マタギと山の主 カゴ山の巨熊
連綿と受け継がれたマタギ習俗 畏敬と神信仰
そこは奥深き神秘の山 想像を絶する威容が阻んだ
暗闇の中で微かにひかる巨熊の眼光 頭を持ち上げたその瞬間
鉄砲の引き金が引かれた 弾丸は前頭部に命中
巨熊の悲鳴 山のうねり 大量の血が熊穴に溢れた
やがて山は雪から雨へと急変した
熾烈を極める急峻な岩山「カゴ山」
昔のマタギは先祖代々女子山と呼んだ
八木沢マタギ
この記録は聞き取りと実証を基に余すところなく書き上げたものである

熊は山の神さまからの授かり物 カゴ山(486)2013.11.30
人を寄せつけない八木沢集落南西に聳える岩山のカゴ山は先祖代々からマタギ衆は女子山と呼称していた。良蔵マタギはここで生まれここで育ち15から鉄砲を所持、山を知り尽くした親方マタギではあるが初めて足を踏み入れた未知の山でもあった。鋭い勘のマタギはカゴ山で生涯最大級の熊との熾烈を極めた嘗て無い壮絶な狩りを顧みた。66年12月15日、狩りで出羽からナガネを歩いていると巨大な熊の足跡を発見、熊は冬眠穴に向かっていると確信し翌16日、二人の勢子を引き連れ熊の足跡を追ったが岩場で幾つもの難所に阻まれマタギは鉄砲を勢子に背負わせ岩場をよじ登りやっとの思いで冬眠穴についたと意中を語り始めた。※出羽(下流)からナガネ(稜線)はマタギ言葉。
【聞き取り】
1966(昭和41)年12月15日 小雪降る中、八木沢集落の南西に位置するカゴ山へ一人で狩りに出かけた時のこと、降り積もる雪に冬眠直前の巨熊の足跡を見つけた。翌16日、午前7時頃、良蔵マタギは勢子二人(村田勇、佐藤良広)を引き連れ、昨日見つけた岩山の場所へと三尺(約90.9㌢)も降り積もった雪をかき分け、やっとの思いで熊の足跡にたどりついた。熊は巨大な体を引きずり、断崖絶壁を横切っていた。三人は岩場にへばりつきながら熊の足跡を追い、ついに熊の冬眠する穴にたどりついたのが午前10時頃、熊はゴヨウマツの倒木の根元に掘った穴に入っていた。穴は二つで真新しく掘った土や木の小枝が断崖に散乱し穴から漂う獣の匂い、間違いなく熊がいると確信したという。10時30分頃、良蔵マタギは猟銃を構えながら恐る恐る熊穴を覗いたその時、暗闇の中で微かに目が光った気がしたので猟銃を構えると熊が頭を持ち上げたその瞬間、二連発銃の引き金を引いた。弾丸は頭に命中した瞬間、山のうねりのような悲鳴が鳴り響き一瞬にして熊穴が真っ赤な血の海へとなった。
射止めた熊の頭から大量の血が止めどもなく流れ出ていた。熊は死ぬ間際に大きな唸り声をあげると先人のマタギたちから代々語り継がれていたので唸り声が出ないうちは、そばに寄りつくものではないとされた。結局、この巨熊は、たった一晩、穴に入っただけの雄熊で体重約二百㌔を超す大物、このあと勢子の良広が熊穴に入り体にロープを巻きつけてから三人で穴から引きずり出したが大変だったという。引きずり出した巨熊を断崖絶壁の岩場から突き落としたが、まるで大木が岩から落ちたときのように「ゴーンゴーン」と凄まじい音を立てながら落ちていったが巨熊の体は無傷で不思議だった。丁度 この頃、山は雪から雨へと変わったと山の急変に驚いた。数多くの熊を射止めるなかで生涯最大級の熊、これ以上の巨熊を射止めることはなかった。集落に運ぶと一目見ようと村中の人が集まり大騒ぎで歓声と歓喜で溢れ、解体された巨熊は集落の一軒一軒に「わしゃど」(子供)によって平等に振る舞われた。「わしゃど」が熊肉を配る風習は先祖代々から引き継がれた風習で熊は山の神からの授かり物とした。
【射止めたカゴ山の巨熊 ♂】
右:集落最後のマタギ 佐藤良蔵 / 左:勢子の村田勇 1966.12.16

