くるまの達人

くるまの達人

とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

突然ですが、本日夜7時半から「モー
ター日本」再開一発目をライブ配信し
ます。



約1年半前から長期お休み中だった
「モーター日本」ですが、そろそろ
うずうずしてきまして、ここらで一
発ぶちかまそうかなというわけです。
なんと43回目なんですね。

モーターサイクルジャーナリスト・柏
秀樹さんをゲストにお招きして、「ク
ルマとバイク、これから一体どうなる
の!?」と題して、ふたり疲れ果てるま
でのトークバトルを展開します。


ライブチャットも生かしておきますの
で、どうぞ皆さんもトークに参加して
ください。

EV(電気自動車)のこと、自動運転
のこと、もちろんスピーカーシステム
(カーオーディオ)のことも、大歓迎
です。ライブなので、頭の中にある知
識限りということにはなりますが、柏
秀樹さんとヤマグチが、皆さんからの
投げかけに誠心誠意回答します。とい
うか、ネタにさせていただきます!

それでは、本日夜7時半、お酒やらコ
ーヒーやらお茶やらを用意して、集ま
ってください。久しぶりに皆さんの前
でお話しできること、楽しみにしてお
ります!



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なので、スピーカーシステムの話、ク
ルマの話、はるかにたくさんの発信を
しています。簡単な動画ですが、スピ
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山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
webTV「モーター日本」
facebook / Yamaguchi Munehisa
Twitter / nineover




「クルマの達人」の写真を撮っていた
だいている、上出優之利さんが、
『888前夜』という写真集を上梓さ
れました。



“888”とは、2020年のクリスマス
イブに記録された、東京都における新
型コロナウイルスの新規感染者数。

この数字を知ったとき、上出さんには、
“嗚呼、もう新宿は返ってこないのか”
という想いがよぎったそうです。


上出さんとわたしは、わたしがまだ20
代後半の頃に知り合いました。当時上
出さんは、音楽の仕事をしていました。
演者として、制作者として、音楽の道
で生きてゆくんだという一念で大阪か
ら上京した熱情そのままに、クラブの
DJブースに立ち客を揺すぶり、スタジ
オに籠もりモニタースピーカーから聞
こえる新しい音楽に耳をそばだててい
ました。

ときどき連れられて麻布界隈のクラブ
に遊びに行きました。どのハコでも、
扉を開けるとすぐに彼を慕う男女が彼
に近づき、言葉を交わしていた様子を
よく憶えています。男にも女にも、猛
烈に持てる男、というのが、当時の上
出さんの印象です。

その上出さんは、2011年、所有し
ていた音楽機材をすべて売り払い、カ
メラを手にします。

2011年の出来事が、彼の気持ちに
どのような衝撃を与えたのかを詳しく
訊いたことはありませんが、“俺が撮
る”と心に決めたことは、恐らく間違
いないでしょう。彼のその後が、その
証明です。


上出さんは、夜の新宿を撮影の舞台に
選びました。日本中から、あるいは世
界中から、異なる属性の人間が流れ込
み、闇に乗じて酒を喰らい、語らい、
笑い、泣き、喧嘩し、愛し合い、そし
て空が白む頃にどこかへ消えてゆく。
愛憎渦巻く人間の性が限界まで裸に近
づくそこで、人を撮ろう。

歌舞伎町、ゴールデン街で繰り広げら
れた夜な夜なの、人たちの愛憎物語は、
上出さんの感性をフィルターにした作
品、そして人々の記録として『モノク
ロのブルース』という写真集にまとめ
られました。

その街が、マスクに覆われてしまう。


今回上梓された『888前夜』には、
マスクに覆われてしまう前の、“あの
頃”の人たちがいます。人生の機微を
明け透けにぶちまけていた頃の、新宿
が、日本がそこにいます。

