【マレーシアからいわき市に】| 支援のあり方 | 山すき
2011年03月30日(水)

【マレーシアからいわき市に】| 支援のあり方

テーマ:◆東北地方太平洋沖地震

山すき

いわき市にある日産のエンジン工場が、4月の稼働再開を目標に躍起だそうです。

また、福島県の東邦銀行は、お客に対して被災の証明書がなくても、融資の要望に応えていく方針だという話です。

これら現実的な必要に迫られた企業活動の前には、「日本の力を信じてる」であるとか、「頑張ろう、日本」などという他人事のようなスローガンは、なぜだか空しいなぁ。

◆◆◆◆

さて、27日(日)の13:30。

わたしは、東京から高速バスでいわき駅前に到着はしたものの、支援物資を受け付けている平競輪場がどこにあるのか見当がつかず。

まったくもって、無計画この上ない。

さて。駅前のKOBANで道を尋ねて、ついでに平競輪場より手前に、「いわき芸術文化交流館アリオス」という建物が避難所になっているという情報を仕入れて、人通りがまったく途絶えた駅前の歩道を歩いておりましたら、地図を片手に持った男性に声をかけられました。

「市役所が行きたいので道を知ってますか。アリオスが場所です。アナタここの方?」

質問の意味は分かりましたが、文法的になんだかおかしい。

おかしいんだけれども、アリオスだったらこれからわたしも行くので、じゃあ一緒に行きましょうと申し出ましたら、クルマで来ているので乗ってくださいとのありがたいご提案。

それじゃあ、というので路肩に停めてあるくたびれたハイエースバンに乗り込むと、濃い顔をした男性が4人。助手席に座るリーダーと思しき方は、かなりお歳を召してらっしゃるようで、長老然としている。

聞けば、わたしに道を尋ねた男性ともうひとりは、NPO法人マレーシア救援機関(Malaysian Relief Agency)の方で、マレーシアからわざわざいらしゃっている。スマトラ、パキスタン、アフガニスタンなど各国の震災被害支援などに携わってられるとのこと。

方や長老を含めた3人は、東京大塚にある日本イスラーム文化センターの人たちだという。

マレーシア救援機関は日本事務所がないので、同じイスラム教のよしみで日本イスラーム文化センターと共同で東北各地への支援活動を続けてられます。

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日本イスラーム文化センターは、震災の直後から仙台など東北のいろいろな地域に向けて、毎日数台のバンに支援物資を積み込んで配給を続けてられるそうです。

いわき市訪問は今回が初めてで、バンに積み込んだ大量の支援物資を平競輪場に届けてきた帰りだという。

「それなら皆さん、アリオスを通り過ぎてきちゃったんでよ。Uターンして戻らないと」

「ああ!やっぱりネ」

山すき


などと話してる間に、クルマはアリオスに着きます。

まずは受付に行き、挨拶と記帳。

山すき


受付の人たちも、ボランティアで、内陸の郡山などから駆け付けてきておられます。

マレーシアからです。東京からです。

それぞれに自己紹介をしますと、「わざわざ遠くから、ほんとにありがとうございます。すみません」。その後、多くの方に会いましたが、謝らなくても良いですと思わず言いたくなるぐらいに「すみません」という言葉が出てきます。

来る日も来る日も「すみません」と言い続けていると、相当なストレスが溜まるはず。絶対に謝らせちゃあいけません。

「困った時はお互い様。今回はお手伝いさせてもらいますが、いずれこっちが困った時は頼みますよ」な対等な関係性を築かなければならないと思いました。


山すき



アリオスには140人が避難。大半が、30キロ圏内からの方々。

通路や会議室に毛布を敷いて、所在無げに寝っ転がったり、座って隣の人とボソボソと話をしたり。しかし、3週間経って、すでに避難所疲れの様子です。

わたしなんかは、話しかけるの迷惑かなと臆してしまうんですが、わたしの相棒になった5人は、積極的に多くの人に話しかけている。

話しかけられると、たいていの人が、今の状況などを詳しく説明したりされてます。「よくぞ聞いてくれた」という喜びさえ感じました。

見ていて、『ああ、なるほど。その心理、分かる。誰かが自分に関心を寄せてくれると、俺も嬉しいもんな』と納得しました。


アリオスのあと、消防署の隣にある体育館も避難所だというので、様子を伺いに行きました。

避難所の様子を直に見て、そこの人たちの話を聞いて、マレーシア救援機関として、これからの支援をどうしようか模索するためです。

体育館には、80人ぐらいが避難されてる。海岸地域からの人たちです。

こちらはご高齢者が多く、入口に車椅子が数台置いてありましたが、ひょっとして数が足りないのでは?あるいは、体育館内ではご老人同士でマッサージをし合う光景を見ましたが、こういうところでお手伝いができるのでは?

わたしとしても、いろいろと出来そうなことを考えています。

さて、各国の被災地で支援経験を積んでいるマレーシア救済機構のサイード氏の談話でもって、今回の記事を締めたいと思います。ちなみにサイード氏は、半導体の設計者として数年間日本に住んだ経験があり、また日本に住んでいる時に、ボランティアで独居老人の住まいに通って食事を作ったり話し相手になったりされてました。日本通であります。

「日本に限らず、当初は支援にも熱が入って、多くのボランティアが働いているが、3ヵ月~4ヶ月と経つうちに、被災地の外に住む人たちは日常生活に追われてしまって、支援のことを忘れてしまうというのが、一般的。

しかし、ほんとの勝負はそこから。

よそに逃げ場所がない被災地の人たちは、取り残された孤独感に陥り、最初の頃こそありがたかった差し入れも美味しくなくなってしまう。

さらに、”人様に迷惑をかけてはならない”という日本人のメンタリティは美徳ではあるが、逆に”助けて欲しい”という声を上げるに上げられず、高齢者など、この夏以降倒れる方が増えるのではないかと懸念している。

わたしはマレーシア人だが、自分の経験を活かして少しでも東北の復興に役立っていきたい


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