巨熊から摘出した弾丸(熊弾) 発射された実物熊弾(1950年代製)
2013年5月26日(日) 晴 カゴ山の調査(11:30~14:30)
樹木:ゴヨウマツ、スギ、ブナ、クロベ、ムラサキヤシオ、ヤマツツジ、リョウブ、アカシデなど
聞き取りを基にルート、装備などを事前に準備をして単独で調査を決行、最も関心があったのは背景とする山の生態系、巨熊の冬眠穴付近の考察であったが、いざ入山をすると想像以上の厳しい山で唯々驚いてしまった。
11:30 危険を覚悟で単独入山、斜面はガレ場で岩や石がゴロゴロ散乱、地表にはゴヨウマツの葉が何層にも堆積するような斜面、傾斜約75~85度を四つん這いになり急斜面を登るが下山のときが危険、滑落をしたら助からないだろうと心の中で呟きながらもマタギが歩いたルート、射止めた冬眠穴、その生態系など、マタギが巨熊を射止めるまでの様子をこの目で体感したいと稜線にたどりついた。周囲の樹木はゴヨウマツやスギで覆われていたが圧倒的にゴヨウマツが多く、岩の割れ目にへばりつくゴヨウマツが至る所にあって太古から循環し世代交代をくりかえしている神秘的な山を五感で感じた。
・見事なゴヨウマツの純林が密生する生態系に圧倒

ゴヨウマツ(五葉松、学名: Pinus parviflora)マツ科マツ属の常緑高木
稜線ナイフエッジ バランスを崩したら谷底に滑落 生存不可能だろう
胸を突くような斜面を恐る恐る岩肌をよじ登るがこれ以上は進めない
冬眠したと思われる熊穴に進むのは危険すぎて途中で断念 引き返す

熊穴は東側岩場の斜面(中腹)にあると推測

この岩場は一枚岩の垂直岩盤で恐怖
撮影場所に苦慮 足が震えた
下山も身震いをするほど恐怖で写真撮影する場所も困難、熊穴は中腹の窪地にあると思われるが無理、この斜面をマタギと勢子が横切ったと思われるが想像を絶する狩りで唯々驚くばかり、ようやく撮影場所を見つけたが滑落をしないように樹木に体を巻きつけて撮影をし終え恐る恐る下るが南西側は深い谷底でムラサキヤシオツツジと淡紅色のイワカガミが鮮やかに咲き誇り心身が癒される思いがする。