そしてわたしには、未曾有の流行病に
虐げられ押し潰されそうな憤懣にあふ
れる人々の今への、猛烈な応援歌がこ
の写真集から聞こえてくるような気が
します。


嗚呼、人ってこうだよな。
生きているって、こういうことだよな。


後夜を抜けて明け方を迎え、そして再
び日が沈む頃、新しい前夜が訪れ、ま
た人々の愛憎物語が繰り広げられる。
そんな日常を必ず取り戻さなくてはな
らない。きっと日本で、それはできる。

そんな応援歌が聞こえる『888前夜』
だと感じました。








【『888前夜』出版記念写真展】
日時:4月17日(土)〜5月1日(土)
場所:Flying Books
   渋谷区道玄坂1-6-3 2F



【『888前夜』
   外国人記者クラブ 特別写真展】

日時:5月10日(月)〜6月4日(金)
場所:公益社団法人日本外国特派員協会
千代田区丸の内3-2-3丸の内二重橋ビル5F
※同協会の規定により20歳未満は入場不可




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ようやく書きかけの原稿が手を離れ、
少しゆっくりした気持ちでMacの前に
座っています。ゆっくりしても、やっ
ぱり画面に向かってキーボードを叩い
ているのかよ、という感じなのですが。

仕事で何かを書いているときは、いつ
も相当に産みの苦労を味わいます。レ
ポートではなく、本質を伝えたいんで
す。同時に、読んでくださる人に楽し
んでもらいたい。連載の原稿、例えば
「クルマの達人」は2400文字程度
ですから、5分もあれば読み切れる文
字数ですが、その5分を楽しんでもら
いたい。できれば、そのあとのせめて
一日くらいは、いい気分でいてほしい。
さらに可能であれば、何年も続くその
先の人生のどこかで思い出してもらえ
る一節を織り込んでおきたい。

そのくらいの気持ちで取り組んではい
ます。結果はともあれ……。


いま、「クルマの達人」の写真を撮っ
ていただいている上出優之利さんとは、
ちょうど1年目の仕事を世の中に送り
出すことができ、入稿が終わったばか
りの今号が13作目。仕事の現場を共
にする機会が、2年目に入りました。

その上出さんが13作目の現場で撮っ
てくれた取材の記念写真です。



このブログを読んでくださっている皆
さんには、クルマ好き、クルマおたく
の方がとても多いでしょうから、ご存
じの方も多いでしょう。

次回の「クルマの達人」では、『まー
さんガレージ』のまーさん、こと、山
田正昭さんをご紹介します。

工具を手にする職人たちがほぼすべて
の「クルマの達人」にあって、異色の
人選ではありますが、山田さんの中に
ある「まーさん」と「まーさんガレー
ジ」の表情を皆さんにお伝えしたいと
考え、書かせていただくことをお願い
した次第です。

4月27日に書店に並びます。


数日前に届いていた封筒を今から開け
ます。冒頭で紹介した上出優之利さん
が、2冊目の写真集を完成させました。
ありがたいことにご献本いただいての
ですが、少しゆっくりして気持ちが落
ち着いているときにページをめくりた
いと思い、手を触れずにいました。

そこそこの数のことを並行してこなす
のは、編者時代、マネジャー時代にか
なり鍛えられているはずなのですが、
その能力はどんどん退化しているよう
です。というより、1つひとつを大切
に収めてゆきたいという気持ちが俄然
強くなったということかもしれません。
おまけに大切なことほど、手を付ける
のによいタイミングを図る傾向がある
ので、どんどん後回しになってしまい
ます。本末転倒な気もしますが、きっ
とさらにますますそうなるでしょう。


さて写真集、ゆっくり魅せていただい
たら、原稿書きの間に溜めてしまった
ことに手を付けます。

それにしても、山田さんも上出さんも、
凄いです。自分の道を見つけて、そこ
をグイグイと進んでゆく馬力を尊敬し
ますし、心底憧れます。ほんとうに。



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もう、とても前のことのような気がし
ます。

コロナ禍に翻弄されたこの一年は、何
もかもが抑圧されて、重たい雲の低い
空が首の後ろにまで被さっているよう
な、押しつぶされてしまいそうな息苦
しい毎日が続いたから。

