短編小説『恋文』

お久しぶりです。
お元気ですか。
あれから、どれだけの時が流れたのか、もう記憶の糸を手繰り寄せるのも覚束ないほどで、お恥ずかしいしだいです。
そんな折りに唐突に便りを出して、いきなり驚かせてしまいましたね、ごめんなさい。
それと云うのも、実は今日とても不思議な出来事があって、もしかして、これと似たことはあなたの身辺でも今起きているのではないかと、妙な胸騒ぎに駆られてしまい、思い余りペンを取ったしだいです。

憶えておいでですか、あなたとはじめて逢った日のことを。
あの日は、村の鎮守の夏祭りで、十歳になったばかりのあなたは涼し気なゆかたを着て、おばあさまとふたりお参りに来ていましたね。
二十歳になったばかりで、都会から帰省していたぼくはと云えば、足の悪い母の介助をしながら、長い石段をやっとの思いで上り切ったばかりで、息せき切っていました。
母は、あなたのおばあさまには、とても懇意にしていただいていて、境内で鉢合わせた時は、うれしさのあまり、長い立ち話になってしまいました。
突っ立って手持ち無沙汰にしているあなたとぼくに、やっと気づいた母は、ぼくに、あなたを連れて出店でも回って、少しの間遊んであげなさいと、財布から取り出した札を一枚ぼくの手に握らせた。

それから、ふたりきり、実に不思議な時間を過ごしましたね。
初対面では人見知りしそうなあなたとぼくでしたが、なぜか気が合ってすぐに打ち解け仲良くなってしまいましたね。
金魚すくいをしたり、くじ引いて一喜一憂したりと、あの時のひとコマひとコマが懐かしく思い起されます。
そして、大切なのはここです。
少し休もうと、木陰にあった大きな石の上に腰掛けていた時、二頭のアゲハ蝶がひらひらと飛んできて、目の前の地面に降り立った。
まるでぼくたちが目の前にいることなど意に介するふうもなく戯れている。
「どうやら、恋がはじまったようだね」と、ぼくが言うと、あなたは、愛らしい笑みを浮かべてぼくを見上げましたね。
あの瞬間、合った目と目の語らいは、今でもしかと目に浮かんできます。
「一瞬の永遠」と呼べるような瞬間があるとすれば、あの瞬間のようなことを云うのではないかと思ったほどです。
ずいぶん長い時間ぼくたちは、黙ったまま見つめつづけていましたね。
そして、しばらくすると、もう一頭の蝶が割り込んできて、邪魔をしはじめましたが、二頭して追い払ってしまいましたね。
そこで、ぼくたちはまた、驚いたように目を見合わせて、なぜか笑った。

そのお参りが機縁となり、お盆にぼくが帰省すると、あなたのおばあさまが、決まってあなたを連れて、ぼくの家に遊びに来てくれるようになりましたね。
母はぼくに何も云いませんでしたが、あなたのおばあさまとの間で、何かしら、ぼくたちに淡い願望を抱いていたのかもしれません。
母は、いつもぼくに押しつけがましいことは何も云わず、遠くから見守る、そんなタイプの人でもありましたから・・・。
そうして、一年一度きりの出逢いを何年ほど繰り返したでしょうか。
知らず知らず、遠く離れたぼくたちは、いつしかそれぞれの地で、それぞれに別の縁を結んでしまいましたね。
若いとは、夢に憧れながらも、目の前の欲望に負けてしまう未熟さも等しく抱えているのでしょう。
それから、十年ばかり過ぎてから、ぼくの父が病に倒れたのを機に帰郷したのですが、一年ほどで、父が亡くなり、その葬儀にあなたも駆けつけてくれて、ぼくは、喪服姿の見違えるほどに成長したあなたを、不謹慎にも、喪に服すべき身でありながら、遠くから眩しく見ているぼくがいたのです。
別れ際に、少しお話しできましたね。
悔みの言葉と、あたりさわりない世間話をしたにすぎなかったのですが、あなたが終始やさしい笑みを浮かべてくれていたのが、目に焼き付きました。
そして、あなたは、最後にぼくに、こう云いましたよね。
「憶えていますか、あなたが北海道旅行をなさった時のお土産だとおっしゃって、わたしに、木彫りのペンダントをくださったこと。あれを、わたし、今でも大切に持っていますのよ」
恥ずかしいことに、ぼくはあなたにそう云われてはじめてそのことに気づく始末だったのです。
あなたのやさしさが痛いほど身に沁みました。
そうしてぼくたちはまた別れていきました。

この長い手紙もそろそろ終わりにしなきゃいけませんね。
あれからもう四十年近い歳月が流れてしまいました。
このお盆に、ぼくは何を思ったのか、実家へ墓参の折りに帰った時、なぜかわけもなく、鎮守の杜へお参りに上がったのです。
そして、こんなことがあるのでしょうか。
いや、あってよいのでしょうか。
人っ子一人いない境内、蝉しぐれだけが杉木立の上から止みまなく降ってくる。
そしてぼくは、あの日ふたりが腰掛けた石にひとり腰掛けた。
すると、あのときそのままに、二頭のアゲハ蝶にまた出逢ったのです。
そして、あのときそのままに、二頭のアゲハ蝶の戯れが再現されたのです。
腰掛けた石も蝶も、すべてがあの日のままなのです。
このことを僕は、何と理解すればよかったのでしょう。
それは今でもわかりません。
ただ、あなたが今どうしているのか、そのことだけが、頭の中で右往左往、闇雲に行ったり来たりするのです。
あなたが、変わらず、日々元気に過ごされていること、願うばかりです。
ただ、不思議なものを再び観たことから、こうして、あなたに手紙で語り掛けずにはいられぬ縁ができたこと、そして、そう思えたことを、とてもうれしく思っています。
このことを是が非でも、あなたに伝えておきたいと、そう強く思ったのです。

こうしてお便りするのは何十年ぶりでしょうか。
今ぼくは、あなたがくれたたった一枚の写真を手元に置いて、
この手紙をしたためています。
小学校を卒業したときの、綺麗に髪を切りそろえた、おかっぱ頭の少女が、ぼくにやさしく微笑みかけています。
可愛さの奥に、少し大人びた女性の雰囲気も漂っていましたね。
そのことが、僕の胸を熱くしたのです。

気掛かりなことが、ひとつあります。
長らく疎遠にしておりました。
もしかすると、この便り「あて所に尋ねあたりません」とゴム印の押された、届かない手紙になるのではないかと、一抹の不安もよぎりますが、きっと、この思い乗せた風の便り、あなたのもとへ届いてくれると信じてペンを置きます。
お元気で。

                                    机下
 

 

 

 

 

 

 

 

短編小説 恋文~往信

 

 

あの素晴しい愛をもう一度 ✦ 加藤和彦&北山修

 

 

古くからの友人、高木早苗さんが、松江市観光大使を務める京太郎さんと、

ご当地松江を舞台にしたデュエットソング、

『さよならだんだんまた明日』をリリースされました。
とても素敵な歌ですので、是非聴いてあげて下さい。

不肖私めの撮影した写真も少しだけ入れてありますので、よろしくです。

 

「だんだん」は、出雲地方独特の方言で、ありがとうの意です。

 

 

 

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