きょうの山北

社員がお送りする山北調査設計(株)公式ブログ。ニュースから日々の出来事まで。

山北調査設計株式会社


【本社】〒963-0204 福島県郡山市土瓜1丁目209
TEL:024-951-7293 / FAX:024-951-7273

【喜多方営業所】〒969-3133 耶麻郡猪苗代町大字千代田字千代田2-7-106
TEL:0242-62-3437 / FAX:0242-62-3471

【県南営業所】〒963-6123 東白川郡棚倉町大字関口字愛宕平56-2
TEL:0247-57-5293 / FAX:0247-57-5294

【南会津営業所】〒967-0004 南会津郡南会津町田島字中町甲3901-1-2-A号
TEL:0241-64-5395

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皆様こんにちは! 山北調査設計です爆  笑


今週末の予定はもうお決まりですか?
10月6~8日の3日間、『こおりやま産業博』が開催されます。郡山の商業・工業・農業・観光・福祉が集まる大イベントに、当社も出展することとなりました!

 

気になる出展内容は…無人航空機(UAV)機体展示と災害活用事例パネル展示、3D映像バーチャル体験、3Dフルカラー模型展示を予定しております。

 

当社のブースは『未来エリア No.6』です。
総合受付前の出入口から入場していただきますと、ちょうど正面が未来タウンのエリアです。そのまままっすぐ進んでいただければ、向かって右手側に当社のブースがございます。

 

皆様のお越しをお待ちしております!おねがい

 

*-*-*-*-*-*-*

 

こおりやま産業博- KORIYAMA EXPO 2017 -

 

<企業内覧会>
平成29年10月6日(金) 13:00~16:00


<一般公開>
平成29年10月7日(土)・8日(日) 10:00~16:00

 

会場:ビッグパレットふくしま
入場料:無料

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皆様こんにちは、山女です。

暑さも少しずつ落ち着き、朝晩は冷え込む事も多くなってきましたね。ちょっと前までは夜中でも扇風機がなければ寝られないほどだったのに、今では毛布にくるまる時もしばしば…。寒暖差に体調を崩しやすい時期ですので、皆様体調には十分お気を付けてお過ごしくださいねあせる

 

さて、明日9月9日は「救急の日」だそうです。救急車

 

 救急の日は、「9(きゅう)9(きゅう)」の語呂合わせから、救急医療関係者の意識を高めるとともに、救急医療や救急業務に対する国民の正しい理解と認識を深めることを目的として、昭和57年(1982年)に厚生労働省によって定められました。
(以下引用は 「なるほど統計学園」  9月9日  救急の日 より)

 

ゴロ合わせで何とも覚えやすいですね(・∀・)

ちなみに以下は、平成27年度の傷病別に救急車が出動した件数のグラフです。

 

傷病程度別搬送人員の状況(平成27年中) 出典:平成28年版 消防白書(総務省消防庁)

 

(注)死亡とは、初診時において死亡が確認されたものをいう。
重症とは、傷病程度が3週間の入院加療を必要とするもの以上をいう。
中等症とは、傷病程度が重傷又は軽傷以外のものをいう。
軽傷とは、傷病程度が入院加療を必要としないものをいう。
その他とは、医師の診断がないもの等をいう。

 平成28年版消防白書(総務省消防庁)によると、平成27年の救急自動車の出動件数は、前年(598万4,921件)に比べ6万9,894件増加し、605万4,815件となりました。これは、全国で1日平均1万6,589件、約5.2秒に1回の割合で救急隊が出動したことになります。
 また、救急自動車により搬送された人は、平成27年は547万8,370人で、このうち、死亡、重症、中等症の傷病者(負傷したり病気にかかったりした人)の割合は全体の50.4%です。一方、軽症の傷病者及びその他(医師の診断がないもの等)の割合は、49.6%となっています。(図参照)

 

出動件数は1年で約605万件ですか…1日当たりで計算すると、なんと約16,600件です。そのまま割っていくと、1分あたり約12件という数字が出てきます。この文章を打ち込んでいる間にも、日本のどこかで119番通報が行われ、かつ救急車が出動していることに。

目玉が飛び出そうです…( ゚-゚) ( ゚ロ゚) (( ロ゚)゚ ((( ロ)~゚ ゚

なお、20年前の平成7年度の出動件数は3,280,046件、おおよそで半分程度でした。年齢区分別の搬送人員数と構成比の5 年ごとの推移グラフを見ると、明らかに高齢者の割合が増えています。20年前に比べて高齢者(65歳以上)の人口割合が増えているので、これらの背景も原因の一つなのでしょうね。

