海軍無線電信所船橋送信所は1915年4月に開設された無線送信所である。1916年には逓信省の通信所が併設され関東大震災の際には救援活動に貢献した。この無線送信所が有名になったのは太平洋戦争開戦時にニイタカヤマノボレ1208の電文を送信したことである。戦後は解体され跡地は行田公園となっている。今回はその跡地を散策した。
(2012.12.25探索)
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まずはこちらをご覧いただきたい↓
謎のミステリーサークルがあるのがお分かりいただけようか。
(見にくい場合は地図の大きさをかえたりしてみて)
この円形の道路は無線送信所時代からの名残りなのである。
まずはそこに行ってみよう
円形の道路上↑
ここが無線送信所との境界線だった
さてさて行田公園に足を延ばしてみる
ここには記念碑が建っている。
場所的には行田公園は9号線を挟んで左右に分かれているが行田中側の西メイン広場入り口に立っている。
さてさてまたまた円形の道路を歩いていくと↓
境界杭があった
なんとそこには↓
海軍と書いてあるのがお分かりいただけるだろうか?
税務大学校と9号の間の畑の隅にあった。
これは海軍時代の名残りである。
今回は見れなかったが他にもいくつかこのような杭などがあるようだ。
ということで今回の探索終了!
以上ブロムでした~
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