切り立つ痩せ尾根、バランスを失ったら深い谷底に滑落すると無縁仏

ゴヨウマツの樹幹に熊のカジリ痕
ゴヨウマツの巨木に熊のカジリ痕、この付近で熊独特の土臭さとホコリ臭さが漂う
樹齢数百年ものゴヨウマツの根もとに生々しい熊のカジリ痕、獣臭さが漂う不気味な稜線、熊は冬眠間近に松ヤニの皮を食べ便秘状態にして付近の穴に冬眠をする野生動物特有の縄張りを示す習性がある。ここでの生態は個体が冬眠場所の近くで木にカジリといって歯形をつけ樹木の幹を上から下に向って噛んでいると熊はその近くの穴に冬眠をすると言われ、冬眠直前になると松ヤニのある「ヒメコマツ」(マタギはヒメ・ヒメと呼称)などの皮を食べ、肛門に栓をして便秘状態に胃腸を整える。この行動はゴヨウマツ,アカマツ、カツラの木でも確認される。また、熊は冬眠穴から出ると沢伝いの山菜などを大量に食べ排便をくりかえすが最初は硬い便が排泄されている。
【不思議 自然界に起きる現象に取り憑かれた】
岩場とムラサキヤシオツツジ、熊のカジリ痕付近で怖い思いをした。
一帯は常緑針葉樹のゴヨウマツの純林で覆われ圧倒、切り立った稜線、南面は深い谷底、不思議な怪奇現象に取り憑かれた。
南面真っ暗な谷底に仰向けになり死んでいる自身の姿が、そして突然、楽曲の題名【母さんの歌】のメロディーが聞こえてきた。
かあさんは夜なべをして 手ぶくろ編んでくれた
こがらし吹いちゃ つめたかろうて せっせと編んだだよ
故郷(ふるさと)の便りはとどく いろりの匂いがした
遠くから母が私の名前を何度も呼ぶ声が
不思議な怪奇現象が脳裏を掠め怖さと後悔の連続だった
切り立つ稜線からルートを間違わないように慎重に下山したがカゴ山の自然生態系は人を寄せ付けない厳しい自然環境は太古から循環を繰り返し、そこに山の主巨熊が君臨していたとうなずける。それにしても登りの急斜面、ガレ場、ゴヨウマツの密生、熊のかじり跡、獣臭さ、南西方向はナイフリッジと絶壁、巻いて登ろうとするが岩場で難所の連続、どうにか写真撮影をして下山したが想像を絶する厳しい山に驚いてしまった。
2013.11.30 マタギ犬を連れカゴ山の麓に立つと熊の足跡が新雪に残されカゴ山方向に向かっていた。まだ付近にいると思われマタギ犬が後ろ脚で立ち山に向かい何度も激しく匂いをかぎ分けた、その行動は凄まじく間違いなく巨熊はカゴ山に向かっていた。
・カゴ山に向う熊の足跡

2013.11.30 カゴ山の入山口で巨熊の足跡
冬眠間近になると穴の近くに姿を現す 八木沢集落 最後のマタギ犬
マタギは射止めた熊穴に別の熊が冬眠するかもしれないと言った事はまさにその通りかもしれない
・熊の調査記録より抜粋

時々背後を振り向きながら頻繁に匂いを嗅ぎ分ける熊は人間をも観察していた
2009.05.09 15:30
この熊はフキの周りに座って右手でフキを食べていた。熊との距離は約15m、その行動を観察していた私に気づいて走り出し樹幹(カツラ)の根元に身を潜め鼻で私の匂いを頻繁に嗅いでいたが、この時に思ったのは「熊は臭覚で相手方の行動を感知しているのではないか」と。
観察を続けていると熊の行動に変化が表れ始め数分後、熊は元の場所に戻り再びフキを食べ始めたので私も熊に刺激を与えずに忍び足で近づき間近でその行動をつぶさに観察していたが今まで生き物の調査で熊に限らず他の動物でも同様のケースが見られ、自然、動物、人間との関わりは不可思議で昔の狩猟採取を営んだマタギの世界が思い出される。
【熊の冬眠穴】

生々しく刳られた熊穴 入口には無数の毛が付着
冬眠穴にはすぐには近づかない、五感を働かせ慎重に周囲の観察をしながら徐々に接近、 沢沿いの熊穴は冬眠しやすいように奥深く牙と爪で刳られ無数の毛が付着していて生々しく身の毛がよだつ思いがする。この場所、この穴が本来の野生動物の姿かもしれない、昔の八木沢集落のマタギは生き物に対し畏敬の念を抱いたもので今に思うと良く理解できる。

