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2011-07-15 16:55:30

ソーシャルメディア革命 立入勝義

テーマ:何のことやら
ソーシャルメディア革命 (ディスカヴァー携書)/立入 勝義

下記の内容は本日付の「フライバー応援メルマガ58号」を転載したものです。


すでに株式会社せいるとお取引にある企業の皆さまはご存知のことと思いますが、7月31日をもって株式会社せいるはフライバー事業からの撤退を決定しました。撤退後の対応につきましては、書状の通りです。


現社長の関廣子氏も、昨年亡くなった関俊昭氏が見つけてきた商材で、これからという時だったので、苦渋の選択だった、とお会いした時におっしゃっていました。ご存知の通り、株式会社せいるは仙台を本拠としておりますので、この度の東日本大震災の影響が大きかったものと思われます。


それでは、このフライバー応援メルマガもこれで終わりか? というともちろん終わりではありません。前にも書きましたが、わたし自身は、ビジネスとしては、このフライバー&ポゴを「ライフワーク」と位置づけています。また、フライバーやポゴスティックが日本国内に定着していくことが、亡き関俊昭氏の労に報いることだと思っています。

3.11以後、世の中は大きく変わりました。オール電化を莫大な広告費を使って宣伝していた東京電力が、今では、「節電」のお願いをしているのです。産業界に君臨していた電力王国が一夜にして崩壊してしまったのです。


わたしたちは、この今いる世界の「脆さ」を計らずも体験してしまったのです。



わたしたちの生活が「原発」という一度事故が起これば国そのものを滅ぼしてしまうような「モノ」に支えられていたことに愕然としました。しかし、この期に及んでもまだ「脱原発」、「原発推進」、「原発維持」というような議論しか起こりません。


今回の福島第一原発の事故は、見方に依ればかなり幸運だったようにも思います。よくここまでで済んでと。だから、これを教訓にして、もっと安全な原発を作るんだ、というのが原発推進派の考えですが、真っ当に考えれば、もう次はありません。次に同じような事故が起これば、日本は無くなってしまうことだってあり得るのです。


だから、先週も書きましたが、日本に54基の原発があって、今でも日々使用済み核燃料が増えているという現実を理解しなければなりません。間違えたのは、「日本に原発を作ってしまった」ということです。昔から、そして今でも運を天に任せるしかないのです。運を天に任せながらも、どうやって原発を『無力化』していくかがこれから行うべきことです。原発は、いらなくなっても、それで終わりにはなりません。世の中のほとんどのものは、壊れれば、産業廃棄物でも、その捨て場所に苦労はあっても、そのもの自体は『無力化』してしまいます。しかし、原発はそうはならない。事故を起こさなかった原子炉でも、廃炉に10年、使用済み核燃料は、何万年も冷却し続けなければなりません。原発が電気を生み出しているうちは、その廃炉の費用も、使用済み核燃料の冷却費用も電気代に上乗せできますが、原発が発電所として機能しなくなった時は、誰がその費用を賄うのでしょうか。


もし、今、浜岡原発のある東海地方に直下型の地震が起きたら、どうなると思いますか? たしか、ちょっと前に菅さんが、浜岡原発は停止させたよな? だから、原発は大丈夫?


では、ありませんよね。浜岡原発はたしかに原発として発電はしていませんが、原子炉の中には核燃料棒が入っています。いわゆる冷温停止状態ということです。福島第一原発事故で、今月中旬までにやろうとしている、安定した原子炉の状態です。が、もしそこに地震が起きて、それも直下型のマグニチュード8クラスだったら、果たして冷温停止させておけるでしょうか? それより、原子炉そのものが持つのでしょうか?



原発を停める、停めないの議論は、不毛だと思います。議論をしてても地震が起こらない保証はどこにもないからです。54基の原発の存在そのものが、脅威なのです。それは、3.11以前も以後も変わっていません。

現実を直視することです。54基の原発があって、そのうちの4基からは、放射能が漏れている。その他の原発は、稼働しているものもあれば停止しているものもあるが、1年以内に全部の原発が停まります。停まっても「脅威」に代わりはありません。だから、推進派は、再稼働を主張します。なかなか表に出てきませんが、動かしても、動かさなくても、脅威なら、動かせばいい、というのが推進派の論理です。


論理的に考えれば、筋が通ってます。安全性と社会生活と効率を天秤にかければ、折角大金を掛けて作ったのですから、発電してもらったほうがいい。原発なしでもたぶん真夏のピーク時でも電力需要は賄えるでしょうけど、折角ある原発を動かしたほうが効率がいいのも確かです。


しかし、これから、一旦停めた原発を動かすのは容易なことではありません。ストレスチャックをしようが、国が責任を持つと言おうが、地元は納得しません。


「動かしても動かさなくても、地震が起きたらいっしょですから」




なんて、誰も言えませんよね。

海江田さんが玄海原発再稼働要請の時に、「国が責任を持ちます」と云いました。
どういう風に責任を取るのでしょうかね? 今でも、原発問題は、責任のなすりつけ合いです。誰が責任を取ってもいいんですけど、今回の福島第一原発事故が人災というなら、誰か刑事訴追されるのですかね?


現実問題として、原発は1年以内に全部停まるが、全て、「レディー状態」(いつでも動かせる状態)ですから、その危険性、脅威は変わりません。だから、じつは菅さんが「将来は脱原発」と云おうが、原発そのものの危険性、脅威はわたしたちの目の黒いうちに減ることはありません。運を天に任せることしかないのです。

わたしは、もちろん原発推進派でも、東電のまわし者でもありません。先週、「菅さん、頑張れ!」なんて書いたんで、はて、アメリカの手先? ジャパンハンドラー?なんて思う人はいませんよね。脱原発論者で、尚且つアメリカ隷属のくさびから早く解放されるべきだと思ってます。だけど、いやだから、現実は冷静に判断しなければなりません。54基の原発が、ある、ということが危険であり、脅威であって、稼働しているかどうかは問題ではありません。政治的に「脱原発」シフトに早くもっていくのは当然ですが、だからといって、そのことで危険性や脅威が「ただちに」減少するわけではないのです。

ここで、やっと、フライバー&ポゴスティックの話に戻ります。世の中何が起こるかわからない。だから、おもしろい、ともいえますが、いつまた地震が起きて、日本が壊滅的な災害、放射能汚染に晒されるかもしれません。わたしたちの生きている文明は、実は砂上の楼閣なのかもしれないのです。そんな中では、政治だって、経済だって、金融だって、同じく砂上の楼閣の中での出来事です。

以前、「リア充」について、書きますなんて予告をしたことがありますが、これからは、この現実世界の充実がより求められてくると思うのです。現実世界が実は砂上の楼閣で、一寸先は闇だから、ネットの世界、いわゆるバーチャルに逃げ込んでいる若者が増えている。しかしそんな若者も、実は「リア充」、現実世界の充実感を何よりも求めている。

わたしは、この現実の充実感というのは、身体感覚だと思うのです。身体で感じる充実感や快感というものがこれからもっともっと見直されてくるでしょう。Wiiでいくらテニスがうまくなっても、ヴァーチャルの世界でナダルやフェデラーに勝てても、実際にテニスをして味わう身体感覚は別物です。わたしは、大学時代、自動車部にいて、ラリーをやっていたのですが、その醍醐味というのは、オフロードで、4輪ドリフトをしてコーナーを駆け抜ける時なんです。この感覚は、どんなにすぐれたゲームやシミュレーターでも味わうことはできません。

フライバーやポゴスティックをやられたことがある人はわかると思いますが、身体をバランスさせているという、あの感覚、そして宙に舞い上がった浮遊感、重力に引き戻される安心感、その全てがなんとも心地いいのです。絶対にヴァーチャルの世界では経験できない身体感覚がそこにあるのです。

身体を使うことによる身体の感動を誰もが、簡単に味わえるのが、フライバーでありポゴスティックなのです。こんな商品が売れないはずないじゃないですか。それに、フライバーもポゴスティックも電気はいりません。停電になっても愉しめます。ただ、代謝を促進しますので、この時期はあまりお勧めできませんが。