 

現在よく問題として取り上げられているのが、安易に救急車を呼んでしまうこと。病院に掛かるほどでもない軽症だったり、なかにはタクシー代わりに使おうとする非常識極まりない人もいます。

救急車を呼ぶべきかどうか迷った時には、お住まいの市町村の救急相談窓口へ電話して相談しましょう。お子さんには全国共通ダイヤルがありますよ。実はワタクシも夜間に我が子の急病でお世話になり、アドバイスをいただいたことで対応できたことがあります。この時は乳児によくある症状だということで軽く済んだのですが、とても助かりました。

また、総務省消防庁が提供している全国版救急受診アプリを活用するのも手ですよ! アプリがなくてもブラウザで見られますので、一度試しにご覧になってはいかがでしょうか。

救急搬送が必要な方へ、確実に救急車が到着しますように!ウインク

 

 

 

……あ、ちなみに本日は「ニューヨークの日」だそうですよ。

あなたもスタンプをGETしよう

「ニューヨークに、行きたいかぁぁぁ!!!」が浮かぶ、山女がお送りいたしました!

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皆様こんにちは、山女です。

社員旅行レポートは次回以降にお届けする予定…です(´・ω・`)

 

さぁ、タイトル通りです!

今年もやってきました、夏の高校野球が・・・!!!野球

ちなみに正式には「第99回全国高等学校野球選手権大会」ですね。99回目とは…歴史が長いとよく分かる数字ですね。来年は100回の記念大会ですか。

今日の午前中、残っていた最後の決勝戦が行われ、49校が出揃いました。

 

福島県の代表は、聖光学院に決定しました!!

11年連続14回目の出場、おめでとうございますキラキラ* 

県大会の決勝戦もテレビで見ておりましたが、いわき光洋は初めての決勝進出だったそうで。本当に惜しかったですね…! 最後までどちらが代表になるかドキドキしながら見ました。やはり聖光学院は強いですね。戦後の連続出場記録も更新しました。

(ちなみに最多連続出場記録は、戦前の旧制和歌山中の14回です)

 

そして、今年こそ優勝旗を東北に持ってきてもらいたいですね!

いまだ越えられない「白河の関」…(ノ_-。) 先に空を飛んで北海道に行きましたが、そろそろ陸路で来てくれないかなぁと。

期待を込めて、東北6県の代表校をご紹介します!

 

・青森県代表 … 青森山田(8年ぶり11回目)

・岩手県代表 … 盛岡大付属(2年連続10回目)

・宮城県代表 … 仙台育英(2年ぶり26回目)

・秋田県代表 … 明桜(8年ぶり9回目)

・山形県代表 … 日大山形(4年ぶり17回目)

・福島県代表 … 聖光学院(11年連続14回目)

 

せっかくなのでカラフルにしてみましたけど、これ非常に読みにくいですね…(´・ω・`)

 

今年は8月7日(月)からスタートです!ウインク

皆で東北の高校球児を応援しましょうっ!!!爆  笑照れ爆  笑

 

いやもちろん、ご自分が応援したい高校を一番に応援してくださいね(^_^;)

 

以上、山女<やまめ>がお送りいたしました!

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はいさい!やしの木照れ 三線ハイビスカス

 

皆様こんにちは、山女です。

6月中は更新できずにすみません;; 社内で業務成果発表会がありまして、ワタクシも発表者の一人になり、資料作りに追われておりました。無事に終わったので良かった …! こちらの様子も後でお届けしたいです。

 

ということで、今回からは再びテンションを上げてお届けしたいと思います! いまだに2日目の話なので、さくっとスピードアップしますねガーン

 

2日目スタート。朝から良い天気でした。こちらは那覇空港の近辺を移動中の一枚。ここは橋の上だったかな…?(とりあえず移動中でもシャッターを切りまくっていたので覚えていない山女) どんどん飛んでくる飛行機と、ランナー。

 

まず最初に行ったのは、琉球ガラス村です! ここには琉球ガラスの工房があり、間近で見学することが できます。もちろんお土産として買うこともできますよ!(*^o^*) 沖縄赤瓦の建物を前に、門の上にはシーサーが。さらに道の両脇にもシーサーがいて、見学者を出迎えてくれます。

 

バラバラに撮った写真ですが、繋げるとこのような感じです。

中央に溶解炉があり、その周囲で職人さんが作業をしています。炉の温度は、なんと1300度だそうです…!!∑(゚Д゚) 写真だと分かりにくいかもしれませんが、暑さ対策のため、いたるところに扇風機が設置されています。