そしてそれまで、あなたはこの若輩者
を嘘のように慕ってくれ、本当によく
連絡をくれていたから。


人との出逢いは不思議なものです。広
い砂浜で無造作にすくった手のひらの
上の砂粒たちが、わたしが生涯の間に
出会う人たちです。望んで手のひらを
下ろす場所を決めることくらいはでき
ますが、そこですくった砂の一粒一粒
がそれらであることは、縁としか言い
ようのない偶然の出来事だと思います。

そして、その砂粒のほとんどはただす
くった、縁があっただけの人たちです。
すぐに浜へ戻し、手のひらをパタパタ
とはたいて、それでも手のひらのしわ
の中に残るような砂粒だけが、本当の
出逢いを実感できる人たちなんだと思
います。縁があった、というだけでは、
決してこういう関係は築けないと思い
ます。互いの確かな意志が保つ関係な
のだと思いますから。


十八番の弾き語りを披露する行きつけ
の店へ誘ってもらったときは、トラン
クに積んで広島まで持っていったギタ
ーを抱えてわたしも何曲か歌いました。
あなたはマーチンでした、わたしはオ
ベーションでした。私もオベーション
持っているんですよと、興味深くわた
しのギターを触っていたことを覚えて
います。松山千春の大ファンですもの
ね、アダマスでしょうか。見せてもら
う機会がなかったですね。

なんどか茅ヶ崎のガレージにも来てく
れました。「モーター日本」にも出演
してくださいましたし、その忘年会に
もそのためだけに茅ヶ崎を訪ねてくだ
さいました。

「山口さんと技術談義をするが楽しい。
本当によく知っていて、アイデアや発
想があって、時間を忘れてどこまでも
ディープな談義になってゆくのが楽し
い」と、そのことについてはべた褒め
してくれたことを思い出します。この
世にギターがなくて、音楽でメシを食
うんだなんて無鉄砲な夢に長くとらわ
れることがなければ、わたしも自動車
メーカーの入社試験を受けていたかも
しれません。でも実際は、自動車どこ
ろか、ねじ1本作ったことがない口先
だけの浮き草ですから、談義を楽しん
でいたのはわたしの方だったと思いま
すよ。


死んでしまうとは、考えもしなかった
です。

死期が近いことをいよいよ覚悟したと
いう意の連絡をいただいたとき、例の
やつをすぐにやろうとお願いしました。
書籍にまとめる計画はいつになるかわ
からないから、わたしが持っている雑
誌の連載でそれをやろうと提案しまし
た。カメラマンのスケジュールを抑え
たりロケ場所を決めたり、段取りを整
えて最初は4月9日に撮影をする予定
になったことを伝えたら、医者に急げ
と言われたと連絡があり、3月29日
に広島のマツダ本社前でワンシーンの
みの撮影を決行しました。4月1日に
はコロナ禍の影響で面会が完全に遮断
され、慌ててよかったと話しましたね。
それから数日後、訃報を受けました。

深夜3時頃、原稿を書いていたすぐ横
で、仕事部屋の電話が鳴ったんですよ。
間違い電話だと思って出なかったんで
すが、あれはあなただったのでしょう
か。後日、奥さまに訊ねたら、ちょう
ど苦しがっていた波が引いて少し落ち
着いた頃で、その数時間後に息を引き
取ったと教えてくれました。念の強い
人だったので、あの人が鳴らしたのか
もしれませんとも話してくださいまし
た。嗚呼、受話器をあげればよかった
ですね。

撮影が終わって、あなたをあなたの愛
車の助手席に乗せた帰路、また山口さ
んと技術談義がしたいのだけど来てく
ださいますか、と言ったのが、あなた
の最後の言葉でした。よろこんで、す
ぐに着きますから、と答えたのを聞い
て、3時間程度の短い撮影行だったの
にヘトヘトに疲れた顔を上げて、嬉し
そうに緩めた笑顔が、最後の表情でし
た。


