そして、よみがえる世界。 | 山田屋古書店 幻想郷支店

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物語を必要とするのは不幸な人間だ

作者は西式豊。

 

牧野大はパボットを脳でコントロールし、車椅子の男性に食事の介助を行っていた。車椅子に座っているのが牧野の現実の肉体だが、脊椎の損傷のため四肢が麻痺しており自身では食事をすることが出来ない。そのため介助ロボットを使って自らの介護をしているのだ。2036年、テレパスシステムの発展により障がい者は自分自身の介護を容易に行えるようになった。おまけに脳神経外科医として復帰することも可能となったのだ。雇用主はかつて指導医だった森園春哉が働くSME社で、難病に侵された自分に代わって困難な脳外科手術を行ってほしいという。牧野はさっそく複合現実を使ってSME社へと向かった。

 

第12回アガサ・クリスティ賞の受賞作。ミステリかと思っていたのだが、設定ががっつりSFで舞台は近未来となる。シノハラ・メディカル・エクイプメント社、SME社によって開発されたテレパスシステムは障がい者医療の現場でブレイクスルーを実現させた。脳の出力信号による機械の操作だ。

 

要介護者は脳内にテレパスと言われる機械を埋込、自らの手足のようにロボットを扱うことが出来る。さらにVRの進化と、それを発展させたMR(複合現実)により、家にいながらにしてシステムがある場所へと赴くことが出来る。現実のVRへの投影、そして現実へのVRの投影が、その人をそこにいるかのように見せることが出来る。

 

優れた脳神経外科医だったが、四肢麻痺の障害を負う牧野が医者として復帰で出来たのもテレパスのおかげだ。彼に与えられた仕事は、事故により視覚と記憶を失った少女エリカに人工視覚を埋め込むこと。しかしSME社はそれ以外にも何かを意図したような怪しい動きがある。


敵か味方が分からないSME社の面々、彼らの真相が分かるのは中盤、意外なヒューマンドラマが隠されていたとは。脳は記憶を作り、記憶は意識を作り、意識は人格を作る、というセリフが随所に登場するが、まさにその通りの展開だ。終盤のアクションシーンも素晴らしい。


強いて言うなら牧野が使っているヒーローのアバター、真紅の閃光の活躍も見たかった。でも彼のライバルであるミスタービッグの奮闘があったから満足かな。デビュー作とは思えない素晴らしい作品だった。意外と描写がホラーで映えそうだから、いつかホラーも読んでみたいな。


次は穂波了。