思い出すので、見るのに時間がかかります。

 

 この日は5月なのに異常に暑い日で、真夏のよう。

これで、夏になったらどんなになっちゃうか、心配です。

 

 日本橋の三井記念美術館です。

ここも何回もレポートしているので、いつもとは違う角度から写真を撮ってみました。こうして見ると、結構クールな建物ですね。

 

 

 やっていたのは、「円覚寺の至宝」という展示。

最近、通訳ガイドで鎌倉を案内することが多いので、気になりました。今年はもう4回も鎌倉ツアーのご案内をしました。

 

 こちらに至宝が集まっているとすると、いま円覚寺に行ったら何もないというか、お留守みたいな感じなんですかね。

 

 展示されていた彫刻、絵画、書跡、工芸品などは円覚寺だけではなく、関連の寺院からの展示も多数ありました。

 

 建長寺や青雲寺、浄智寺や瑞泉寺、寿福寺や相国寺など鎌倉時代やそれ以前の作品の数々。700年以上前のものがそのまま残っているというのは、よく考えるとすごいことですね。

 

 ここの展示を出るときに、出口のところにいた係員の女性から、とても丁寧に謝られました。「先ほどは大変失礼致しました。お子さんのご家族の方と勘違いをして、失礼なことを申し上げました。」

 

 というのは、この係員の方はわたしが入るときは入口を担当していて、ちょうどわたしが入るときに、小さい男の子が周りをチョロチョロしていて中に入りそうになったのを止めたんですね。

 

 多分母親がトイレにでも行っているのか、入り口脇のベンチに父親が座っていて、その周りを子供がチョロチョロしていた状態。

 

 タイミング的にわたしがその子の母親と勘違いされたらしく、「中では皆さん静かに鑑賞されていますので、お話は小さな声でお願いします。」みたいなことを言われたんですが、あまり気にせずそのまま、はぁ、と入ったというわけ。

 

 この係員の方、多分わたしのあとに子供と一緒に別の女性が入ったのを見て、あ、さっきの素敵な女性に失礼なことを言っちゃったと、ずっと気にしてくれてたんでしょうね。

 

 わたしとしては、母親と勘違いされたんなら、むしろ嬉しいです。でも、祖母と勘違いされてたら最悪だわ。あ、もっと最悪があった。女装している祖父と勘違いされていないことを祈ります。

 

 そのあと、メトロリンクで京橋まで出て、国立映画アーカイブに行きました。

 

 

 まずは常設展から。

今回は、世界の映画監督たちがベストフィルムに挙げることが多い「東京物語」の小津安二郎監督の展示のところ。

 

 そして、初代ゴジラのポスターと。

 

 

 ゴジラの隣にあるのは日本初のカラーフィルム、木下恵介監督の「カルメン故郷に帰る」のポスターです。高峰秀子主演。