連載「働くということ」、すべてご紹
介し終わりました。
悩める若人たちの、百戦錬磨の大先輩
たちの、働くということに対する思い、
私のつたない文章で伝わりましたでし
ょうか。
話を伺ったすべての人から、僕自身も
多くのことを学び、感じることができ
た「働くということ」ですが、中でも
最終回の黒田久子さんの放つ仕事に対
する力強さとやさしさは、今でも昨日
のことのように思い出します。
取材に訪ねた姫路少年刑務所の一室へ
通されたとき、黒田さんは、椅子に座
って書き物をされていました。
対応してくださった刑務官から少し耳
が遠いので大きな声でお願いします、
と告げられていたので、狭い部屋中に
響き渡るくらい大きな声で、ゆっくり
と話しかけるようにインタビューを始
めました。けれども、私の質問に呼応
する答えが何一つ返ってこないんです
ね。これには焦りました。
105歳という高齢が信じられないほど
何もかもが明瞭な黒田さんでしたが、
私の質問への答えを記憶を紡ぎながら
理論的に解釈して言葉にすることは難
しい様子で、いつも以上に自然に答え
に近づく方法で訊ねる方法を採りまし
たが、それでもそのうちに、このイン
タビューの時間が、黒田さんにとって、
とても負担に感じられているようなそ
んな気がしてきたんです。
そこで、僕自身が出所を控えた受刑者
のように、黒田さんに悩みを打ち明け
ることにしたんです。
「私はどうすればいいですか?」
「私の苦しみの原因はどこにあるので
すか?」
「私の話を聞いてもらえますか?」
と、とたんに黒田さんの表情が生き生
きして、たくさんの言葉を僕に語りか
けてくれました。
どう表現したらいいんでしょうね。自
分の1/3ほどしか生きてない子どもの
私に見せてくれたその表情、聞かせて
くれたその言葉。
本当にやさしく、本当に親身を感じ、
大丈夫だよ、大丈夫だよ、と力づけて
くれるようなあの雰囲気。でも注意な
さい、と諭すあの力強さ。
「働くということを大切にすることは、
あんた自身を大切に思う心と
まったく同じ意味なんだよ」と、静
かに、でも力強く、説いてくれました。
ですから、最終回の黒田さんの言葉は、
黒田さんが僕自身に対して教え、諭し、
励ましてくれた言葉そのものなんです。
そして、多くの働く者たちに共通する
普遍のテーマへの答えそのものだと読
み返すたびに感じます。
働く社会人の大先輩、黒田久子さん、
2010年2月13日、106歳で逝かれまし
た。ご冥福をお祈りいたします。
※記事掲載への思いについて。
山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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facebook / Yamaguchi Munehisa