出羽山系の天然秋田スギ、南西側に熊の冬眠穴 2010.10.07 14:06
熊穴(冬眠穴)
熊の冬眠穴は太平山系、標高4~500㍍の尾根からクマタカ(絶滅危惧種)の生態調査をしていて偶然発見した。穴は南面に位置しガレ地、双眼鏡で対岸から調査をしていると突如、熊が冬眠穴から一瞬に出たのに驚いた。数日後、付近を調査すると熊が棲息する格好の生態系にあった。冬眠穴は二か所、いずれも岩穴で斜面が崩落し岩に土砂が幾重にも堆積、乾燥した堆積物は熊が冬眠しやすい恰好の条件でしかも狩猟区ではあるが一度も狩人を見たこともそれらしい痕跡も無い。熊は深い横長の穴を掘り何年も同じ穴に入っていると推測、二か所ある冬眠穴の距離は数十㌔離れておりそれぞれが別の個体と区別され熊の危険地帯と判断されるが調査をする身にとっては常に警戒を怠らずに行動をしながら下山したが緊張の連続であった。
・二つの内、一つの冬眠穴には間違いなく熊が入っていた

熊の冬眠穴 冬眠前後、イタドリの茎を食べていた 2001.4.22
・この穴に熊が冬眠をしていた
12月初旬、熊の調査で熊穴に立つと穴から突然唸りだした
その甲高い唸りに恐怖を感じ雪山の急斜面を滑るように逃げた記憶がある
冬眠穴を1年かけて調査をしてみると入口は南西と北側方向の二か所、主に南西側から出入りしていたと思われる。両穴の入口付近には枯れた太いイタドリの茎が穴に引きずられ食べかすが異様に生々しく、推測すると熊は冬眠穴に入ってもすぐには冬眠せずイタドリなどの茎を食べながら降り積もる雪と共に徐々に深い眠りにつくと思われた。さらに翌年、この冬眠穴を4月初旬、調査をしていると穴から出て沢沿いの山菜等を食べ始めているのが対岸から確認ができた。
・熊の冬眠穴は南面に位置するガレ地にあって 熊が穴から出るのは一瞬

