神を降ろす事について(追記あり) | 山内麗花♡次元を超えるメッセンジャー&ヒーラー♡

神を降ろす事について(追記あり)

魂の輝きを放つあなたへ

麗花です。

神を降ろす事について、否定する記事を目にしたので、麗花の考えを書こうと思います。

どちらの考えを採用するか?は、読む方の自由だと言う事を、先にお伝えしておきます。


神を人に降ろす事は、太古の昔から、どの国の歴史上でも、行なわれてきた事です。

日本では、神社で太鼓を叩いて、祝詞や、『おぉぉぉーー!』と声を出して、神殿の神籬(ひもろぎ)に神を降ろすように、麗花は神の依代(よりしろ)として、そのエネルギーを、身体に降ろしています。
自分の身体が、神の御社(みやしろ)であるのです。

何故なら、そう決めて生まれて来たからです。
そして計画通りに、この身体を使ってきました。


基本的に、この世界は、自分自身が作っています。
自分の設定が、目の前に現れる訳です。

となれば、
『神を降ろす事は出来ない』
…と、強く信じれば、その人には、そのような世界が現れます。

神は、人よりも偉大な存在で、ちっぽけな存在である人には、降ろす事など出来ないと、そう信じて疑わないからです。

ですが、麗花の考えは、違います。
『人は神であり、神もまた、人である。』
そのように、大国主様から教わりました。

人の魂の本来の輝きは、神と等しきものであるのです。
私達は、八百万の神であるのです。
その事に気付く事が、本来の力を取り戻す事に繋がるのです。


もちろん、人には器の大きさというのがあります。
エネルギーの容量と言えば、わかりやすいでしょうか?

大きなエネルギーを循環させる役割のある者は、当然、大きなエネルギーの許容量があります。

その代わり、繊細なエネルギーは、わかりません。
微細なエネルギーを感じていたら、大変過ぎて、大きなエネルギーは廻せないからです。

そして、微細なエネルギーを感じ取れる者は、大きなエネルギーを扱う事は出来ません。
薄くて小さな入れ物に、重くて大きな物を入れたら、壊れてしまいます。

人それぞれ、使いどころが違うのです。
役割ごとに、適応出来る身体を持って、生まれているのです。
ただそれだけの事です。

どちらが優れているという事ではありません。
そのどちらもが、目的に沿って使う事で、優れた器となるのです。

自分だけを基準に考えるから、本質が見えず、自分以外の他者を、否定するのです。


それから、自分の魂が行ったり来たり…というのは、麗花の場合、降ろしてる最中は、無いです。

これは、亡くなられた方々を送っていた時から変わりませんが、こちらの次元に自分が居ないと、送る事や、迎える事が出来ないからです。

しっかりと地についていなければ、天と繋がる事は出来ないからです。

そして、降ろしてる時は、自分の中に居るのですから、当然見えません。

但し、ビジョンが見えている時には、魂や意識の一部を、飛ばしてるのだと思います。


これまで麗花は、大国主様や、イエシュアや、松の龍神や、姿無き者達を、メッセージだけでなく、写真に写し出す事によって、その存在を証明してきました。

これからは、全ての存在達のメッセージを伝える際に、そのエネルギーを体感して頂く事で、更に多くの方々に、証明していきたいと思っています。


全ての者達と共に 愛を込めて

山内麗花