また、最初に戻ります。今月一杯で日本国内のフライバーやポゴスティックの拠点となっていた株式会社せいるでの販売はなくなりますが、わたしは相変わらず、普及活動を続けていきます。と同時に、せいるさんに代わってやってみたいという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。米国SBI社の窓口になってます。

久しぶりに、フライバー応援メルマガらしくなってきましたが、これからが本題です。そして、わたしの電子書籍出版のマーケティング活動第5段です。

「ソーシャルメディア」



聞き慣れない言葉かもしれませんが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)っていう言葉はご存知ですよね。今話題のフェイスブックがそのSNSです。日本語だと、交流サイトなんていわれてますが、もう少し砕けると、「出会い系」です。フェイスブックだって、もとはハーバード大学内の「出会い系」からスタートして、アイビーリーグの大学に広がり、西海岸のスタンフォード、そして全米の大学、最後に一般に普及してきました。日本のMIXIが慶応の湘南校から広がりを見せたのと同じです。大学が発端になっているので、何だかアカデミックな感じがしますが、要はネットの出会い系サイトです。

今度出るわたしの電子書籍は、このSNSを題材にしてます。3年ぐらい前に書いたものを加筆、修正してますが、我ながら、先見のめいがあったなと。SNSを題材のミステリですから、どんな作品か愉しみでしょ? 内容についてはあまり書かないで、読んでからのお愉しみにしたいので、この辺にしておきます。この後も一応ミステリが続きますが、テニスネタです。ちょっと早いですけど2作目もお愉しみに。

さて、ソーシャルメディアというのは、SNSとかブログ、広義では、ツイッターやユーチューブなどの動画サイトを含めた総称です。ウィキーペディアでは、「ソーシャルメディアは、誰もが参加できるスケーラブルな情報発信技術を用いて、社会的インターラクション(相互作用)を通じて広がっていくように設計されたメディア」と定義されています。フェイスブックやツイッター、ユーチューブや各ブログというのは、ソーシャルメディアにおけるツールとか、プラットフォームというわけです。他に、言葉としては、ソーシャルメディア・マーケティングというのがありますが、これはソーシャルメディアでの各企業のマーケティング活動をいいます。これまでだと、オンライン・マーケティングなんて言葉でいわれていましたが、ツールが多様化してますので、マーケティング活動もそれに対応せざるを得ないということです。

中東、北アフリカのジャスミン革命は、まさにこのソーシャルメディアなくしては語れません。ソーシャルメディアの反対語は、マスメディアです。つまり、マスメディアが機能していない、または、体制側のメディアになっている中東や独裁政権下では、ソーシャルメディアが民主化に貢献しました。

今回の日本の大震災後においても、マスメディアが「大本営発表」を繰り返していた時に、ソーシャルメディアが活躍しました。わたしが大震災の後、このメルマガでマスメディアには載らない情報を提供できたのも、全てこの「ソーシャルメディア」のお陰です。

お気づきの方もあるでしょうが、この「ソーシャルメディア」のほとんどが、発アメリカです。ソフトツールもハードも含めて。フェイスブックのアクティブな会員数が全世界で5億人といわれてますが、日本ではせいぜい一千万人です。日本にはMixiがあるじゃないかといわれるでしょうが、同じSNSでもやはり別物と考えた方がいいでしょう。フェイスブックは原則実名です。企業が使う場合はもちろん実社名です。しかしMixiはハンドルネームでOKです。

携帯電話でいわれている『ガラパゴス化』というのは、このソーシャルメディアの世界でもいわれています。そのガラパゴス化の一番が言語の問題です。世界のネットの世界の共通語は、英語です。日本人はなんともこの英語に弱い。それはある意味では仕方のないことです。日本で生活していれば、英語なんて必要ないんですから。海外の技術だってうまく日本人用にアレンジしてしまう。携帯電話がいい例で、その結果として『ガラパゴス化』してしまう。

現代は、ネットでどんな情報も入手できます。それはたとえ日本国内のマスコミが「大本営発表」を繰り返していても、ネットの英語サイトではそれ以外の情報がうようよしている。だから、もし日本人全てが日本語と同じように英語を読み、理解することができたら、いや全員とはいわず3割の人が英語を母国語同様理解できたら、今の政治は100%変わりますね。だから、小学校で英語を教えろ、っていう議論とは全然違いますけど。

日本には、ソーシャルメディアが存在します。しかし、アメリカと比較して、普及しているとはいえません。そしてこれからアメリカ並みに普及していくのか? 普及していくことがいいことなのか? 

孫正義さんや三木谷さんは、当初から脱原発、自然エネルギーといったことを公言していました。これは、アメリカの意向も含めて、時代が読めているからです。ビジネスの一線で今もこれからも活躍される方がたにとっては、どうしてもソーシャルメディアと英語との付き合いは不可欠なのかもしれません。

ソーシャルメディアについては、また時期をみて書きたいと思います。

なでしこジャパン凄いですね。いつの間に日本の女子サッカーはこんなに強くなっていたんだろう、って、スエーデン戦を観ながら思いました。スポーツの世界では日本は完全に女性上位です。テニスの世界でも、アラフォーの伊達さんや二十歳の土井さんの活躍をウインブルドンで観た方も多いでしょう。ゴルフだって、ふたりの宮里さんがUSオープンで活躍しました。(今の女子ゴルフはアジア、それも韓国が凄いんですが)

現代のスポーツはグローバル化してますから、強くなるためには、強い人たちのいるところで練習しないといくら才能があっても強くはなりません。これはプロもアマも同じです。女子の場合は、女子だけの世界で考えれば同じですが、男子も含めると国内にいても、男子という自分たちより上の世界が存在します。つまり、世界に出ていかなくても、いい指導者に巡り合えさえすれば、国内でも世界に伍していく人間を育てられるのです。テニスでもサッカーでもバレーボールでも日本の女子は男子を練習台にしています。

なでしこジャパンの決勝戦の相手はアメリカ。勝ったことのない相手らしいですけど、あのアビー・ワンバックっていう大砲を封じ込めれば全体的な技術は上ですから、勝てる気がします。日本時間で7月18日海の日の未明にキックオフです。いやあ、愉しみだ。

暑い日が続いてます。くれぐれも熱中症にはご注意ください。
夜中はがんがんエアコンかけても電力供給には問題ありません。東京電力ではこんなこと言いませんけど。

それぞれに、それなりによい週末を。


検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか? (ディスカヴァー携書)/立入 勝義
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2011-04-21 10:42:29

2020年の日本人 松谷明彦

テーマ:何のことやら
2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる/松谷 明彦
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 本当にこれから日本、日本人はどうなってしまうのだろうか。もしもも、たらもないのだけれど、もし東日本大震災で福島第一原発事故が起こらなかったら?とどうしても思ってしまう。が、ここで原発事故が起こらなければ、日本だけでなく世界中に原発推進の波が押し寄せていたに違いない。


 現に今回の原発事故が起こるまでは、世界は「原発ルネサンス」が吹き荒れていた。4月始め中国で行われた「中国国際原子力産業展示会」には、世界中から300社が出展している。もちろん日本のメーカーも顔を揃えている。(ほとんど報道されないが)

http://www.coastal.com.hk/nuclear/


資料1.
広東省深セン市で6日、第9回中国国際原子力発電工業展覧会が開幕した。東京電力福島第一原発の事故を受け、中国は原発建設計画の承認を一時停止しているが、長期的には中国の原発推進の大勢には影響しないとしている。中国広播網が6日報じた。
 中国国際原子力発電工業展覧会は1995年から2年に1度開催。中国からは原発大手の中国核工業集団公司(中核集団)や中国広東核電集団(中広核集団)が出展しており、フランス、ロシア、スペイン、フィンランドは国としてブースを出しているほか、米国、日本、ドイツ、英国、韓国、オーストラリアから関連企業・団体が出展している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110407-00000034-scn-cn



 この震災や原発事故がなくても、日本、そして日本人にとっては大変な時期に差し掛かっていた。「人口減少、少子高齢化社会」の到来である。戦後一貫して日本の人口は増え続けてきた。団塊の世代と呼ばれる1946-8年までの3年間だけで850万人生まれた。5年タームで考えると1946年から1950年までの5年間に約1100万人誕生したことになる。