 

「ソーダ石灰ガラス」である琉球ガラスは、「珪砂(けいしゃ)」と呼ばれる砂を主原料に、「ソーダ灰」や「石灰」などを調合して作られています。さらに、製造工程でできるガラス・カレット(ガラスの断片)も、大切な原料の一つとして、調合した原料と混ぜ合わせて再生利用しています。
熔解窯の坩堝(るつぼ)の中に投入された原料は、1,400℃の高熱で一晩かけて完全に熔解され、ガラスの素地となります。この後、素地を必要なかたちに成型するとガラス製品になります。

http://www.ryukyu- glass.co.jp/about/glass/materials より引用)

 

 

見学通路のすぐ近くに作業用スペースがあるため、職人さん達の技を目の前で見ることができます。

 

 

工房の隣にはガラスショップがあり、琉球ガラスを購入できます。

琉球ガラスで作られたステンドグラス(写真左)。これは本当に奇麗でした…! 全体を収めたかったのですが入らなくて残念です。

右の写真は、琉球ガラスの原料の一つ、ガラス・カレットです。

 

 

琉球ガラスについての展示スペースもありますよ。左の写真は非売品の「鯉花瓶」という作品で、明治44年ごろに作られたそうです。色がとても奇麗ですよね~。

 

その後、戦跡巡り(前回の「その3」をご覧下さい)を経て、次の目的地はおきなわワールドです。ここでは沖縄伝統の踊り「エイサー」のショーを見た後、昼食となりました 。

 

エイサーショーは撮影が禁止だったため、残念ながら開演前の写真のみで、開演中のものはございません。迫力があってとても面白かったので、ぜひ一度現地でご覧下さ い!

 

かつての琉球王国の町並みが再現されています。琉球ガラス・藍染・紅型(びんがた)・機織り・紙すきなどの工房があり、一部は体験することもできますよ。熱帯フルーツ 園や酒造所もあります。盛り沢山です(°∀°)b

 

他の社員が玉泉洞(鍾乳洞)を冒険している間、ワタクシは一人茶屋に行っ て「ブクブクー茶」を堪能してきましたてへぺろ  タンナファクルーというお茶菓子が付いていましたよ。昔ながらの民家で一息…暑かったので気持ち良かったです。

 

大きな茶せんでブクブクと泡をたてて飲むことから、この名がついたと言われています。 ソフトクリームの ように盛り上がった真っ白い泡を飲む沖縄独特のお茶で、昔、船出やお祝いの時に親しい人同士、談話の中で飲まれていました。誰でも気軽に飲める心の触れ合いを大切にし ており、立て方や飲み方の作法や流儀はありません。http://www.gyokusendo.co.jp/okinawaworld/handcrafts/downtown/buku2/ より引用)

 

ハイビスカスの花と、シーサーと、赤瓦の建物。沖縄の代表的イメージですね。

 

最後にやってきたのは、ここに行かずしてどこへ行くか!…かもしれない(ワタクシだけでしょうか)、首里城公園です。そして有名な守礼門!!

駐車場から歩いてすぐの場所にあったので、ちょっと拍子抜けしました。いや、もっと遠くにあるんだと思っていたので、まさかこんなにすぐ対面するとは思わないじゃないで すか…。

この前で集合写真を撮りました。

 

首里城正殿。これが正面なのですが、なんとちょうど漆の塗り直し作業が行われていました。なんてタイミングが悪いんでしょう(苦笑) 足場とシートはありますが、それでも優美さを感じますね。

 

首里城は沖縄の歴史・文化を象徴する城であり、首里城の歴史は琉球王国の歴史そのものである。 首里城は内郭(内側城郭)と外郭(外側城郭)に大きく分けられ、内郭は15世紀初期に、外郭は16世紀中期に完成している。正殿をはじめとする城内の各施設は東西の軸線に沿って配置されており、西を正面としている。西を正面とする点は首里城の持つ特徴の一つである。中国や日本との長い交流の歴史があったため、首里城は随所に中国や日本の建築文化の影響を受けている。正殿や南殿、北殿はその代表的な例である。

http://oki-park.jp/shurijo/about/ より引用)

 

正殿の中にある玉座は必見です!! 絢爛豪華な装飾が凄く奇麗ですよ。ここに王様が座っていた訳なのですが…実際に座ったら落ち着かないような…σ(^_^;)

(基本的に写真撮影は禁止なのですが、玉座のある一部エリアは可能です)

