働くということ・32 辰己英治さん | くるまの達人

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とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

富士重工業株式会社
スバル技術本部技術開発部 
兼 車両研究実験第1部
辰己英治さん


打ち明けちゃうと、定年を目前にして、
引き際をどうしてやろうかなんてこと、
考えてました。

定年って言葉は会社の中ではタブーで、
当人に向かって“そろそろ定年ですね”
なんて言えないものなんですよ。

きっと、ほとんどの人には、これで人
生も終わりだななんてイメージがある
んでしょうね。でもオレ、それは違う
と思うわけ。

仕事っていうのは、人生半ばで幕引き
するようなことじゃないよなって。

次に何をやるか、まだ具体的な考えが
あるわけじゃないけど、定年だからお
しまいになんて絶対にならないし、し
ませんよ。

引き際を気にしたのは、オレはそんな
こと何とも思っちゃいないよっていう
気持ちを示したかったのかもしれない
ね。職場では、来年はもういないから
って、自分で言い回ってました。

会社にしがみついているオレじゃない
んだって、自他ともに再確認するため
の仕業だったのかもしれませんね。

自分は技術屋で、実はクルマが好きで
入った会社でもないのに、夢中になっ
てるうちに、いつの間にかクルマを作
ることが大好きになったんです。

初めて本格的に開発を担当したレガシ
ィというクルマが、それまでのスバル
のイメージを一新するほど大ヒットし
たことで、それ以降、スバルのクルマ
の乗り味は辰己がやっているというよ
うな接し方をされるようになりました。

もちろん、クルマは多くの人間が一緒
に作り上げるものですが、自分は少し
ばかり目立つ存在になれたわけです。

ところが、大勢の人で構成されていて
同じような業務に就いている人間がい
っぱいいる会社という組織の中では、
誰に能力があるかなんて正直なところ
誰にも分からないんです。特徴のつけ
ようがないんです。

しかも日本の企業には、自ら挙手して
任に就くようなアピールをできる風土
がありません。欧米のような強い自己
主張が馴染まない国民性なんだと思い
ます。だから素晴らしい能力があって
も、埋もれたままで終わってしまう人
が本当に多いんです。

それでも仕事というのは、ときどき誰
もが飛びつきたくなる面白い内容のも
のが出てきます。そういう仕事を任せ
てみたいと思われるオレなんだと日本
の企業の中でアピールするには、普段
の仕事を正直にこなして信用を積み重
ねていくしかないというのが、サラリ
ーマン時代に学んだことでしょうか。

気にしてないはずの定年なのに、その
時期が近づいてくると、自分にとって
働くってどういうことなんだろうとか、
自分の年齢も含めてそういうことを考
えさせられるきっかけになってる気は
します。

昔は自分のためにとか家族のためにと
か考えてたんですが、最近は自分の仕
事の結果でどれだけ多くの人を喜ばす
ことができるのか、なんてことをよく
思います。

力んだクルマ作りではなくて、気持ち
よく収束するクルマ作りへ変わってき
たような気もします。

きっと、この歳にしてまだ行程途中な
んでしょう。

定年という線引きがあるサラリーマン
ですけど、仕事は一生かかって1サイ
クルなんですね。

休みを取って、大好きなバイクで故郷
の北海道を走りながら、そんなことに
思いを馳せることができました。

もし働く目的と生きる目的が同じだと
したら、これからの時間は余生ではな
くて、後半戦。

笑って死ねるためにも、正直な生き方
を貫くしかないじゃないかって、そん
な風に思うんですよ。

Interview, Writing: 山口宗久


「かもめ」2006年10月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです

※記事掲載への思いについて。



山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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