 それが2005年の統計で見ると2001年から2005年までに生まれたのは550万人、まさに半分である。このままいくと、2015年には間違いなく年間100万人を割り込む出生人口となる。


 人口が増え続けていたのは、死ぬ数より生まれる数が多かったからである。人口が減るのは死ぬ数より生まれる数が少なくなるからで、その逆転は2005年に起こった。いくら長寿とはいえ、100歳を超えるまで生きる人はそうはいない。2005年のデーターでも75歳以上のいわゆる後期高齢者が1164万人もいるのだ。これからは毎年死ぬ人は増えていくだろう。しかし出生は伸びない。となれば人口が減少することは必然である。


 デフレ不況といわれていた。震災で一転インフレになるのは間違いないが、デフレというのは物あまり、物を買わない、つまりお金を使わない世の中ということである。この震災で供給力も減ったが、自粛ムードも手伝って、ますます皆が物を買わない、お金を使わない世の中になった。歳を重ねてくればそう欲しいものもないのである。


 かくして、日本は人口減少、少子高齢化社会になったのだが、まずは、この現実を受け入れなければならない。子どもを産まなくなったから少子になったのだから、もっと産めよ、増やせよ運動をというので、政府が対策室なんか作っているが、そんな金があったら、復興費に使えばいい。
 
 「日本は遣隋使の昔から、異国の先進文明を教科書に、極めて効率的に社会を発展させてきた。先進国における成功事例を基盤として、その上に日本の社会を、経済を、そして文化をも、実に上手に築き上げてきたのである。」


 遣隋使まで遡らなくても、戦後のお手本はアメリカだった。アメリカに追いつけ追い越せで、一時はマンハッタンの物件を札束で買いまくったほどである。しかしそのお手本とした師匠アメリカは、決して心やさしい師匠ではなかった。そして日本人を拝金主義者に洗脳した。


 先のことを考える時には、まず現状を把握する必要がある。福島第一原発事故に対する今後の処理に対する行程表が東電から発表されたが、聞いても、読んでもよくわからない。何がわからないかといって、まずもって現状把握がなされていないからである。今、福島第一原発がどういう状態なのか、発表した東電にもわかっていないというのがわかったという情けなさである。


 原子炉は一度動き出せば、永久に停めることはできない。残念ながらコンセントを抜けばそれで動かなくならないのだ。地震で止まって、はい、終わりにならない。
 それでは発電のエネルギーとしては使えなくなった核燃料をどう始末すればいいのか?実は始末できなくて困っているのだ。よくでてくる使用済核燃料という言葉。福島第一原発にもたらふく保管されている。保管されているといっても普通にその辺に投げ出しておくわけにはいかない。常温で晒されると核反応し続けるからだ。つまり、現役の核燃料だろうと使用済みの核燃料だろうと永遠に冷やし続けなければならないのだ。


 福島第一原発事故とは、単純に言えば、冷却装置の故障に過ぎない。その冷却装置の故障は、冷却装置を動かしていた電源が失われたからである。
 今、福島第一原発で行われているのは、第一にその冷却である。冷却装置、自動的に冷やす装置が壊れたから、マニュアルで冷やしているのが現状である。冷却装置だけが壊れたなら、その冷却装置をマニュアルでやっているうちに直せば済むのだが、冷却装置が壊れて燃料棒が暴走した結果、原子炉まで壊れてしまった。東電側は最近まで言わなかったが、燃料棒の溶融は端から起こっていたのだ。
 使用済核燃料を保管しているプールの冷却装置も壊れたから、そこからも放射能はまき散らされている。東京消防庁の散水が行われたのはその使用済み核燃料を冷やすためである。
 冷却装置が壊れたのでマニュアルで、バケツリレーのように水を散水、注入し続けなければならないのは、原子炉もプールも壊れているからで、注入した水は漏れている。その漏れているというのは、表現としては適切ではない。垂れ流しに近い。まさにトレンチから海に溢れた映像の状態である。
 現在発表されている冷却に必要な水量は、毎時8トン。一時間に8トンの水が第一原発に注入されている。ということは、毎時8トンの水が垂れ流されていることになる。毎時8トンとは、一日192トンで、10日で1920トン、100日で19200トン。限がない。


 只の水なら、海に捨てればいいが、たっぷり放射能の入った水である。大して入っていない放射能と嘘をついて海に捨てて世界からは大顰蹙をかった。隠れて捨てるにも限度がある。となれば、その垂れ流された水をどこかに保管しなければならない。ということで少しづつ場所を移しているが、それだって限界がある。何しろ、一時間に8トン注入され、そのまま垂れ流されているのだ。
 ということで、フランスのアレバの提案(仕事を受注した。もちろん只ではない。)で垂れ流された放射能入りの水を洗浄して、また注入に使えるようにするシステムを構築することになった。処理能力は毎時50トンである。


 それが稼働すればめでたしかと言えばもちろんそうではない。バケツリレーが若干簡素化されただけである。そして何より対処療法に過ぎない。
 水を注入し続けていれば、最悪の事態は防げる。その最悪の事態とは核燃料がから炊き状態になって、再臨界を起こし水蒸気爆発を起こすことである。これがチェルノブイリ事故である。
 今、行われているのはこの最悪の事態を防ぐ方策である。もちろん、また前回同様の地震が起これば、現在行われているバケツリレーも中断するから最悪の事態が起こらないとも限らない。その最悪の事態が起こらなくても、またアレバの装置が稼働しても、放射能漏れは続く。壊れた原子炉を補修して、オートマチックな循環冷却装置が稼働しない限り、収束に向かうとはとうてい思えない。


 長々と福島第一原発の現状を書いたが、この状態が半年とか9か月とかの単位では収束しない、できないのは素人でもわかることであるというのを言いたかったのだ。
 先を考える時にはまず現状把握が必要と書いた。つまり、これからの日本は「放射能」と付き合っていかざるを得ないのだ。そしてもうひとつが地震である。


 今回の大震災で、巨大地震が日本のどこかで起これば、その瞬間に世の中は変わるということを学んだ。その巨大地震がこれからも起こる可能性があるということである。それも今日、明日に自分の足元で起こっても不思議ではないのだ。
 日本には54基の原発が存在する。全てが稼働しているわけではないが、原子炉はこれまでに書いたように、そこに燃料棒があれば、冷却し続けなければならない。つまり冷却装置が壊れれば、どこの原発でも福島第一原発と同じことが起こるのだ。


 人口減少、少子高齢、放射能、地震は、すでに日本、日本人にとっては前提である。だからこの4つのファクターを頭に入れて、政治家や官僚は社会、経済の新しいシステムの構築をしなければならない。そして個人は個人で、いい世の中なのかどうかは別にしても、愉しく、幸福な生き方を模索していかなければならないと思う。


デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)/藻谷 浩介
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2011-03-14 17:21:48

2012年へのカウントダウン 中丸薫

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闇の権力 フリーメイソンの大分裂/中丸 薫
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本日発行のメルマガの内容を載せました。

東日本大震災


先週末のメルマガで、
「世の中どうなっていくのでしょう」
と書きましたが、とんでもないことになってきました。


わたしの住んでる横浜では、今日の朝から「輪番停電」で停電になる予定になっていましたが、今のところはなってません。


お陰さまでわたしの所は、岩手や宮城、福島の海岸線にお住まいの方に比べれば、全然大したことなかったのですが、それでも、あの揺れには驚きました。


さて、これから日本はどうなってしまうのか?


ミクロ的なものとマクロ的なもの両方で観てみましょう。


まず、地震そのものは、これからも起こるのか?
気象庁の発表だと、3日以内にマグニチュード7ぐらいのものが起こる可能性は70%、その後3日で50%といわれています。


現実には、毎日ここら辺でも、大きいもので震度3ぐらい、震度1だと大げさに言え
ば1時間置きぐらいに起こります。
それと、ひょっとしたら、今回の大地震とは別の震源地で、大地震は起こらないのだ
ろうか?
現実に、長野を震源地とする地震は今回のものとは別ものです。
誘発されて富士山爆発なんてこともあるのかしらん?