 

首里城公園の後は宿泊先に戻り、夕食まで自由となりました。前日は短い時間でも飛び出して行ったワタクシでしたが、部屋で休憩を選びました。とにかくこの日は暑くて暑くて、本当に暑くてですね…滝汗

あせる 自由時間が1時間ほどしかなかったこともありますが、バテて動けませんでした。侮るなかれ、沖縄の日差し…!!!ゲッソリ

 

2日目の夕食は、沖縄料理と島唄ライブが楽しめる「かなぐすく」さんにて。

ゴーヤチャンプルーに海ぶどう、もずく酢、ラフテーなどなど、美味しい料理と共に生演奏を聴くことができます。この日のステージは、島みずきさん。ブログにこの日の記事がありましたが、大変盛り上がりましたよ!ウインク音譜

 

 

夕食後は自由解散となり、国際通りをのんびり歩きながらホテルへ戻りました。

途中、お土産のお菓子で有名な御菓子御殿さんに寄りましたが、外観にびっくり…! ここは国際通り松 尾店で、琉球王朝をイメージした作りになっているそうです。大きなシーサーもいましたよ。

 

これでやっと2日目分が終了しました…長かったチーン 書きたいことが沢山あって、ついつい長文に…これでも削っているんですよ…! 行った場所の都合上、3日目と最終日は同じ記事になるかもしれません。後もう 少しだけお付き合いいただければ幸いです。

 

以上、山女<やまめ>がお送りいたしました!

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はいさい!やしの木照れ 三線ハイビスカス

 

皆様こんにちは、山女です。

ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたでしょうか? 山北調査設計は3日~7日とお休みをいただきましたが、中にはずっとお仕事だった方もいらっしゃるのではないでしょうか。行楽地等にお勤めの方は大変お忙しかっただろうと察します…(;´▽`A``

ちなみにワタクシは子供が体調不良でダウンしたため、半引きこもり状態でした。このところは気温が上がったり下がったりしていますし、皆様も体調管理には十分お気をつけくださいませ。

 

さて、今回は「その3」となるのですが…前回までとは変わりまして、できるだけシンプルに書きたいと思います。

沖縄を訪問するにあたって避けてはいけない話がございます。皆様お分かりの通り、戦争です。沖縄は太平洋戦争で激戦地となった場所ですね。この戦争に関係する地を訪問してきたため、追悼の意を表しつつ、お伝えしていきます。

あまりワタクシ個人の意見を書くのも…と思い、基本的に説明文のみとさせていただきました。文字数が多くなってしまいますがご了承下さい。

 

先に訪れたのは、ひめゆり学徒隊を祀っている「ひめゆりの塔」です。光の関係で少し分かりづらいですが、右側手前にあるのが慰霊塔(=ひめゆりの塔)、奥にあるのが慰霊碑(納骨堂)です。

 

ひめゆり学徒隊(ひめゆりがくとたい)とは、1944年12月に沖縄県で日本軍が中心となって行った看護訓練によって作られた女子学徒隊のうち、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の教師・生徒で構成されたものの名前。通称としてひめゆり部隊やひめゆり隊と呼ばれることもある。

米軍の沖縄上陸を目前に控えた1945年3月23日、両校の女子生徒222人と引率教師18名の合計240名からなる学徒隊は、沖縄陸軍病院(通称・南風原陸軍病院)に看護要員として動員された(ただし、強制ではなく志願)。

(wikipedia「ひめゆり学徒隊」より引用)

 

慰霊碑の前には、伊原第三外科壕が。

 

戦局が絶望的になると、6月18日、学徒隊は解散を命じられる(看護婦採用試験合格者を除く)。しかし、既に沖縄のほぼ全域をアメリカ軍が支配しており、また周辺も既に激しい砲撃にさらされていたため、地下壕から出ることはほとんど死を意味した。
最も被害を受けたのは第三外科壕の学徒隊である。第三外科壕は19日朝、黄燐手榴弾などの攻撃を受け、壕にいた96名(うち教師5名・生徒46名)のうち、87名が死亡した。さらに壕の生存者8名のうち教師1名と生徒2名は壕脱出後に銃撃され死亡したとみられる。従って、第三外科壕にいた人々のうち沖縄戦終結まで生き残ったのはわずかに5名(ひめゆり学徒隊の生徒が4名、軍医が1名)のみである。
第一外科壕、第二外科壕は、アメリカ軍の攻撃を事前に察知し、19日未明までに地下壕から脱出した(そのうちの一部は第三へ避難)。しかしこれらの学徒隊もその後の激しい戦闘で多くが死亡した。職員を含むひめゆり学徒隊240名中、死亡者は生徒123名、職員13名であるが、このうち解散命令以後に死亡したのは117名で全体の86%にものぼり、さらに判明しているだけでも全体の35%にあたる47名が第三外科壕に攻撃があった6月19日に亡くなっている。

