働くということ・44 松本キミ子さん | くるまの達人

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とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

キミコ・プラン・デゥ
主宰 松本キミ子さん


「よく考えて」
「よく見て」
「がんばって」

例えば黒板に書いたこういう言葉、美
術の授業で使われる常套句なの。学生
たちをふるいにかける3つの台詞。絵
を描くことの本質はなに? という問
いかけじゃなくて、選ばれた人として
残るために超えるべき課題はなに?
という質問への答えなんですよね。

私、芸術の道へ進みたくて美大に進学
したんです。大学に入るまでは、絵を
描くこと、本当に楽しかった。

そういう気持ちのなかには、他の人に
はできないことが私にはできるのよっ
ていうこともあったと思う。

けれども美大に入っちゃうとね、周り
の人もみんな絵が描けるんですよね。
高校までとは比較にならないほど高い
レベルで、さあ今度はこの中で誰がい
ちばん上手なのか競いなさい、って。
それが日本の教育なの。

教育の現場で学生たちに投げかけられ
る言葉って、できる人にとっては誉め
言葉だけど、できない人にとってはい
じめの言葉よね。

ひとにぎりのできる人と、大勢のでき
ない人に選別して、できる人が主導す
る価値観で全体を統制しようとするわ
けですもの。

これって、いじめの構造そのもので、
もう日本中、教育界全体がそういう構
造になっているわけですよ。

選ばれるために絵を描いても、ちっと
も楽しくないわよね。でも私も、優越
感を得ることが絵を描くことの楽しみ
のように感じていた若い頃があって、
間違いに気づくのには、もう少し時間
がかかったんですけどね。

社会に出て、絵を描くことだけでは生
活できなくて、教壇に立つことになっ
たの。ワイワイガヤガヤうるさい子供
たちを前に、私なにをやってるんだろ
う……って思ってた。芸術家になるつ
もりでいたから、教育者をバカにして
いましたしね。あなたたち、どうせ人
をふるいにかけることしかできないん
だろうって。でも、あるとき教育の研
究会に行ったら「すべての人が楽しく
学ぶためには」っていうテーマで、み
んなが話してて。すごくショックだっ
た。

だってそれまでは、私だけが優れた人
になることが命題だったわけですよ。
教育者ってヒューマニスト、芸術家っ
てエゴイストって、目が覚めるような
思いをしたんです。私、ヒューマニス
トになりたい! って、ドキドキした
のよ、本当に。

キミ子方式っていう絵の描き方は、絵
が描けないって思ってる人が、絵を描
けるためのやり方なんです。いちばん
できない人を基準にしてものごとを発
想すると、すべての人が楽しめるため
のアイデアが浮かぶものなんですね。

絵を描くことの本質は、絵を楽しむこ
とだと思う。少なくとも、人の優劣を
見極めるための手段じゃないわよね。
それに気づいたんです。

でも、新しい考えって絶対にバカにさ
れるからね。キミ子方式も、芸術界か
らは何を言ってるんだって、相手にさ
れなかった。

だけど自分の考えをアピールしつつ、
3年は我慢しましょうって。頑張れる
なら、5年くらいは我慢しましょうっ
て、そう思った。ひとりぼっちではき
っと耐えられないから、まずは、たっ
た1人の支持者を探しましょう。そこ
から始めて3年かけて、ゆっくり輪を
拡げればいいじゃない。5年経っても
支持者が増えないようなら、自分の考
えが間違っている可能性もあるかもね。
そのときは、素直に引っ込めればいい
じゃない。そう思って始めたの。

いまキミ子方式は、とてもたくさんの
人に支持してもらえてる。どうしてだ
と思う? だって私が尊いと感じたの
は、ふるいの上に残って権力風吹かし
てる5%の人じゃなくて、楽しく絵が
描けたらいいなぁって思っていた95%
のみんなの気持ちなんですもん。

Interview, Writing: 山口宗久


「かもめ」2007年11月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです

※記事掲載への思いについて。


山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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