2019年2月号の「クルマの達人」 | くるまの達人

くるまの達人

とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

facebookを眺めていると、私の周りで
はこの数日、日本でも東京オートサロ
ンでお披露目された新しい「スープラ」
のデザインについていろいろな感想が
飛び交っている。

まったく好きなデザインではないが、
トヨタらしくないことをやり切ったこ
とについては、なにか吹っ切れること
があったのかと感心するところもある。

そもそもトヨタは、外しの美学のよう
なデザインをやらない。過去を振り返
っても、TE27レビンとかセリカG
T−FOURくらいしか思いつかない。

今回は、同じクルマの完成の美学版を
BMWがZ4で、スープラは外しの美
学版を請け負ったということだと思う
が、かつてのニッサンやミツビシのよ
うに特別仕様の定石デザインとして残
るのか、それともやはりトヨタ流でな
いという答えにつながるのか。しばら
くは外野席からでも楽しめそうだ。


いずれにしても、何を創るのかという
明確なイメージがないともの作りは始
まらない。機能やカタチだけでなく、
誰がいくらで買うのかといった経済設
計も含めた綿密な仕上がりをまず想定
して、そのイメージをどんどん絞り込
み研ぎ澄ましてゆくことの先に初めて
完成をみる。

なんとなくこねくりまわしていたら、
たまたまできあがったなどというもの
作りは、ない。例えば、折り鶴を折ろ
うとイメージすることなく、適当に紙
を折り曲げていたら折り鶴になった、
なんてことは起こらないのだ。

なので、もの作り、それも自由な発想
が盛り込める要素が多ければ多いほど、
創り手はイメージができるまでの時間
にもっとも悩む。そこがズレてしまう
と想定した要件を満たすものは絶対に
完成しないし、商売であれば客のいな
いところに作品を放出するような酷い
ことになる。


泉さんの苦しみも、まさにそこにある。
革の色やステッチの間隔まで細かくリ
クエストしてくる客は簡単だ。言われ
た通りにやればいい。けれども、格好
よくしてほしい、美しくしてほしい、
あなたに任せるという客は、難しい。
さらに、自ら発信したイメージで多く
の人の共感を呼ぶのはさらに難しい。

でもだから楽しい。一度味わった達成
感は、麻薬のようだ。次の達成感を目
指してまた発想を膨らませはじめる。

そんなことを繰り返しているうちに、
苦しい苦しいと言いながら40年も経
っちゃった、と。もの作りには、中毒
的な楽しさがあるのだ、と。そんな話
題がはずんだ泉さんについて書いた。



「クルマの達人」
イズ・ミー
泉 秀樹

泉さんの苦悩を初めて見る気がした。

泉さんの「iS.ME」は、わたしに
とっては常に華やかな印象の内装工房
だった。様々な自動車雑誌にオリジナ
ルインテリアを提案する広告を打ち、
各地で開催される自動車ショーにも積
極的に出展する。初めて彼の仕事につ
いて書かせていただいたのは、四半世
紀ほども前になるが、しばらく都内の
工房をご無沙汰してしまっても、いつ
も誌面で見ている、どこかで思いがけ
ず会える。泉さんならではの、ステッ
チ踊る華やかな色彩のシートの印象も
相まって、意気揚々、順風満帆のまま
突っ走るこの道の先駆者というのが、
わたしの中での泉さんだった。

泉さんと、生みの苦しみの話をした。

「私の仕事は、直すことではなく、創
ることです。直す仕事にも技術的な難
しさや、深い世界があることをよく知
っています。けれども、最終的な仕上
がりのイメージは示されています。新
品を超える補修作業というのは、存在
しないんです。

ところが、オリジナルの内装を設えよ
うと思ったとき、そこに唯一の仕上が
りのイメージは存在しません。長い自
動車の歴史の中で伝統的に好まれてい
る意匠や、自動車以外の世界で見つけ
たデザイン、それらをヒントに自分の
中に浮かんだイメージのすべてに答え
の可能性が潜んでいるんです。その中
から、施工するクルマとオーナーの雰
囲気にいちばん馴染むインテリアを、
この世でたった1つという喜びと共に
カタチにすることは、実は傍目に見え
るほど華やかなことではありません。
地味です。地味で悶々としている時間
ばかりが流れるような仕事なんです」

クリエイティブな仕事に必ず伴う苦悶
の時間は、その方面に真剣に首を突っ
込んだ人間にしかわからない。逆に言
えば、その覚悟なくしてそこへ首を突
っ込むのは無謀な仕業と言わざるを得
ないわけで、真剣勝負で挑む泉さんが
話すことは想定の範囲内だと思った。
けれども、その先があった。

「この国は不思議な国でね。手に技を
持つ人のことを、職人職人ってもては
やすのに、そういう人たちを平気です
り潰しちゃう」

自動車の営業マンから一念発起、この
世界に飛び込んで約40年。ほどなく古
稀を迎える歳まで無我夢中で勤めあげ
た日本の「クルマの達人」の偽らざる
想いである。それでも泉さんには少し
も怒りの表情はなく、いつものように
笑っていた。

「好きで選んだ道だからね」

オーナーの好みに合わせて内装をカス
タムメイドしましょう、という仕事で、
泉さんは間違いなく先駆者の一人であ
る。それまでも、同じような手仕事を
提供する職人は存在したかもしれない
が、泉さんはその仕事に華やかな印象
を添えた。マニアックに過ぎるカスタ
ムの世界を、もっとたくさんのクルマ
好きに“自分もやってみよう!”と思
えるような楽しみとして提案した。

そのために、開業当初はわずかしかな
かった売り上げをやりくりして積極的
に広告を打ち、自動車のイベントに出
展ブースを借りた。未知の世界への理
解を深める作業は、市場からの興味を
待っていても一歩も進まない。だから、
自らそこへ踏み込んで、大きな声で叫
び続けた。“こんなに楽しい世界があ
ります!”と。

「お陰さまで少しずつ理解を得られる
ようになってきて、紆余曲折ありまし
たが今もこうやって店を構えることが
できています。最近ね、昔にお世話に
なったお客さんが、ふと連絡をくれる
んです。もう一度、泉さんに内装を仕
上げてほしくてさ、って。私にとって、
職人人生の蹴り出しを支えてくれた方
々が、かつて納めた仕事を忘れずにま
た頼ってくれるなんて、こんなにうれ
しいことはないです。感謝しています」

自動車メーカーの社員が、高級車の作
り方を教えてほしいと大挙してやって
来たこともあるという。けれども、大
きな力を持っている組織のほとんどは、
寸暇を惜しんで身につけた知識やノウ
ハウと、そこから生み出した泉さんな
らではの発想の上澄みをすくって拝借
することしかしなかった。似たような
ものを大量生産して自分たちのカタロ
グに載せることしかしなかった。

「それでもまだ懲りないっていうか。
それぞれの段階で、常に次の夢がある
んです。一つひとつ仕上げるカスタム
メイドは素晴らしい。けれども、それ
を多くの人に楽しんでもらいながら、
私自身もしっかりとした仕事として確
立してゆくための、量産できるインテ
リアを創りたいですね。職人が一人で
営むこういう小さな工房からでも、そ
ういう発信ができるんだってことを証
明したいんです。この日本でもってこ
とをね」

ひとつのブームを作った小さな工房を
率いる、一人の日本の職人の物語であ
る。
 





前号の「カーセンサーエッジ」誌に掲
載された連載です。





山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
webTV「モーター日本」
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