これについては専門家ではないのでわかりません。


そもそもこの地震も「HAARP」によるものではないか?
なんて考える人もいるでしょう。


http://quasimoto.exblog.jp/14408281/


http://www.haarp.alaska.edu/


http://www.youtube.com/watch?v=cpo3QeZWlIw


実はわたしもちょっと疑っている一人です。


日本の閉塞した政治状況に業を煮やしたアメリカが仕掛けてもおかしくないからで
す。
11日の夕刊では、菅さんの外国籍の人の違法献金問題も浮上しています。
しかし、この地震で、そんなの全部吹っ飛んじゃったですからね。


しかしまあ、それはそれとして、我々庶民が心配することではありません。


日本のメディアは結構報道規制が掛けられていて「原発」についてはあまり詳しく報
道しません。枝野さんの発表も、どうも奥歯にものが挟まった言い方です。


アルジャジーラとかFrance24のほうがよっぽど知りたい情報をみせてくれます。
福島原発の上屋が吹っ飛んだ映像もアルジャジーラでは結構何度も放送してます。
原発で爆発が起こって、大したことがないなんて報道がなされる日本のメディアはど
うなってるんですかね。


すでに「バイオハザード」の映画の世界に突入しています。


福島の三つの原発と女川原発も含めて、チェルノブイリをはるかに超える大惨事になる可能性があるのです。
こんなことをメディアが放送すればパニックになるから、と考えてのことなのかもしれませんが、知らないほうがよっぽど危険です。


世界の認識は、日本は「第二次世界大戦」に匹敵する危機です。

現実問題としてのライフライン、電気、水道、ガスは、いつどうなるかわからない、というのが、誰もがわかりました。しかし、本当のライフラインは、水道だったんだなってこともわかりました。電気のある生活が当たり前になってしまったのです。


たぶん、「輪番停電」は、結果的にはほとんどやらなくても済むかもしれません。
もし、どのような形にしろ停電になれば、それが3時間も続けば死人が出る可能性も
あるのです。つまりセイフティーネットを敷かないで行えば、どんな不祥事が起こるかわからないからです。輪番停電を東電が急に言い出したのは、悪く言えば、「逃げ」です。需要が供給を上回った時には、どこかが停電にならざるを得ないわけで、その時に、すでに伝達していただろうと、言えるからです。結果に対しての責任はありますが、法律的な非難を受けることはないからです。


今回の地震は、わたしたちに、これまでの「生き方」の見直しを迫ってきたのです。
便利で快適な生活を追求すれば、どこかでしっぺ返しがくるぞと。

「オール電化」の家は、電気が止まれば生活できなくなります。
リスクの分散と言う意味ではどうみてもリスキーです。


4100万キロワットの需要に対して3100万キロワットしか供給できない。
それが東電の「輪番停電」に対する言い訳です。
単純に考えれば、日本の電気需要を25%カットするということです。


電気需要を25%カットするというのは、現在の生活の質を25%落としなさいとい
う意味です。
東電に強制的にやらされるのは癪にさわりますが、実は、その25%、生活の質を落とせば、ひょっとしたら今よりも精神的にも、身体的にもいいのではないか?


考えてみてください。世の人は、喰い過ぎだから、肥満になり、生活習慣病になります。
健康を害しているのは『豊かな物資』のためです。
25%今まで食べていたものをカットすれば、健康になります。
25%仕事をしなくなればストレスも軽減されます。
つまり日本全体が25%生活の質を落とせばいいのです。


その結果、もちろん景気は悪くなります。
でも、この非常事態に景気の心配をする人はいないでしょう。

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2011-03-04 17:28:28

予防接種は効くのか? 岩田健太郎

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予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)/岩田 健太郎
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 週に一回、メルマガを発行している。
 今日のお題は「入試ネット投稿事件」


 暦の上では3月は春なんですけど、まだ寒いですね。先週の金曜日は横浜では20℃を超えて春一番が吹きました。
三寒四温といって、この時期は三日寒くて、4日暖かい日が続く。そうやって冬から春になる、なんていうのは昔の話のようです。今は日替わりメニューです。
これを、異常気象とか、気候変動っていうんでしょうかね。


 さて、世の中、まさに激動してます。


「京都大学など4大学で入試問題が試験中にネット掲示板に投稿された事件」


長いですよね。最近のテレビ番組みたいに。そこで、略しました。
「入試ネット投稿事件」
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)みたいに、NNTにしようかとも考えたんですが、それだと誰にもわからない。
説明するのに時間がかかる。意味がない。
ということで、「入試ネット投稿事件」


この事件、世の中の激動とは、ちょっと路線が違うような気がしますが、ひょっとしたら、まさにその「激動」の原点ではないかなと。

昨日、あっけなく19歳の浪人生が逮捕されちゃいました。新聞報道では、「一人でやった」
 新聞報道っていうのは、基本的に、記者クラブでの警察発表です。だから、主要メディアは、新聞もテレビもいっしょです。


知りたいのって、「誰がやった」ではなくて、
「どうやったか」いわゆるHOWTOですよね。


それほどIT関係に強くないので、ドンパチな発言だったらお許しください。


始めにこの報道を聞いた時の疑問は
携帯で試験問題を「ネット掲示板」にリアルタイムで投稿するのは、ある意味可能かもしれない。でも回答を得るのはどうするんだろう?
それから、リアルタイムで「ひとり」で実行したとして、ネット掲示板から正解を、それも時間内に得る可能性ってそんなに高いだろうか。


つまり、手間暇、リスクを掛けて見合うメリットがあるのだろうか?
メリットっていうのは、無事に京都大学に合格すること。


30年以上前の加山雄三主演の若大将シリーズ。
青大将がペンタイプの送受信機を使って、
ドイツ語の試験で、カンニングをする。
そのカンニングの方法は、ペンタイプの送受信機(だったと思うが)から試験会場で、問題文を読んで外にいる江口に伝わる。(江口ってのは、若大将の所属するクラブのマネージャーで、若大将の妹の彼氏)その江口、トランシーバーで問題文を聞き、それに対応した応えを逆に伝える。


この場合は、大学の第二外国語ドイツ語の試験で、出題範囲が決まっていた。
青大将の隣の席には若大将がいて、結局、試験官(担当教授)にばれて、若大将も巻き込まれて、ふたりとも停学を食らってしまう。
まあ、そこからがおもしろいんだけど、
確か、「ハワイの若大将」だったと記憶している。
ご興味のある方はご覧になってください。
1965年前後の作品です。


ということで話を戻します。


この手のカンニングは、テクノロジーとしてはどんどん新しくなってるでしょうけど、発想は、昔からありました。
ということは、大学側も起こり得る可能性を考えて試験官も対応していたでしょう。
だから、もし「一人でやった」とすれば、ふたつのことしか考えられません。


既存の携帯電話のテクノロジーを使ったとすれば、当日の試験官がよっぽど注意力散漫で、尚且つ、周りの受験生の集中力も凄かった。

もうひとつは、周りに一切覚られずに、ネット投稿して、回答を得るための、「画期的な装置」を使ったかです。


ここからはわたしの勝手な仮説、想像、妄想です。
まず、「一人でやった」のではないと思います。
たとえ「画期的な装置」があっても「一人」では荷が重い。


007にも、ミッション・インポッシブルにも、名探偵コナンにも登場する、
メガネ型の送受信機。
問題文を動画で撮影して、会場の外にいる人間が、それを受け取り、
ネット掲示板に投稿する。AICEZUKIは試験会場の受験者じゃなくて、
外にいる別人。得た回答を今度は会場の受験者に送信。
その送信された情報は、メガネのレンズに現れる。
小説にするなら、この技術はCIA絡みで、だからメディアはどっかで幕引きしたい。
まさに、「行くぜ、CIA」である。


本当に言いたいことは、昨今の新聞、テレビなどの大メディアの報道は
頼りないし、偏っているということです。
「大相撲の八百長事件」やちょっと前の「海老蔵事件」も
どうでもいいっていえばいいし、今回の「入試ネット投稿事件」も
世の一大事ってわけではないけど、「本当のこと」は知りたいですよね。