(wikipedia「ひめゆりの塔」より引用。なお、個人名は削除しております)

 

 

敷地内には、こんなに大きな木がありました。ガジュマルといいます。

「幹から多数の気根を出し、幹径2m以上の巨木にもなる。ガジュマルの古木には精霊キジムナーが棲むといわれている」と説明がありました。(左の写真の白い四角部分)

なお、ここにはひめゆり平和祈念資料館がありますが、時間の都合上、残念ながら見学することはできませんでした。

 

次に訪れたのが、沖縄平和祈念公園です。一帯は糸満市摩文仁(まぶに)地区にあることから「摩文仁の丘」とも呼ばれています。バスで移動しながら撮影したので見難いのですが、手前はエントランス広場~式典広場、奥に見えるのが「平和の丘」です。

 

平和祈念公園は本島南部の「沖縄戦終焉の地」糸満市摩文仁の丘陵を南に望み、南東側に険しく美しい海岸線を眺望できる台地にあります。
公園内には沖縄戦の写真や遺品などを展示した平和祈念資料館、沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ「平和の礎」、戦没者の鎮魂と永遠の平和を祈る「平和祈念像」、そして摩文仁の丘の上には国立沖縄戦没者墓苑や府県、団体の慰霊塔が50基建立されています。国内外の観光客をはじめ、慰霊団、修学旅行生等が多く訪れる聖地であり、観光の要所ともなっております。

沖縄平和祈念公園ホームページより引用

 

平和の礎(いしじ)。軍人、民間人、また国籍を問わず、沖縄戦で亡くなられた全ての方々のお名前が、波をイメージした碑に刻まれています。

 

沖縄の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」を広く内外にのべ伝え、世界の恒久平和を願い、国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎」を、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して1995年6月23日に建設する。

沖縄平和祈念公園ホームページより引用

 

このように、刻銘碑がずらりと並んでいるのですが…その数の多さに圧倒されます。白い部分は全てお名前です。(念の為ぼかしで加工させていただきました)

 

公園内には、国立沖縄戦没者墓苑、各都道府県や各種団体によって建立された慰霊塔・慰霊碑が多数あります。国立沖縄戦没者墓苑は、参拝所の再建工事期間にあったため写真はございませんが、一同で合掌いたしました。

その後、当社は福島県の企業でありますので、福島県建立の慰霊塔へ向かいました。

 

こちらが「ふくしまの塔」です。福島県のほぼ中央にそびえ立つ磐梯山をモチーフとしているそうです。福島県出身者66,304名を祀っています。同郷の方々の安らかな眠りを願いながら、合掌いたしました。

 

代表して、社長の林が献花をさせていただきました。

 

霊域を進んでいくと、階段を経て丘の上(展望台)に着き、そこに「黎明之塔」があります。沖縄戦司令官・牛島満中将と参謀長・長勇中将を祀っており、二人が自決した司令部壕の上に建っています。司令官の自決により、日本軍の組織的抵抗が終結したのが6月23日のため、この日が沖縄県で「慰霊の日」となっています。

こちらでも献花と合掌をいたしました。

 

青い空と、青い海。

ここが約70年前、沖縄戦最大の激戦地であり、終焉地でありました。

 

展望台の奥から、喜屋武(きやん)岬が見えました。(写真上部)

沖縄本島最南端の岬…と誤解されがちで、実際には荒崎が最南端なのだそうです。写真下部に写っているのが荒崎…かな…。すみません、自信がありません。

 

なお、隣接して沖縄県平和祈念資料館沖縄平和祈念堂がありますが、こちらも時間の都合で見学することは叶わず…。もしまた沖縄に来る機会があれば、その時は足を運びたいです。

今回の45周年記念旅行では、主にこの2ヶ所を訪問いたしました。この他にもたくさんの慰霊碑、慰霊塔、戦跡があります。戦争で亡くなった方々のご冥福を改めてお祈りしたいとともに、二度と悲惨な戦争を繰り返ぬよう、考えていきたいものです。

 

以上、山女<やまめ>がお送りいたしました。次回からは、また明るい雰囲気で旅行の様子をお届けしますので、どうぞよろしくお願いします!

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