6月27日に、あなたの生き様を書い
た記事を掲載した雑誌が書店に並びま
した。間に合いませんでしたね、すみ
ません、雑誌というのは時間が掛かる
んです。まさか、そんなに急に逝くな
んて思いもしませんでしたから。

去年と同じ日の早朝4時、わたしの右
の頭を2回撫でたのは、あなたでしょ
うか。驚いて目が覚めたのですよ。ど
うか、悪い冗談はやめてください。悪
い冗談はやめて、技術談義をしましょ
うよ。しれっとウチのガレージに現れ
ても怒りはしませんから。1年の間に
いくつもネタを仕入れましたから。

あなたは、わたしの手のひらのしわの
間にしっかりと食い込んだ砂粒ですし、
あなたの手のひらでもきっと同じだっ
たのだろうと思えますから。

まだ世の中の雲は低く垂れ込めていま
すが、少なくとも今朝の茅ヶ崎は、抜
けるような青空で、思わず幌を開けて
走り出したくなるような青空ですから。



1年が経ったので、あなたのことを書
いた文章の全文を、これを読んでくだ
さっている皆さんにも読んでいただこ
うと思います。

あらためて礼を言います。ずっと年下
のわたしのことをおもしろがってくれ
て、ありがとうございました。





人と人をつなぎ、幸せを共有すること
技術の目的は、つまりそこにあります。

エンジニア 若狭章則

掲載用の写真を撮るために、若狹さん
の赤いロードスターで移動した。2年
前まで毎日通った懐かしい場所に着く
までの時間、いろいろな話をした。相
変わらず相手の様子を窺うように言葉
を選んで話す若狹さんに、わたしは初
めてこんな直球を投げた。

あなたは、会社では引く手あまたのエ
ンジニアではなかった。そう感じてい
ます。

初めて見る少し驚いたような横顔。そ
して、しばらく沈黙が続いた後、返っ
てきた。

「懇願して懇願して、しつこいくらい
その時々の上司にお願いして、ロード
スターの開発メンバーに加えてもらっ
たんです。私に対する会社の評価は、
私には分かりません。けれども、どう
してもロードスターの開発をやりたか
ったんです。“人馬一体”を創る多く
の手の中に、自分の手も添えたかった
んです」

北海道・函館を発った若狹青年の広島
での人生は、1972年に始まった。当時、
東洋工業(現・マツダ)は、世界初の
2ローターロータリーエンジンを搭載
したコスモスポーツを皮切りに、新時
代の到来を予感させるこの特徴的なエ
ンジン搭載車種を精力的に拡充してい
た。技術的な課題が山積するという実
際はともかく、このエンジンには夢が
あった。未踏の頂を目指して進む大勢
の技術者たちの足音が聞こえるような、
そんなエンジンだった。

「なんといってもロータリーエンジン
だったんです。猛烈に憧れました。こ
れだと決めたら、もう突進するような
勢いですよね。若さの美徳だと思いま
す。東洋工業に入社して、ロータリー
エンジン研究部/設計課というところ
に配属されたわけです」

ロータリーエンジンの研究・開発には
約10年間携わり、ディーゼルエンジ
ン、レシプロガソリンエンジンなど、
いくつかの部署を経験した。その間に、
ロータリーエンジンは時代の要請に適
わず幕を下ろし、一方で“人馬一体”
を標榜するロードスターが誕生した。

「なんて楽しいクルマだろうと思いま
した。そしてエンジン設計者としてエ
ンジンそのものに向いていた自分の興
味が、次第にクルマという全体の姿に
移っていったんです。エンジンのため
のエンジン開発をしていては、ダメだ。
クルマのためのエンジン開発とは何だ
ろう。その答えに近づくための機会に
貪欲になったのは、ロードスターを知
ったことがきっかけです」

本人曰くしつこいほどの懇願が受け入
れられ、晴れてロードスター開発メン
バーの一員としての任を手にしたとき、
若狹さんはすでに40代半ばになってい
た。ロードスターの開発は3代目のN
Cというモデルに突入していた。