この事件が激動の「原点」かもしれないというのは、
一つはメディア対応です。
どう見ても、何か隠してますよね。
というより、どこかから圧力が掛ってる。
つまり、あの検察の暴走と同じで、ある方向に誘導して、
落とし所をすでに決めている。


この世の中、何が真実か?なんてわかりませんけど、
「ああそうか。」って納得したいわけです。

既存メディアが頼りなくて、偏ってるとすればそれに代わる情報源が必要になります。
昔なら、「大本営発表」しかなかったんでしょうけど、今はあります。


つまり、これからこの社会で生きていくためには、既存のメディアは横に置いておいて、自らが納得できる
情報源を持たなくてはいけないのではないかと思います。


わたしが参考にする情報源をいくつか挙げておきますね。
これはあくまでわたしの情報源で、みなさんが納得できるかはわかりません。
「正義」はひとつじゃありませんから。
100人いれば、100人の正義があります。


「ヤスの備忘録」 というブログです。
始めて読む方は、目を廻すかもしれません。
右脳と左脳の統合?
未来予測としては、ラビ・バトラに匹敵しますね。


「超プロK氏の金融講座」
朝倉慶さんの船井幸雄.Comのコラムです。
ビジネスマン必読です。


中矢伸一さんが主宰する「日月神示」のブログです。
神道系ですけど、宗教団体ではありません。
スピリッチュアル系といえばそうですけど、
結構カテゴリーキラー的ですね。


バランスを取るってわけじゃないんですけど、
より現実志向なのが、本田健さんのHP。
「幸せな小金持ち」 って惹かれますよね。
でも、本田さんのいう小金って、結構大金です。



今や大人気の内田樹さんのブログ です。
内田さんは、いわゆるレヴィナス学者です。
実に真っ当です。

世に真っ当なご意見の持ち主は結構いるんですけど、
割と理系の方が多かった。
養老猛司さんとか、池田清彦さんとか。
ふたりとも『虫』好きですね。


http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/
脳科学系でいえば、やっぱり茂木健一郎さんですか。


http://www.tomabechi.jp/
こちらは脳機能学者の苫米地英人さん。
茂木さんは理系で、苫米地さんは一応文系です。


http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/
この人、勝間和代さんのブログはめったに入りません。
が、凄いおばちゃんです。敵いません。


http://tanakanews.com/
田中宇さんの有料サイトです。


http://www.snsi.jp/
副島隆彦さんの同じく有料サイトです。
両方とも、わたしは無料ページで満足してます。
金融関係にお勤めの方は有料ページでもお得かと。


http://diamond.jp/category/s-uesugi
政治ネタはやっぱり上杉隆さんでしょうか。
ジャーナリストはこうでなきゃね。


http://uekusak.cocolog-nifty.com/
はい、そして冤罪事件の張本人、植草一秀さんのブログ。
上杉さんのコラムと植草さんのブログを読むと、
いかに既存メディアが頼りなくて、偏向しているかがわかります。


http://ameblo.jp/yabunokouji
最後にわたしのブログ「今考えていること」
書評形式を取ってますけど、題名通り、今わたしが考えていることです。
不定期ですから、あんまり当てになりません。


もういくつかあるんですけど、まあこの辺で。

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2009-10-22 21:16:02

インフルエンザワクチンを疑え 近藤誠

テーマ:何のことやら
成人病の真実/近藤 誠

 「解熱剤は危険。だからワクチン」でいいのか?


 巷では、新型インフルエンザワクチンの接種を廻ってマスメディアを賑わせています。
 ただその賑わせ方というのが、誰に早く新型インフルエンザワクチンを接種するのか?ということが主体です。
 そもそもこの新型インフルエンザが脚光を浴びたのは今年の4月ぐらいからです。鶏インフルエンザから豚インフルエンザという新しい名前が登場しました。


 4月、5月から日本でもこの豚インフルエンザ水際感染予防作戦が始まります。この豚インフルエンザは、メキシコを震源としていますから、北米からの渡航者をふるいにかけます。メキシコから北米、南米、ヨーロッパ、オセアニアと感染が広がれば、それぞれの国からの渡航者もふるいにかけていきますが、所詮いたちごっこ。時間の問題として日本国内でも感染者が見つかります。
 幸いといっては何ですが、北半球は夏を迎えます。それなりに世界に拡大した新型インフルエンザの感染者の数は南半球のオセアニア地域を別にして下降線をたどります。しかし、WHOはフェーズを上げて、パンデミック宣言を行います。


 パンデミック宣言に反旗を翻すがごとく、日本では、新型インフルエンザ騒ぎが鎮静していきます。その鎮静した根拠は、ふたつあります。


 ひとつは、どうがんばっても感染を予防することはできないというあきらめです。それこそ、世間との接触を全く避けない限り、今の時代、感染しないはずはありません。特に、この新型インフルエンザは感染力が強いのです。
 ふたつめは、この新型インフルエンザは、鶏インフルエンザと比べて弱毒性で、感染しても重症化することは少ないのではないかという報道がなされたことです。


 この弱毒性報道と今の世の中感染しないはずはない、という至極まっとうな考え、そして現実には日本が夏場に入ってインフルエンザウイルスの活動が鈍ったことも合わせて、日本国民の関心は新型インフルエンザよりも、政権交代に移ります。


 そして、政権交代も終わって、インフルエンザの季節が到来しました。夏が終わって、秋になり、冬の到来です。
 流石にもう、水際感染予防作戦は行われていません。身の回りに感染者がうようよ居るからです。
 しかし未だに、厚生労働省の政策は、感染予防です。感染者が増えた学校は、学級閉鎖や学校閉鎖になります。しかし、学校での感染がなくなっただけのことで、感染して発症したこどもは隔離されたわけではないのですから、塾に通うかもしれません。水際感染予防に限界があるのと同じで、感染予防には限界があるのです。
 
 そして湧きあがったのが、ワクチン騒動です。
 日本で製造できるワクチンの数には限界があるから、輸入しなければいけない。そして輸入しても国民全てには到底接種できる量を確保することはできない。
 接種する人にも優先順位をつける必要があるだろう。まずは、医療従事者。感染者が増えれば、まずは、医療体制を整えておかなければならない。医者や看護師がその時感染して発症していては話にならない。そして、弱毒性とはいえ、糖尿病などの持病を抱えている人は重症化する怖れがあるから、この人たちにも早期にワクチンを接種してもらおう。妊婦も感染すると胎内のこどもに影響する。それでなくとも少子化なのだ。
 1歳から小学校3年ぐらいの子供は免疫力が強くないから、この子たちにも必要だ。1歳未満の乳幼児にワクチン接種はできないから、その親には早めに接種をしてもらおう。その次が65歳以上のお年寄り。そして小学4年から中高の学生へと、接種順位が決まっていった。


 ここまで書いた人たちが全員接種するとして約5300万人分のワクチンが必要になります。


 「インフルエンザワクチンを疑え」を書いた近藤誠さんは、「がんと闘うな」で有名なお医者さんです。
 この記事は、2001年の2月号『文芸春秋』に記載されたものが「成人病の真実」という題名で2002年の8月に書籍化されたものです。


 当然、この記事が記載された当時に『新型インフルエンザ』またの名を豚インフルエンザウイルスは存在していません。
 今の言葉でいえば、季節性のインフルエンザのことです。しかし状況はその当時も今も見事に移し絵のごとくいっしょです。

 1999年にも「ワクチン品切れ騒動」が起こったそうです。そして今回もメディアの報道を観ると「ワクチン分捕り合戦」の様相を呈しています。

 そこで疑問がふつふつと湧いてきます。


 「このワクチンって、新型インフルエンザに効くの?」


 つまり、ワクチンを接種すれば新型インフルエンザに感染しても発症しないのか?という意味です。
 分捕り合戦まで起こるのですから、そのワクチンの効能が確かなものでなければなりません。つまり、ワクチンの効能とは、『感染しても発症しない』確立がワクチンを接種していない人より格段と高くなければなりません。

