出雲大社へ


生まれ育った出雲の生家へと転居したので、
これは出雲大社へ報告に行かねばならないと、
思い立って参拝したのが、十二月八日のこと。
まったくそんな意識はなかったのだが、
どうやらその日は、夕刻4時、神在月最後の行事、
出雲大社境内にある19社の神々がお立ちになる日で、
「お立ち~お立ち~」と唱えられながら、
「神等法出祭(からさでさい)」の執り行われる日であったようで、
奇しくもそんな日と符合したのが不思議でもあった。

長い参道を経て、境内に入り、
拝殿で、ここ出雲大社独特の「二礼四拍手一礼」するのだが、
一般に「二礼二拍手一礼」の作法に馴染んでいる人は、
奇異な思いをされるのかもしれない。
この地の他の神社でも四拍手することはない。
それほど別格の神社であることの矜持でもあるのかもしれない。

この日、晴れやかな心地になれたのは、
挙式を終えて、記念写真に納まる
新婚のカップルの、ほほ笑ましい光景と出会えたことである。
ここ三年あまり、このような光景を見ることも、
撮影依頼を受けることも、絶えてなかったことなので、
妙に懐かしささえ込み上げてくるのである。

拝殿から本殿へと拝礼したのち、境内をぐるりと回るのだが、
いつも思うことは、この社(やしろ)の光の演出が絶妙なことである。
光をさまざまに表現する建築的な細部の工夫もさることながら、
朝、日が昇り、昼、高く降り注ぎ、そして日の下がる午後へと、
山を背に、光を受ける社殿の向きも、
巧みに計算されているような気がするのである。
境内をぐるりと迂回すると、本殿の真横に当たる場所に、
一見見逃してしまいそうなところに、
目立たないが小さな拝礼所があって、
そこは、御神体が向いている方向に立つ場所とされる。
本殿の向きと御神体の向きが90度違うと云うのも、
さまざまな要件を合致させるための、
考え抜かれた末のひとつのあるべき姿なのであり、
古代人が何よりも大切にしてきた世界は、
現代人には、及びもつかない幽玄世界なのかもしれない。

すると、ふと懐かしい人から届いた便りの中に綴られていた
「しずく」と云う言葉が脳裏を去来した。
虚を突かれたようで、はっとした。
長らく忘れていたものを呼び起こされたような思いである。
「しずく」とは、静かに時間をかけて、
ゆるやかに、したたり落ちる水滴のことである。
晴れ渡った今日の日は、
光が神殿をまるで交響楽を奏でるかのように、
あでやかに演出するが、
転じて雨の日は、神殿をしたたり落ちる、
透き通った水のしずくが、
手を合わせる人々の肩にぽとりと落ち、
それは、やがて胸の中にまで沁み入っていくだろう、
そんなさまを思い浮かべた。

帰路、参道横の池では、鯉とカモが戯れていた。
それは、まるで違う世界に生きるものたちでさえ、
共生できることを暗示しているようで、
しばし、その色の著しく違うものがクロスするさまに見とれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出雲大社へ/朗読版

 

 

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「だんだん」は、出雲地方独特の方言で、ありがとうの意です。

 

 

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