「チームリーダーとして開発の進捗や
方針を引率するのが、私の仕事でした。
個別の技術というと、そうですね
ぇ……」

会社をリードするような技術的アイデ
アに溢れる引く手あまたのエンジニア
ではなかったかもしれない。でも、あ
なたのような人が開発の現場にいたこ
とは、ロードスターが道を違えず、多
くの人の笑顔を招くクルマとして今も
存在する大きな理由だと思っています。

間もなく撮影場所に到着する頃、そう
伝えた。若狹さんは黙って聞いていた。


毎月のように開催されるロードスター
愛好家たちのミーティング会場に、若
狹さんの姿があった。60歳、定年再雇
用のための健康診断で肺に癌が見つか
ってからは、全国どこの会場に行って
も、愛車の赤いロードスターと共に駆
けつけている姿が必ずあった。どれほ
ど好きなんだろうと感じていた参加者
は多いと思う。けれども、病魔が次第
に蝕んでゆく体調を押して、ロードス
ター愛好家たちが集う現場を訪ねて回
ったのには、大きな理由があった。

若狹さんは、開発メンバーの中では厄
介な存在だった。たくさんの制約の中
で進められる開発の現場で、もっとこ
うするべきだと無理難題を上司部下係
わらず提言した。ここは会社だから…
…と煙たがられることも多かった。そ
れでも伝え続けた。全国の会場で交わ
したたくさんの表情や言葉は、若狹さ
んの赤いロードスターに乗って広島へ
持ち帰られていたのである。

人と人をつなげることこそ技術の神髄
と達観したようなその発想のきっかけ
は何だったのかを訊ね忘れた。写真を
撮った後、すでに運転することができ
ないほど弱った若狹さんを病院で降ろ
し、カーオーディオを最初と同じ松山
千春に戻してご自宅のガレージに帰し
た。一週間後、訃報が届いた。

技術だけでは、永く愛される心打つク
ルマは創れない。“目的は人なんです、
笑顔なんです”と話す声がまだ耳に遺
っている。



写真:上出優之利




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山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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昨日、マツダMX-30 BEV、そう
電気自動車を借りてきました。エンジ
ンは載っていません、バッテリーに蓄
えた電気だけで走る、純然たる電気自
動車です。




今日、このクルマの動画を撮影しに出
掛けてきます。モーターサイクルジャ
ーナリストの柏秀樹さんにも運転して
いただき、オートバイ業界のプロフェ
ッショナルとしての視点で、このクル
マをじっくり観察した意見を聞かせて
いただこうと思っています。


4月17日(土)、WebTV「モーター
日本」再開する予定です。明日の試乗
は、その中で使用する素材の収録です。

番組についての詳しいことは、後日お
知らせします。まずは夜明けまでに、
いま書いている原稿を書きあげて入稿
して、出掛ける前に少し寝ることです。


なのに、いまブログを書いているのは、
皆さんにお話ししたい、ちょっとおも
しろい話があってのことです。原稿書
きの休憩で文字を書くとは、やや病的
ですが、ふと気になって計算してみた
ら、こんなことがわかりましたよ、と。




MX-30を借り受けたマツダ横浜R
&Dから茅ヶ崎の自宅までは、約30
kmです。首都高〜横浜新道を走るル
ートは、7割ほどが高速道路ですが、
回生装置の効き具合をコントロールす
るステアリングパドル(エンジン車の
いわゆるパドルシフトとは、根本的に
異なる機能を有した装置ですが、この
辺りの話は「モーター日本」でお話し
します)を比較的こまめに操作しなが
らの燃費は、7.4km/kWhでした。