 中にはワクチンを接種しておけば、感染しない、と思っている方もいます。
 しかし、そこのところは、厚労省もちゃんと手は打ってます。


 「ワクチンを接種するのは、感染しない、感染を拡大しない、ということではありません。感染しても発症しないか、発症しても重症化しない、ことが目的です。」


 「ワクチンの効果は、『有効性』と『有用性』に分けて考えると理解しやすい。有効性とは、インフルエンザの発症がどの程度減るかという『割合』。有用性(有効であることを前提として)効率、手間、コストなどを勘案した『打つことの価値』と定義できます。」


 今回の新型インフルエンザワクチンの有効性は、どうでしょうか。実は、この有効性に関してのデーターは全くないのです。つまり、有効かどうか全くわからないのです。
 しかし、それは当たり前といえば当たり前のことです。これまで存在しなかった新型インフルエンザウイルスのワクチンですから、データーがあるはずがないのです。今までも、いろいろな種類のインフルエンザが流行しました。香港A1型だとか、2型だとか、ソ連B型だとか。
 そのインフルエンザウイルスに対して常に新しいワクチンが必要です。


 インフルエンザワクチンの製法というのは、日本と海外では全く同じではないようですが、日本では、「受精して孵化中の鶏卵にインフルエンザウイルスを注入し、ウイルスを増やします。つぎに卵からウイルスを回収し、不活化して(つまり殺す)、ウイルスタンパクを精製する。これがワクチンで、人体に注射すると、リンパ球などが反応して、『抗体』を生産します。(免疫反応)」


 インフルエンザワクチンの製造には、当該インフルエンザウイルスを必要とします。つまり、今回でいえば、新型インフルエンザウイルスH1N1です。

 新型だから、臨床実験のデーターがないのはわかります。それでは、いわゆる季節性インフルエンザワクチンの有効性を示すデーターは持っているのでしょうか。残念なことにそれも日本人を対象にしたものはありません。


 「インフルエンザワクチンの有効性を確かめるにはくじ引き試験が必要です。大勢のボランティアを集め、くじを引くようにして二群に分け、片方にはワクチンを打ち、他方には別のものを打ってみる調査法ですが、日本にはありません。」


 記事の中で近藤誠さんは、英国でのくじ引き試験を参考にしています。1973年の資料ですから、これをどう判断するかはむずかしいところはありますが、この時の近藤誠さんの結論は、「インフルエンザワクチンはある程度有効です。しかし、有用ではないようです。」


 1973年の英国の実験では、11歳から19歳の男子寄宿学校在籍者で親の許可をもらったものが対象になりました。
ワクチンを接種した群と非接種群では、インフルエンザ症状を発症した割合が接種群では、2.9%、非接種群では、14.8%になりました。つまり、ワクチンを接種した群は、接種してない群から比べて8割の確率で発症しなかったということです。


 「インフルエンザウイルスをみると、その表面には無数のトゲがあり、これで人体の細胞に取りつき、そこを足場にウイルス粒子が細胞内に入ります。そして細胞内でウイルス粒子の数を増やし、細胞内から飛び出て、別の(もっと多くの)細胞に取りつき侵入する、というサイクルを繰り返す。その結果、種々の症状が発症するわけです。ところが抗体が血中にあると、ウイルス粒子のトゲにまとわりついて、あたかもトゲに帽子をかぶせたようになり、ウイルスを無力化します。これが抗体の帽子効果ならぬ防止効果のメカニズムです。」


 近藤誠さんが「ある程度有効」とする根拠はここにあります。


 インフルエンザワクチンを接種しなくても85.2%はインフルエンザ症状を発症しませんでした。もちろんインフルエンザワクチンを接種すれば97.1%は発症しませんから、近藤誠さんのいうように、「ある程度の効果」は認めましょう。

 有効性に関する限り、もし副作用、最近の言葉で副反応が全くないのなら、それはそれで、任意で有償の接種ですから、本人の考え方で接種すればいいでしょう。
 しかし、もし接種することによる副作用、副反応がその有効性を凌駕するようであれば、ことは簡単ではありません。

 今回の新型インフルエンザワクチンの接種は任意で、有償です。しかし、以前、小中学生に対しては義務だった時期があります。その義務だった予防接種がまた任意になったのは、一時期、「ワクチンの副作用(副反応)によるショック死や脳症などが頻発したのです。」


 「副作用は、アレルギー反応(=免疫反応)によって起こります。通常は鼻の粘膜から(段階を踏んで)侵入するウイルス粒子を、不活化してあるとはいえ、注射で人体内部に押し込んでしまうので、(子供の体質によっては)激しい反応が起きるわけです。また、インフルエンザワクチンは製法上の限界から、卵タンパクの混入を(できるだけ少なくする努力はしているのですが、)避けられず、それもアレルギー反応の原因になります。あと、孵化中の卵に細菌が取りつくことがあり、菌体成分や毒素がワクチンに紛れ込む危険もあるようです。」


 今回の新型インフルエンザワクチンの優先順位を観ると、一番の医療従事者は確かに妥当だと思われます。医療従事者は基本的に健常者でしょうから、もしそこで副作用(副反応)が出れば、問題を把握できるからです。しかし、2番目、3番目、4番目の優先順位、持病のある人、1歳から9歳までや妊婦への接種に対して副作用の心配をしなくていいのでしょうか。


 有用性に関しては、ここで書くのはやめておきましょう。有効性があるということが前提の有用性ですから、その有効性が副作用やその他の問題と天秤にかけて、それでも有効ならば、それから有用性の話に移っても遅くはないからです。ただ、近藤誠さんは、ある程度の有効性は認めても、この有用性に関しては全く認めていません。


 「新型インフルエンザワクチンは、重症化を防止するためのもの」という解釈でいくと、実はその有効性さえ疑わざるを得なくなります。少なくとも現在持病もなく健康であれば、ワクチンを接種しなくても、インフルエンザ症状を発症しても重症化することはほとんどないからです。もっといえば、副作用と天秤にかけると、副作用のリスクのほうが大きいことになってしまいます。


 それでは、妊婦や持病を持っている人の場合はどうでしょうか。専門家ではないので、わかりませんが、それこそ、健常者より以上に慎重な判断が必要なのではないでしょうか。

 厚労省が、予防接種を任意で有償化したのには、この副作用の問題があるように思われます。もし、接種を義務化してしまったら、副作用が出た時、その責任を国が負わなければならないからです。
 任意で有償なら、例の『自己責任』で逃げられるからです。


 任意で有償にしておきながら、メディアを使って、まるで、ワクチンを接種することこそ、感染予防になるように思わせているのは、ワクチン製造会社の陰謀のように思えてなりません。

成人病の真実 (文春文庫)/近藤 誠
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2009-06-29 15:42:39

がんばらない生き方 池田清彦

テーマ:何のことやら
がんばらない生き方/池田 清彦
 未曾有の経済危機からパンデミックへと世界は、ある意味では予想通りの展開を見せています。
 経済危機の流れで言えば、これは世界恐慌で、資本主義の崩壊につながっていきます。
 「2010年 資本主義大爆裂!」という昨年2月に出たラビ・バトラさんの本には、10の予測というのが書いてありました。
2010年資本主義大爆裂!―緊急!近未来10の予測/ラビ バトラ

1.原油価格は100ドルを超えて高騰し続ける
2.「サブプライム住宅ローン危機」は再三爆発する
3.2008年、米大統領選挙は民主党の勝利
4.アメリカの大企業の破綻が続発する
5.日本の好況は2008年半ばか末まで
6.2009年に、イランが新たな中東の火種になる
7.アメリカの資本主義は数年内に終焉する
8.2009年後半から2010年前半に世界的な重大危機
9.中国にも2010年に危機到来
10.日本で新たな経済システムの胎動が起こる


 これは易、占いではありませんから、何がしかの根拠があって予測しています。今は2009年の半ばに差し掛かりました。1番から6番までの予測は見事に的中していますから、7番から10番の予測もきっと当たると考えた方が合理的です。


資本主義崩壊最終ラウンド―2009~2013 大恐慌はまだまだこれからが本番だ!/船井 幸雄

 パンデミック(世界的大流行)の流れで考えると、元は狂牛病や鳥インフルエンザになります。今までには考えもつかなかった感染症の発生です。起こるべくして起きたのかもしれないけれど、逃れることができない。


 2012年問題というのも絡んできます。フォトンベルトです。2012年12月22日に地球が次元上昇(アセンション)する?


