東北芸術工科大学、最終講義の概要(2019年2月10日) | イージー・ゴーイング 山川健一
2019-02-11 02:25:51

東北芸術工科大学、最終講義の概要(2019年2月10日)

テーマ:イージー・ゴーイング
「私」を物語化するということ
 山川健一

 
今日は何かについてではなく、ぼく自身についてお話しします。
 
卒業生の懐かしい顔も並んでるね。来てくれてありがとう。皆さんに感謝しています。みんなに愛された8年間でした。
 
最初に驚いたのは、講義を聞いて何人もの女子学生が泣いていたことだよ。マジかよと思った。ヘンリー・ミラーとジューンの話をしたときのことだったと思う。こんなに純真な学生たちの前で講義しなければならないのか、ちゃんとやらないとなと肝に銘じた。
 
今日もそうだけれど、君たちは表情が豊かだよね。笑顔がとても良い。講義している僕の言葉が君達の胸の奥へ染み通っていく感じがよくわかる。芸術平和学でDJ風の講義をしたら、ロックスターみたいだと言ってくれたの男子学生もいたけどね(笑。
 
研究室にはいつも10人から20人もの学生がいて、地下鉄かよって感じ(笑。椅子が足りなくて床に座ってたもんね。あまりに増え過ぎたので1年生から4年生まで曜日を決めることにした。
 
ゼミに入る資格のない2年生が、プレゼミというものをやってくれと言ってきて、定期的に集まっていた。他学科の学生達も集まってきていました。
 
雑談していて、でも僕が文学の話を始めると、皆が話を中断してメモ帳やノートをスッと取り出した。ぼくに講評してもらうために原稿を手渡すその指が小刻みに震えている女子学生もいた。あの研究室で、何人もの学生が泣いた。
 
それだけ君たちが小説を書くことに関して、真剣だったと言うことだよ。可能な限り僕はそれに応えようとした。そういう日々だったね。
 
研究室で話すのは、もちろん文学の事だけではない。恋愛相談を一番たくさん受けた教員ランキングというものがあれば、ぼくは間違いなくベスト3には入るね。
 
大学教授の研究室に、普通学生が恋愛相談に行くかね、とは思ったけど、男子には「アンドレ・ジッドの『狭き門』を読みなさい。愛していると言いながらなぜ 彼女が去ったのかよくわかるよ」とアドバイスし、女子学生には「ヘルマン・ヘッセの『知と愛』を読みなさい。知を断念して愛欲と放浪の生活を送る男子の気持ちがわかるよ」と言って文庫本をプレゼントすることにしてた。
 
ご存知のように僕はいい加減な男で、およそ優れた大学教授とは言い難かった。小説と言う玩具で君達と一緒に本気で遊ぶガキ大将みたいなものだったよね。
 
関係の絶対性、覚えてるよな?
むしろ君達のお陰です。
8年間、ぼくが学生に愛されるヤマケンでいられたのは、君達のおかげだよ。
 
しかし僕は本当は、君達が知っている山川先生ではない。
 
なぜか?
 
それは、ぼくが小説家だからです。
 
胸の中に黒曜石の結晶みたいなものがある。そいつは外側からは見えないけれども、鉱物と同じような確かさでそこにある。
 
一つ小説を書くことは、一つ罪を犯すことだとぼくは思っています。真剣に小説を書くと、大切な誰かを傷つけることになる。しかしそんなことでひるむわけにはいかない。この作品を仕上げることで文学シーンを一歩前に進めるのだ、と自分に言いきかせてきた。
 
芭蕉の「野ざらし紀行」の講義をしたのを覚えてますか? 富士川の川辺で出会った3歳の子供を芭蕉は見殺しにした。
 
「富士川のほとりを行に、三つ計なる捨子の、哀気に泣有。この川の早瀬にかけて、うき世の波をしのぐにたへず、露計の命待間と捨て置けむ。」(野ざらし紀行)。
 
この非情さこそが、俳諧芸術の創造を可能にしたわけだよね。芭蕉はひどい男だと僕は今でも思うが、僕らが小説を書く時にも事情は同じなんだよね。ビビってはいけない。前に進むことだけが大切なのです。
 
僕は美しい湖で泳ぐ白鳥たちの中の一羽の黒鳥であり、豊かな草原に群れる白い羊たちの中の黒い羊だった。
 
高校生の頃、僕の胸の中には空っぽのプールがあった。とても強い衝動、欲望の存在があったからだよね。その衝動とは、海面から空までのめくるめく距離を一挙に浮上したい、と言うようなものです。当時の日記に、僕はこう書いた。
 
「もっとも深く夢見たものが、最も深く罰せられるのだ。それが芸術の掟だった」
 
目の前に花があったら、それを一輪挿しに飾って鑑賞するのではなく、握り潰したいと強く思った。なぜそんな衝動に駆られるのか、自分でも理解不能だった。そんな自分の中の空っぽのプールを豊かな水で一気に満たしてくれたのが、ロックでした。そしてランボーでありバタイユであり、小林秀雄であり中原中也だっ た。
 
ドストエフスキーを読んだときには、これでもう俺には恐れるものは何もないのだと思えた。
 
あなたにも、そういうことはありませんか?
そう感じる時間、あなたは小説家なのです。
 
教員仲間の野上勇人に「山川さんはナラトロジーを講義しているけれども、そんなものを前提に小説を書いたことがあるのか?」と聞かれたことがあります。彼は 20歳も年下のくせに、僕に対する遠慮と言うものが一切ないんだよね。まぁ、それは学生の君達にしても同じだが(笑。
 
