No.12-1
インターフォンを押したけれど応答はなかった。
留守なのかもしれない。ちゃんと電話で所在を確認するべきだったのかもしれない。
さっき、エントランスの扉を開けるときに使った鍵を見つめる。
どうしよう。勝手に中に入っちゃっても、いいのかな。本当に。
何度も電話をくれたのに、出なくて。かけ直すこともしなくて。なのにいきなり家に押しかけるなんて。佐藤君、絶対びっくりするよね。もしも、あとから帰宅してきた佐藤君に、平澤なんでいんの? なんて聞かれたら。びっくりって感じならともかく。責めるように訊かれたら。わたしきっと耐えられない。
あ。
インターフォンからの返事はなかったけれど。鍵の回る音がした。心臓が、跳ねる。
顔を上げ、佐藤君、と言おうと唇を開きかけて、固まった。
背の高い男の人と目が合った。佐藤君とは違う男の人。
一旦閉じた扉が再び開かれる。今度は。チェーンはかかっていなかった。
佐藤君のお父さんは、数秒こちらを見つめたあと、にまーっと笑った。親しみの込められた感じに、にまーっと。
「あの……」
もしかして、佐藤君、留守なの?
佐藤君のお父さんは、にまーっとした笑顔のまま、何も言わずに手のひらを玄関の外側から内側に動かして招き入れる仕草をした。沓脱に、見慣れた佐藤君の靴がある。はたして佐藤君はいるのかいないのか。
廊下の向こう側のリビングに、人のいる気配があった。
玄関に入ることすら躊躇していると、
「入れば? 明良に会いに来たんでしょ?」
優しい声で訊かれて、わたしは素直にうなずいた。
そうだ。ちゃんと言いたいこと、謝りたいことがあって、だから来たのだ。
靴を脱ぎ、どうぞと出されたスリッパを履く。佐藤君のお父さんの後ろにつづきながら、佐藤君の家の匂いがする、と思った。そう思ったら、途端に胸が苦しくなった。
「明良」
佐藤君のお父さんがリビングの扉を開き声をかけると、
「誰だった?」
佐藤君の声がした。
久しぶりに耳にする佐藤君の声。嬉しい。嬉しいけれど。居たたまれない気持ちのほうが大きい。