 世界から国内へと眼を向けると、相変わらず政治の世界は混沌としています。とはいえどんなにがんばっても9月には衆議院が任期切れになりますから、このままいくと政権交代ということになります。


日米「振り込め詐欺」大恐慌―私たちの年金・保険は3分の1に削られる/副島 隆彦

 おもしろいといえばおもしろい世の中です。ただこの流れについていこうとするとしんどい世の中です。この流れについていこうとすると必然的にがんばらざるを得ません。世のほとんどの人は急流に押し流されないように必死にがんばっています。がんばっていれば、流れが弱くなってくれればいいのですが、急流が激流になってくることが予想されています。


 そこでひとつの生き方が「がんばらない生き方」になるのでしょうか。
 ひろさちやさんなども、この「がんばらない生き方」の提唱者です。

けちのすすめ 仏教が教える少欲知足/ひろさちや

 ある程度の歳を重ねてくると、がんばってもどうにもならない時があることが経験としてわかってきます。努力すれば何でもできるなどということが錯覚だとわかってきます。


 今わたしは幸せなのだろうか?たぶん人は常にそう自問自答を繰り返しているのではないでしょうか。今、どう考えても幸せではないと思えば、それは過去の幸せと比較してのことでしょう。今は幸せと思えば、それは過去の不幸よりはましだと考えているのです。


 幸せに形はありません。あなたの幸せとわたしの幸せを比較することはできないのです。
 そんなことは20年も人間をやっていればわかることですが、いくつになっても幸せ比べを始めてしまう。他人との比較を卒業すれば、自分自身の過去との比較が始まる。


 今は決して生きやすい時代ではないように思いますが、それも過去との比較の問題です。わたしの知っている過去などというものはわたしの記憶にある過去にすぎません。


脳と仮想 (新潮文庫)/茂木 健一郎

 最近は脳ブームです。そのブームに乗ったのかどうかはわかりませんが、「脳死が人の死」という臓器移植法が衆議院で可決されました。死もまた、脳で決まる時代になりましたが、その死は、脳とは関係なく昔から存在しなかったのですから、本当はそんなものは誰にも決められないはずです。しかしそんな話をしても通じる人には通じるけれど通じない人には通じない。


 テレビをほとんど見なくなって久しいのですが、別に我慢しているわけではなくて、ただ単純にテレビ番組に興味を魅かれるものがないからです。タバコを吸わなくなって5年ぐらいになりますが、そのタバコもどちらかといえば吸いたくなくなったというのが止めた理由です。


死とは何か さて死んだのは誰なのか/池田 晶子

 欲望というのは肉体を持った人間である以上生きていくためには必要なものです。欲望がなくなるとこれは神の領域ですから、この世に生きている意味がありません。


  しかし、人間が生きていく上で悩み、苦しむのも欲望があるからです。


 人間が悩み苦しむのには3つの大きな理由があるといわれます。ひとつは、この欲望です。ある程度の欲望が度を超すと悩みの種になります。ふたつめが、気質、体質、性格からくる悩みです。そして最後が喪失感からくる悩みです。世は無常ですから、形のあるものはいつかは無くなります。人も永遠に生きられませんからいつかは亡くなります。


 人間万事塞翁が馬、いつの時代もこの世は、何が幸いして、何が禍となるかは全くわからないのです。


 がんばっている人をあえて、がんばるな、とは言わないで、がんばるのに疲れた人に「がんばらない生き方」があることをそっと教えてあげるのがいいのかもしれません。



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2009-03-11 16:21:58

最後の「ああでもなくこうでもなく」 橋本治

テーマ:何のことやら
最後の「ああでもなくこうでもなく」―そして、時代は続いて行く/橋本 治

 ほどんどテレビを見なくなったので、芸能関係ネタ、とりわけて、お笑い系は全くわからない。別に、わからなくても困ることはない。
 タモリのお昼の番組を見なくなって3年ぐらいになるか。


 テレビもタバコと同じで、ないならないで、全く困らないということがわかる。家に帰れば、必ずテレビを見ていた時というのは何だったのかと、今は思うが、その時はテレビが生活の一部だったのだ。

 最近の世の中でおもしろいのは、『政治』である。それも日本の政治。そのおもしろさとは、橋本治さんの言葉を借りれば、『政治が日本で一番時代から取り残されているものだから』である。
 
 思い起こせば、2001年小渕さんが総理在任中に亡くなって、森喜朗が4人組の談合で総理になるが、史上最低の支持率であえなく辞任。政界再編、政権交代の芽があったが、そこに現れたのが、自民党にとっては救世主の小泉さん。『自民党をぶっ潰す!』と言って、自民党を救ったのである。この時もおもしろかった。


 人気の小泉さんが任期満了で、その後を継いだのが安部晋三さん。確かに小泉さん時代は格好良かった。若さと毛並の良さが、韓流を好むおばさま層に持てたのだ。
 安部さんにとっては悲願の総理大臣の席である。父親は、次代の総理候補と言われながら、プリンスのまま総理になる前にこの世を去った。
 しかし、安部さんには荷が重かった。器ではなかったのかもしれない。
 そして後に登場したのが、福田さんである。しかしその福田さんもあっさり放り投げ、吉田茂の血をひく麻生太郎さんの登場となった。
 
 周りが麻生さんを祭り上げたのは福田さんが嫌がった、解散という儀式のためである。ところが、表向きは、未曾有(みぞう)の経済金融危機のためだが、解散が棚上げされてしまった。
 もちろんその時解散していれば、かなりの確立で政権は交代していただろうが、世の流れは確実に『解散』に傾いていた。
 政治のおもしろさはここからである。


 麻生さんは、端から解散する気などなかったのではないか。少なくとも、今は、どんなに世論調査で支持率が低かろうが、9月の任期満了まで辞める気はさらさらない。もちろん、自民党総裁を降りる気もない。

 そこに降って沸いてきたのが、民主党党首、小沢一郎さんの公設秘書の政治資金規制法違反容疑である。
 官僚と政治家、そして司法がそのバトルに加わったのだ。


 戦後政治の一大エポックは田中角栄が福田赳夫と争って佐藤栄作の跡を引継ぎ、総理大臣になったことと、その田中角栄がロッキード事件で現職の総理大臣として逮捕されたことである。


 小沢一郎さんは、田中派の大番頭、金丸信の秘蔵っこだった。西松建設の繋がりもその時からずっと続いているのである。


 ついアメリカと比較してしまうが、バラク・オバマはお馬鹿なブッシュの共和党から民主党に政権を奪い返した。それでは、日本はひょっとしたら、ブッシュよりもお馬鹿な麻生太郎さんの自民党から民主党は政権奪取できるのだろうか。


 いや、日本の政治はそうじゃない。自由民主党というのは、1955年の保守合同で、自由党と民主党がいっしょになってできた党である。小沢さんも鳩山さんも元はといえば、自由民主党の出身である。
 つまり、政治の世界は何ひとつ変わってはいないのだ。


 『政治は最後にやってくる。』


 本当のバトルはこれから始まる。それは政治家と官僚と司法の権力闘争である。それは三国志なんかよりよっぽどおもしろい三権分立じゃなくて、三権バトルである。




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2009-01-20 16:29:20

オバマ演説集

テーマ:何のことやら
生声CD付き [対訳] オバマ演説集/CNN English Express編
 「オバマ演説集」が日本で40万部も売れているというので、買ってみた。昨年行われた大統領選挙で第44代アメリカ合衆国の大統領に選ばれたバラク・オバマ氏の大統領就任式がワシントンD.C.で現地時間の1月20日に行われる。
 オバマさんの人気はJ.F.ケネディー以来といわれている。そのJFKは、ニューヨークの国際空港の名前になっているくらいに有名だが、そのケネディーがどのくらいアメリカ国民に人気があったのかは映画やその時の報道で知るしかない。何しろ、JFKは1963年の11月にパレードの際に狙撃されて殺されてしまったからだ。わたしが小学校3年だか4年の時である。

