人生の価値観において、私が最も重要ではないかと考えるのは「仕事」と「人間関係」、そして「家庭」です。


その3本の柱を支えるのが「健康」と「趣味」だと思います。


自分にとって仕事とは何か
仕事において重視するのは何か
何で生計をたてるのか…etc


人間関係は自分にとってどういうものか 
どういう付き合い方がちょうどよいのか
人間関係において何を重視するのか
誰と付き合うのか…etc


配偶者や子供との付き合い方
家事と育児との付き合い方
家族像…etc



掘り下げるといくつもポイントが出てくるかと思います。


どうありたいか
何が自分にとって心地よいか
何が適しているか
何が重要か
何が譲れないか 


価値観に沿った形にするには、どうすれば良いのか。


他人は変えられない。

協力はお願いできる。

試行錯誤しながら真剣に検討する。


「深刻に考えずに、真剣に考える」という言葉があります。


まさに、それが大事なこと。


起こるかどうかも分からない未来について深刻に考えるより、「今」について真剣に考える。


深刻に考えると冷静でいられなくなる。


自分と今を客観的に正しく把握できなくなる。


過小評価か過大評価へ振れる。


何がどれくらい出来ていて

何が出来なくて

何が苦痛で

何が心地よいのか

手放すものと欲しいものをハッキリさせる



イチロー選手は「考えながら動く」そうです


考えるだけで動かないのはいけない

ただ何も考えずにがむしゃらに動くのもいけない


"人間は考える足"って偉い人が言った言葉を思い出しますね。


私はまず「人間関係」と「仕事」について取り組みたい。


仕事に関しては年を重ねると新しいことを試すことが難しくなる。
 

仕事においてもプライベートにおいても人間関係は切っても切り離せない関係。


他にも色々と問題はある。


私は全体像を把握するのが苦手です。


考えることが多くなるとパニックになるのです。


あれもこれもしなきゃと思うと、自分には到底無理だと感じ戦意を喪失します。


そうして、いつしか気づいたら何でもダラダラやるようになっていた。


ダラダラでも手を動かしていれば、いずれ終わるから。


焦ると失敗する。急ぐとミスをする。


早く出来ない
私には到底無理だ


考えることをやめてしまう


問題を分解・分析することが苦手なので、全体像を把握しようとすると大きいまま物事を見てしまうのです。


あまりの大きさに恐怖する。


すべての問題は分析すれば分解でき、小さな問題に小分けしていけば、解決できるそうです。(本によると)


私は考えるのも手を動かすのも遅い。人より頭が悪い。


私は変わっていて変な人間だ。


私は未熟さゆえに人として醜い部分をさらすことがある。


認めよう。


まずは、認めることから。


だから、どうするのか。どうすればいいのか。


自分には何も出来ないと断言するのは簡単だ。出来ない理由を並べるのも簡単だ。それは思考停止を意味する。


考えることをやめたら前には進めない。


もう同じところでグルグルと苦しむのは嫌だ。


自分は何処に行きたいのか


どうやったら行けるのか


何が障害か


障害はどうやったら取り除けるのか。
あるいは回り道はあるのか。


考える。調べる。実践する。修正する。


時々休む。リフレッシュする。


自分を信じる


自分の可能性を信じる


みんな何かの可能性を持っている


私はダイヤモンドにはなれない道端の石


ダイヤモンドに憧れても仕方ない


不格好でも色が悪くても


何かになれる


何かになる