土がはだけた熊の冬眠穴 熊の出入口は二か所にあった(太平山系) 2001.04.22
・熊が冬眠穴から出る時は一瞬
調査でとても驚いたのは熊が冬眠穴から出るのは一瞬で小さな穴から大きな巨体が瞬時に出たのに驚く。この様子をマタギに話すとマタギも「大きな巨体が一瞬で出る」と興奮しながら話していた事が思い出される。その後の調査でこの熊は穴から出ると沢沿いの山菜等を食べ始めるがその行動は穏やかで採食後に固い便を排泄しながら徐々に行動範囲を広げて奥地へと移動をするのが確認でき一定の調査の中で熊は冬眠間近になると再びこの穴に戻っていた。
早春、観察中に裏山で数人の男女が山菜採りをしている様子が対岸から見えたが警告をするにしても数キロも離れており見守るだけであったが数十分後、何事もなく熊は尾根方向に移動していくのを確認、熊も人間も山菜に夢中で気付かずに動き回ることがあるが鉢合わせをするととても危険で特に母熊が子連れであれば凶暴になることが十分予想されるので警戒する必要がある。この冬眠穴は、12月中旬、積雪約45㌢、穴を調査していると間違いなく同じ穴に冬眠をしていた。
岩穴の熊・出産と子育ての様子
熊の冬眠穴は沢沿いのナラの巨木、天然スギ、土穴、岩穴などで確認されたが最も怖かったのが春、出羽山系の赤倉岳(1093)北東斜面、標高約1000㍍付近の岩場であった。雪消えの春、稜線は早春とはいえ数㍍の残雪が残り根回り付近は雪が溶けだし春の訪れを告げようとしていた。
快晴で午前7時30分、旭又を出発、最低限の装備で急斜面を登り稜線に出てから1000㍍級の山塊に降り積もった残雪を踏みしめて尾根から斜面を下りポイント地点に着いたのが10時頃、直線で約7~80㍍、深いV字型の沢を挟んだ対岸、樹木に身を潜め8倍の双眼鏡を両手に岩場の熊穴を覗くと「いた、いた、子熊が一頭、元気に動き回っている」。早春とはいえ子熊はもう真っ黒の毛が体を被い動きも活発だ。熊の交尾期は5~7月、出産は12月~3月頃で冬眠中に出産するが地形や気象、冬眠穴の状況などによって大きく異なり一概に言うことはできないが、この繁殖地での子熊の成長は最も早く、通常の出産は一頭から二頭だがこの繁殖地では1頭の子熊を出産していて母熊は子熊の動きを目から離さずに大きな巨体で寄り添っていた。動き回る子熊の体調は約30㌢を超えると思われ逆算をしてみると冬眠は11月下旬から12月上旬、出産は1月前後と推測される。岩穴の入口は平坦で滑らか、土が乾き動き回る子熊の周りは土埃が舞い上がっているようで冬眠穴は外敵の心配もなく餌や出産、子育てに適した環境にあって毎年冬眠をしているものと断定、観察をしていると活発に動きまわる子熊の首を母熊が離れるたびに口に加えて元の場所に連れ戻す行動が何度も見られ、四つん這いで頭を左右に振りながら子熊から目を離さず見守る様子が確認された。調査で何時間もかけてこの観察場所に足を運び数十分の観察でこの場を離れるのは忍び難いが自然に生きる生き物たちの調査は一対一を基本とし、その中で生き物を刺激しない、調査地点を自然の状態に戻し最終確認をし終えて再び1000㍍級の稜線に出た。出羽山系の長い尾根、深い谷底の大旭又沢、前方に聳える大平山・白子森などの山塊を仰ぎながら残雪を踏みしめ引き返す。
・子連れ親子熊の観察
大平山北東、標高約800㍍付近の急斜面、ブナとナラの混交林帯を下山中に子熊がナラ木の横枝を何度も往復しているのが目にとまった。子熊はすでに私の気配に気づきおどおど動き回っていた。この春生まれた小熊で生後約7~8か月、体調55㌢前後かと思われる。付近には必ず母熊がいると警戒をしながら周囲を見渡すと樹の根元に身を潜め、鋭い眼光で私を凝視、今でも飛び掛かってくるようで緊迫した雰囲気が続いた。熊との距離は約15~20㍍、格闘したら4~50㍍下の沢に転落する。緊迫する親熊との睨みあいが続いたがついに子熊は枝先から前かがみになり地表に飛び降りた瞬間、母熊がけたたましい勢いで上流へ逃げ去るとすぐその後を子熊が追いかけ瞬く間に姿を消していった。
山歩きをしていると必ずと言っていいほど熊を見かけたが何十頭もの熊を観察する中で大平山(1170)東側斜面、標高約1000㍍付近で対面した巨熊との距離約5m、仁王立ちした熊との睨み合いは今でも忘れることができない。
【検証:カゴ山の巨熊とマタギ】