燃料1リットルあたりの走行距離では
なく、電力1kWhあたりの走行距離
なので、単純に比較できません。そこ
で、ちょっと計算してみたわけです。

いくつかの比較の方法があるのですが、
多くの人に馴染みのあるカロリー=熱
量を基準にして比べてみましょう。ラ
ーメン1杯=何kcalという、アレ
です。

日本のガソリンスタンドで売られてい
るガソリンは、1kgあたり1050
0kcalという熱量で成分構成が設
計され、製造されています。レギュラ
ーもハイオクも、同じです。軽油も大
差なかったはずです。これは規格とし
て決められているもので、どのメーカ
ーの燃料も同じ(はず)です。

この数値を燃料1リットルあたりに換
算すると、ガソリンの比重は0.78
(これも規格です)なので、8190
kcalとなります。

つまり、エンジン車の燃費計が示す燃
費は、8190kcalの燃料でどの
くらいの距離を走りました、という数
字です。


バッテリーが蓄えるエネルギー量を示
す「kWh」という単位も、熱量に換
算できます。

1kWh=860kcal、です。

つまり、自宅に到着したときにMX-
30のメーターが示した燃費は、エン
ジン車の燃費表示に置き換えれば、
ざっくり74km/リットル、という
表示だったということです。

わたしのメルセデスW124の7倍の
燃費、近年の小型エンジン車(15km
/Lくらいでしょうか)の5倍、ハイ
ブリッド車の3倍ほどの燃費、です。


この圧倒的な熱効率(もちろんエネル
ギー回生分も含みます。このあたりの
話も、モーター日本でしようと思いま
す)が、電気モーターを使うクルマの
特徴です。

ちなみにいまネットで調べたら、どん
ぶり1杯のラーメンは、800〜90
0kcalなのだ、とありました。つ
まりMX-30BEV(純電気自動車)
は、ラーメン1杯のエネルギーで
7.4kmを走れるわけです。


けれども「すごいすごい、これは世界
中のクルマをEVにするべきだ」と考
えるのは「兄さん、それはだまされて
いるかもしれませんぜ」というほど危
なっかしい話で、人間が現時点の技術
で作ることのできる電気自動車には、
解決しなければならない問題が山のよ
うにあります。多くはバッテリー(あ
るいはその周辺技術)が抱える問題で
すが、それなくしてEVにあらず、と
いう根本的なポイントでもあるわけで、
そこをぶっ飛ばして、電気自動車だら
けの世界を創ろう、と大きな旗を振り
始めた各国の政府や自動車メーカーは、
本当に環境のことや、人間の生活の自
由や幸せの将来に向けてそれを提唱し
ているのかと、いぶかしく感じるのも
当然だろうと、わたしは思います。




4月17日(土)の夜、モーターサイ
クルジャーナリスト・柏秀樹さんを我
が家のガレージにお迎えして、MX-
30BEV(純電気自動車)の前で、
二人疲れ果てるまで差しで語り合いま
しょう、ということになっています。

時間無制限、かなりドロドロに濃い話
になると思いますが、そういうのが好
きな方はぜひ復活「モーター日本」を
楽しみにお待ちください。詳細は、後
日このブログにてお知らせします。

40回ほどの配信の後、1年半ほどお
休みしていた「モーター日本」って、
いったい何だ?  という方も多いと
思います。以下のURLに過去の配信
分がアーカイブされていますので、ぜ
ひチラ見しにきてください。ただし、
次回の「モーター日本」は、配信史上
最強にディープな回になるような気が
するので、過去分はあまり参考になら
ないかもしれませんが。。。。あはは。


Web TV 『モーター日本』

※まったく商業的な意味を持たせず、
つまりスポンサーを募集せず、いわゆ
るユーチューバーを目指す気持ちも微
塵もなく、お金を稼ぐという枠から解
放させた表現の場を持ちたいという想
いで制作している番組です。興味深い
と感じたら、上気のURLを訪ねてチ
ャンネル登録をしていただけるととて
も嬉しいです。わたしはもちろん、そ
んなわたしの想いに賛同して力を貸し
てくれる人たちの励みにもなります。



それでは原稿書きに戻ります。午前3
時を回ってしまいました……嗚呼。


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