西宮冷蔵株式会社
代表取締役社長 水谷洋一さん
雪印の一件で理不尽な営業停止処分を
受けて、もはやこれまでってなったと
きに、息子と語り明かした夜があった
んです。ちょうど朝日新聞が「西宮冷
蔵自主廃業」と報じたのを筆頭に、各
メディアの報道を受けて会社の電話が
鳴りやまなくなってましてね。
電話口では、“社長の会社がこのまま
朽ち果てていけば、今後、社会的犯罪
行為に対して正論で立ち向かう人がい
なくなる。西宮冷蔵の二の舞いはイヤ
やと、誰もが見て見ぬふりをする。そ
んな日本になってしまう。だから、社
会正義の確立の為になんとか頑張って
くれ” って。
息子と二人で笑ったんです。
なんという無責任なこと、言ってくれ
るんやって。
祖父から三代続いたこの会社、誰も潰
したくて潰すんと違うんや。政財官の
ご都合に盾つくとこうなるんやってい
う見せしめの目を受けて、従業員20人
足らずの零細企業には、もう打つ手が
ないんやって。
でもそのとき、こんな話にもなりまし
てね。社会正義の確立って、魅力的な
響きやな。やるだけやってみよか。
オレは意思決定が先に立つ男やし、内
部告発と騒がれた事件に関しても、動
機、手順、方法の全てに間違ったこと
はしてないという自信がありましたか
ら、決めるのは早かったです。
後は、金をどうするかですわ。これに
は悩みました。最終的に800万円の資
金が必要ということになったんですが、
オレにはもう何も売るものがない。玉
砕覚悟の行動に、投資家を募るのは馴
染まない。悩んで悩んで、悩みまくっ
たある日、ふと思いついたんです。
なんで物質的な財産ばかり追ってきた
んやろう。オレにはもっと素晴らしい、
精神的な財産があったやないか。営業
停止処分反対の呼びかけに署名してく
れた7,000人もの支援の声の存在に、
なんで気がつかへんかったんやろうっ
て。早速、支援をお願いするはがきを
書きました。
誰しも苦労しているご時世にも関わら
ず、一年足らずで目標の金額に達する
ことができて、約1年ぶりに西宮冷蔵
の倉庫に再建の初荷を迎えることがで
きたんです。
正しいことは正しい、間違ってること
は間違ってると言える正義の心は、何
かが狂い始めたこの日本にも、まだ確
実に生きている。そのことを証明した
出来事やと思います。
倉庫の再稼働を果たした今でもこのオ
レが、「負けへんで!」ののぼりを立
てて大阪駅の歩道橋の上に座っている
のは、西宮冷蔵を再び大きな軌道に乗
せるための営業活動やと取ってもらっ
ても構いません。けれどもそれは、ど
うか荷物を預けてガラガラの倉庫を満
たしてくださいと頭を下げて回るよう
な、ちんけな営業活動とは違います。
いつの日にか、国民の声としてこの一
件の矛盾を謳う日が来たとき、黙って
いても倉庫は荷物で溢れるはずです。
再建を快く思わない巨大な力の存在を
恐れて預けることが出来ない、という
自害の念に満ちた声をこっそり寄せて
くれる荷主さんの担当者の心の中の正
義が、晴れて日の目を見るときです。
そのとき、支援者に託された私の役目
も終了します。
いつか、どこかで、誰かがやらねばい
けないことは、今、ここで、自分がや
るべし。これに生き甲斐を感じて本音
でぶつかる。
仕事に限らず、男はこう生きるべきや
と思うんです。
Interview, Writing: 山口宗久
かもめ・2004年10月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです
※記事掲載への思いについて。
山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
Twitter / nineover
facebook / Yamaguchi Munehisa