11/15 07:00巨熊の足跡発見、翌16日勢子二人引き連れようやく熊穴に到着(10:00頃)、3時間を要し着いたがここまでたどり着くのに岩場の難所に遮られマタギは猟銃を勢子に持たせ慎重に慎重を重ねやっとの思いで熊穴に近づく。人を寄せつけない険しく神秘の山に冬眠寸前の熊穴の前に忍び足で近づく、熾烈を極める空白の事象、無心の境地、やがて一発の銃弾が発射された。
超越をした狩りの検証 検証は奥が深く未知の世界
「熊は山の神様からの授かり物で山の神からの恵」とする
マタギ精神にたどりついた
〈ポイント〉
① マタギはカゴ山には過去一度も狩りで歩いたことのない未知の山。
➁ 若い経験豊富な山歩きの勢子(村田勇、佐藤良広)に支えられた。
③ 雪を活用、岩場に付着する雪を踏み固めて足場をつくった。
④ 長年の熊狩りで経験豊富、洞察力、観察力、射撃の腕前、知識と経験、技術。
⑤ 熊に対する畏敬、「熊は山の神様からの授かり物」集落みんなの恵みとするマタギ精神が先行。
⑥ 山の神からの享受。
マタギの超越した狩りの手腕は人間技の域を超えていた。岩場の急斜面を勢子に支えられやっとの思いで熊穴に近づいた。二人の勢子は距離間を開け緊迫した状況を見守った。マタギはタイミングを見計らい、つま先・忍び足で熊穴に近づき穴を覗くと巨熊が頭を上げた瞬間、実弾(熊弾)を発射。熊は死ぬ間際に大きな唸り声をあげるので唸り声が出ないうちは、そばに寄りつくものではないと先人からの教えで近づかなかった。結局この巨熊は一晩冬眠に入っただけの200㌔超の雄の巨熊であった。熊穴は非常に小さく頭部が入るか入らないかの間口に勢子が入り熊の体にロープを巻き付け引きずり出し岩場から転がしたが途中で何度も樹木や岩場の割れ目などに引っかかり、そこに三人が斜面を下り突き落とし熊は沢でとまったと断定。多分、数百㍍の地点からマタギと勢子は急斜面を降りるのも至難の業、また落とした熊を探すのも大変、さらには沢に落ちた200㌔超の巨熊を引きずり上げるのも大変だったろう。射止めた熊は集落に運ばれ皆の前で毛裂きをして肉は皆に平等に分配されたが、この風習は先祖代々から受け継がれてきた八木沢マタギの儀式、熊は山の神様からの授かり物とし熊肉を配り歩く役目は子供の役目であった。
半世紀以上前の記憶であるが二人の勢子とも狩りで一緒に巻き狩りに参加をしたことがある。二人は足が速く身軽で急斜面の山では追いつくのにつらかった。また良蔵マタギとは熊狩りや巻き狩りで何度か勢子として仲間に入り狩りの様子を見たが猟の技術はずば抜けていた、忍び足、雪山でカンジキをはいて歩くが雪に埋まらず身軽に歩き飛び跳ねや俊敏に体を180℃回転させる行動など、洞察力、勘の鋭さに感銘を受けた記憶がある。
2009年春、良蔵マタギは鉄砲を返納し引退「今やめなければやめられない」と本音を語る八木沢集落、最後のマタギであったが、惜しくも2013年12月未明、山の神の嘆きだと思うほどの猛吹雪の荒れ狂う日に家族に見守られ安らかに89歳の生涯をとじた。この月日はあの「山の主」200㌔超の巨熊の足跡を見つけた同じ日で偶然重なった。また、葬儀も集落のマタギ文化を後世に伝えようとする直系と同じ誕生日に営まれた。マタギ即ち、マタギ文化を主軸とする一本の線は固く結ばれ深い因縁のなかにあって人智、魑魅網魎の未知の世界でもある。生前、良蔵マタギはマタギには長い歴史がある、動物は感が鋭いので気づかれないよう 皆が心を一つにした。熊は山の神からの恵み、射止めた熊は集落のみんなに振る舞う。振る舞う役目は子供で昔からの風習、長いマタギ生活や慣習のなかで、猟期が近づくと気心の合ったマタギがそれぞれ親方の家に集まったものだと言い残した。
1966年初冬、あの八木沢集落の南西に聳えるカゴ山で射止められた巨熊の遺物、「毛皮」は半世紀過ぎた今なおも時代から取り残されることなく壮烈な姿で子孫の手によって手厚く祀られ連綿と受け継がれ「畏敬と神信仰」を本髄とする八木沢マタギは今尚も集落に漂い続けている。
資料と検証・考察:佐藤良美(集落最後のマタギ 佐藤良蔵の三男)
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八木沢マタギ 有形民俗文化財
鷹とマタギは何か共通をしている
ー後世に語り伝えたい「八木沢マタギ」200年の歴史ー