サラリーマントレーダー
渋谷高雄さん
本来、株式市場というのは、企業が資
金を調達するために必要なシステムで
あって、個人がお金を儲けるためにあ
るわけじゃないんです。
けれども取引のノウハウを身につける
ことによって、ある程度の勝率で利益
を上げることも可能になる。それが、
いま流行のデイトレードというもので
す。
私が株の売買を始めたのは30歳になる
頃のことで、ITバブル絶頂期だったお
かげもあって、まずまずの成功を収め
ることができたんです。
働かずに儲かる、というイメージその
ものの出来事でした。
パソコンの前でカチャカチャやってる
だけで、短時間に5万、10万、20万と
いうお金が転がり込むわけです。
当時、私は普通のサラリーマンでした
が、片手間にやっているだけでこれだ
け儲かるんだから、集中してやればも
っと儲かるだろうという気持ちになっ
たわけです。
サラリーマンという世界から離れて、
まるで起業したかのような自分の人生
を築くきっかけになるかもしれないと
いう思いも、漠然とあったように記憶
しています。
会社を辞め、9時から15時までパソコ
ンの画面を眺める生活が始まりました。
結局、一日中画面を見つめていても、
儲けそのものには大差ないということ
が分かったのですが、それでも生活費
を稼ぎ、元手を増やしながら新しい月
を迎えることくらいは楽にできるよう
にもなりました。
午前中にたくさん儲けることができた
ら、午後はゴロゴロしたり、スポーツ
ジムに足を運んだりという意味での自
由も謳歌していたはずです。
けれども、そんな生活に引け目を感じ
るようになってきたのも事実なんです。
企業の成長に夢を託すという意味合い
が強い投資と違い、短期に利ざやを稼
ぐ投機は、言ってみればパチプロみた
いなものですから、それで生計を立て
てることに対する周囲からの厳しい視
線を感じるようになりました。
ずっと部屋にこもりっきりで、人との
接点が減っていくことに対する寂しさ
もありました。
次第に精神的な限界を感じるようにな
ってきたんです。
今の会社が立ち上がるときに、一緒に
働かないかと声を掛けてもらったのは、
そんな生活を初めて2年目のことです。
いざサラリーマンに戻るとなったとき
に、それまでの自由な生活に未練がな
かったかといえば嘘になりますが、そ
れでも株を平行してやってもいいとい
う条件を呑んでもらうことで、新しい
生活を始める決心をしたんです。
26歳のときに宅建主任の資格をとって
いましたから、不動産業を営むこの会
社で何をやればいいのか分からない
ということはないんですが、それでも
自分の中では株に対する知識や経験の
ほうが、ずっと上だという認識はあり
ます。
両立といえば聞こえがいいですが、中
途半端だと言われれば確かにその通り
だと思います。
けれども、誰にもないもの、人に誇れ
るものだと信じている株というものを
捨てたくなかったんです。
株のトレードをやるようになって、得
は得、損は損という割り切りの気持ち
を持てるようになりましたが、やっぱ
り人間には単純に割り切れないものが
あるということなんですね。
僕にとっては、株式トレードだったり、
人との係わりある日常だったり。
そういうこだわりの中から、何が自分
の本質として残っていくのかを模索し
ていくことが、働くということなのか
もしれません。
Interview, Writing: 山口宗久
かもめ・2005年5月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです
※記事掲載への思いについて。
山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
Twitter / nineover
facebook / Yamaguchi Munehisa