ウラジミール・プロップやジョセフ・キャンベル位は読んだ事はあったが、僕が物語論について学ぶようになったのは大学の教員をやることを決めた後のことです。したがって、物語論に沿って書いた小説は「人生の約束」とか、それ以降の数本でしかない。
 
しかし物語論を調べていけばいくほど、これはまさに俺自身のことについて構築されたロジックみたいだなと思った。冒頭に欠落があり、後半に隠された父の発見がある。それはあたかも僕の人生そのものでした。いわば、僕の肉体を流れる血液のようにナラトロジーはあった
 
ナラトロジーに沿って書いたことなどないよ。しかし、ナラトロジーはむしろぼくの小説家としての肉体を血液のように流れている。
 
野上、あの時に何と答えたのか覚えていないが、これが正確な回答だよ。
 
今日からぼくは小説家に戻ります。
 
小説家は常に3つのことを考えている。教えようか?
1つ目はどの本を文庫にしようか、と言うことです。文庫の良いところは、働かないで印税が入ると言うことだね。作家の経済生活上、これはとても重要な問題なんだよね(笑。
 
2つ目は、次のエッセイ集のテーマは何にしようかと言うことです。小説は500枚書いても、全く使えないことがある。しかしエッセイは小説よりはるかにシュアだからね。
 
そして3つ目が、長編小説の事だ。
 
今年の夏、楽天の三木谷浩史社長の評伝「問題児」を幻冬舎で文庫にしてもらいます。エッセイは「般若心経ロック版」というのを書くつもりです。
 
そして長編小説は「黒い翼と少年ジョバンニ」という600枚の書き下ろしを書くことにした。クライムノベルです。
 
以 前書いた「安息の地」は両親が息子を殺害すると言う事件を取材して書いた。「黒い翼」は、息子が両親を殺害した罪に問われ死刑判決を受け、今も死刑に怯え ながら拘置所にいる──という事件を素材に書くつもりなんだよね。実はこの事件の主人公は、僕の高校時代の友人なんだよ。僕が彼であってもおかしくはな かった、なのに自分はこうして学生たちと楽しくやっていて、彼はいつ死刑が執行されるかと怯えながら1人で眠らなければいけない。そういう負い目が、ずっ と僕にはあったのかもしれない。
 
なぜ大変な思いをして、長編小説何か書くのか。それは書きたいという欲望を、抑えることが出来ないからです。
 
しかしともすると、文学と言う想像もできない深い淵に飲み込まれてしまうかもしれない。そんな時は、君たちが僕を引きずり上げて欲しい。今の気楽なヤマケンの場所にまで、引っ張り上げてね(笑。頼むよ!
 
もう既に僕が「私」物語化計画という、作家養成を目的にしたオンラインサロンをスタートしたのを知っている人も多いだろう。Facebookを使ったインタラクティブな「自分探しの旅」と「小説家養成」のための場所です。
 
小説って、実は1人では書けないんだよねね。あの孤独な作業に最後まで1人で挑むなんて無謀すぎる。文学の話ができる「場」が必要で、それが物語化計画です。
 
小説を書きながら、これからは物語化計画に打ち込むつもりです。ライフワークだと思っている。文芸学科の卒業生がもう何人も参加してくれています。皆さん も、ぜひとも参加してください。山形のメンバーが20人を超えたら、僕がここにきてスクーリングもできるからさ。その時に20歳を超えた人は、いよいよ念 願のお酒を一緒に飲めるよ。
 
小さな物語の集積が「私」を作るんだよね。小説と言うものの工学的な側面と、芸術的な側面の両方を理解することで、「私」と言う物語の構造がクリアにわかるようになる。
 
もともと物語は人を癒す力を持っているけれども、ロジックを学べば、それが何よりも有効なセルフヒーリングになる。小説とはその結果生まれるものなんだと僕は思います。
 
最後に「カラマーゾフの兄弟」の話をしよう。
 
あの長い小説にはエピローグがあり、その最後は、亡くなった子供をその友達や、アリョーシャというカラマーゾフ三兄弟の末っ子が埋葬するシーンです。
 
亡くなったイリューシャというその子供の思い出の場所である大きな石のもとに子供達を集めて、アリョーシャはこういう意味のことを言います。
 
「ぼくらは悪い人間になってはいけない。あの子のことを、ぼくらお互いのことを、ずっと覚えていましょう。そうすればぼくらは善良であり、正直でありつづけることができます」と。
 
アリョーシャの言葉を聞いている子供達の目に、涙が溢れてくる。彼はこう続ける。
 
「何か良いことや正しいことをすれば、人生は本当に素晴らしいのです」
 
今日は僕の最終講義にこんなにもたくさんの皆さんが足を運んでくれて、感謝しています。これが今生の別れでは無いのだから、泣くなよ。また会えるから。
 
アリョーシャの言葉を、これからの人生のポイントで思い出してみてほしい。
 
僕らはお互いのことを、ずっと覚えていよう。東北芸術工科大学で共に学んだ日々のことを、忘れないでいよう。そうすれば僕らは善良であり、正直でありつづけることができる。
 
そして正しいことをしよう。そうすれば、人生は本当に素晴らしい。僕は今65歳で、人生とは本当にすばらしいと心から思っている。
 
もう一度、長い間、どうもありがとう。
これで最終講義を終わります。

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