 アメリカの建国は1776年、イギリスとの独立戦争で勝ち取ったものである。「雛なろう」とその年号を覚えさせられた。その時の第一代の大統領がワシントンで、大統領府のワシントンD.C.の名前に残っている。D.C.というのは、コロンビア特別区のことで、コロンビアとは、アメリカ大陸を発見したコロンバスのことである。ついで、アメリカというのは、どこからきているかといえば、アメリカをアメリカと認識した人、アメリゴベスプッチの名前から来ている。コロンブスは、発見した新大陸をインドだと思っていたのだから。
 最近のアメリカは実に評判が悪い。その評判の悪さに拍車をかけたのが、昨年9月のリーマンショックである。デリバティブなどというわけのわからない金融商品を作って、インベストバンク(投資銀行)というビジネスモデルの元、世界に売りまくったのである。サブプライムなどというのは、ほんのその一部の話に過ぎない。今でも、そのわけのわからない金融商品、証券が世界にどのくらいばらまかれたのか、その総量を誰も把握できてない。
 アメリカが自国のドルを守るために金融で生きていこうと決めたその日から、実はこうなることはわかっていたことである。
 世界大恐慌の引き金は1929年10月24日、ニューヨーク株式市場の株の大暴落である。株が大暴落するためには、その前に暴騰している必要がある。アメリカは第一次世界大戦後「永遠の繁栄」と呼ばれる好景気を迎えたのである。
 それが今回は2008年9月15日のリーマンショックに変わっただけだといわれている。世界大恐慌の再来である。その引き金を引いたのはまたも金融立国を目指したアメリカである。
 そもそも金融が一人歩きし始めるなどということはあってはならないことである。

 金融とは、お金を融通することである。手っ取り早く言えば、金貸しである。その金を貸すという行為が、実体を伴ったものに対して行われるのが本来の金融である。その目的が何であれ、実体経済とセットになっていることが金融の最低限守らなければならないルールである。
 金融大国になるということは、金貸しの親玉になることを意味する。しかしそこにも最低のルールは求められる。投資をしても、投機はしてはいけないのである。
 アメリカの評判が悪いのに、こんど大統領になるオバマさんの人気は異常なほど高い。アメリカ国民だけでなく、世界の国々、日本も含めて気に入られている。WASPではない。ユダヤ系でもない。マイノリティーといわれる、アフリカン・アメリカンである。
 それまでのブッシュがあまりにも評判悪すぎた。その意味では、オバマさんはやりやすいかもしれない。比較される相手がブッシュなら、何をやってもうまく見える。
 しかし、今のアメリカは1920年代に「永遠の繁栄」を謳歌した時の力も第二次世界大戦後の復興に力を入れ、東西冷戦に敢然と立ち向かった威光もない。
 金融立国を目指したくせに、財政破綻と貿易収支の赤字ですでに首が廻らない状態である。

 そんなアメリカをオバマさんは何とかできるのだろうか。イラクからの撤退はすでに命じたと伝えられる。
 演説の中でも、オバマさんは、中東産原油依存から10年以内に脱っするのだという。そして原油依存体質からも抜けていくのだと。
 
 2004年の大統領選挙の時は、まだ一地方議員だったオバマさんが、4年後には大統領になれる国。それがアメリカという国である。
 1929年の世界大恐慌に立ち向かった大統領として有名なのが、32代目の大統領フランクリン・ルーズベルトである。ルーズベルトの推し進めた「ニューディール」政策がアメリカの恐慌を立ち直らせたといわれている。
 また、日本にとっては、もし、ルーズベルトが1945年4月12日、脳卒中で亡くならなければ、8月の原爆投下はなかったかもしれないといわれている。歴史に「もし」は通用しない。しかし、ルーズベルトは歴代2位の人気を博した大統領だったのである。
 それでは、アメリカの大統領人気ランキング一位は誰かといえば、それはもちろん第16代のリンカーンである。今のアメリカがアメリカでありえるのは、南北戦争でリンカーン率いる北軍が勝ったからである。そして黒人が奴隷から開放されたのもリンカーンがいたからである。
 
 オバマさんは、リンカーン、ルーズベルト、そしてケネディーを尊敬している。そして自らをその後継者だとしている。カリスマ性は抜群である。英語の不得意な日本人がその演説集を40万人が買うのである。それこそカリスマ性の証明ではなかろうか。
 CHANGEもYES,WE CANも英語だから、格好いいのである。日本語に訳すと何だかピンとこない。そもそも日本人にも、日本語にも演説は苦手なのである。
 第44代アメリカ合衆国大統領の就任式が後数時間で始まる。何だかワクワクしているのは、きっと私だけではないだろう。日本のテレビ局も異例だろうが、生中継を予定している。
 テレビで見るには、NHK,NHK衛星、その他民放でも予定されている。
 より現場に即してというなら、ケーブルテレビのCNNjあたりがおもしろいと思う。
 ラジオで聞きたいというなら、昔のFEN,今はAFNと呼ばれる、米軍の基地からの放送で生放送される。
 そして、テレビやラジオじゃなく、ネットで見たいんだという方にお勧めは、「ライブステーション」がいい 。専用のアプリをダウンロードしなければならないが、日本の中でネットで生で見るためには、これがいいようだ。
 「オバマ演説集」というのは、この歴史的なオバマさんの大統領就任式を愉しんで見るための資料である。このオバマ演説集をある程度マスターしておけば、彼の話す英語もわかるはずである。

英語で聞く、英語で読む ! オバマ「変革」の時代 2009年 01月号 [雑誌]


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2008-11-10 15:17:30

人生は愉快だ 池田晶子

テーマ:何のことやら
人生は愉快だ/池田 晶子

 初のアフリカ系アメリカン大統領が誕生した。


 アメリカ合衆国の建国は1776年のことである。一代目の大統領はご存知ジョージ・ワシントン。そして南北戦争で勝利した第16代の大統領エイブラハム・リンカーンは奴隷解放政策を打ち立てる。いや、そもそも奴隷開放政策なんて言い出したもんだから「人歯むいていがみ合う」(1861)ことになった。


 人を肌の色で差別してはいけない。人を宗教の違いで差別してはいけない。そんなことは誰でも知っている。


 「なぜ、人を殺してはいけないのですか?」


 素朴な疑問に答えられない時代である。


 「リベンジ」


 嫌な言葉である。報復とは負の連鎖で、必ず報復合戦となる。9.11のテロに対して、その主謀者の犯罪を暴き、テロの撲滅を図る目的でアメリカ軍はアフガニスタンに侵攻した。


 44代目となるアメリカ合衆国大統領は、43代目のブッシュが始めたイラク戦争から撤退しようとしている。それはイラク戦争が国益という天秤に掛けたとき、それに見合わないとわかってきたからである。
 投資銀行(インベストメント・バンク)というビジネスモデルが崩壊したのも、アメリカの国益より、一部の人間の利益の方が勝ってきたからである。


 アメリカの国益と一部の人間の利益。


 グローバル経済とは、別名国境なきハイエナ経済である。金のあるところならどこでも参上して、その富を吸い尽くす。


 1929年以来の世界大恐慌が始まろうとしている。と、世の中は慌しい。それじゃなくても11月、12月なんていうのは慌しいものである。と考えると、別に今とりわけて慌しいわけではないのではないか。慌しいと思っているだけ。誰が。
 
 すわ一大事と思っても、その一大事とはいったい何が。よくよく考えると、何も変わっちゃいない。少なくともわたしは。


 実際にはお会いしたこともないし、お話したこともない43代アメリカ合衆国大統領は、マイケル・ムーアの映画や、新聞、雑誌、メディアで報道される限りは、あまり頭のよろしくない方のようである。たぶん「おばかな」大統領ということでは歴史にその名を残すことだろう。


 とはいっても、イラク戦争、金融危機やその他もろもろのアメリカの失点をすべてブッシュに被せてしまうのも大人気ないのではなかろうか。


 アメリカの大統領を日本人が選ぶことはできないけれど、小泉さんは、ブッシュとは仲良しだった。
 国民を超える指導者など登場するわけがない。というのが長い(短い?)歴史の箴言である。選挙制度に問題があろうと、若干のインチキはあったのかもしれないが、少なくとも4年前にはアメリカ国民はブッシュを大統領に選んだのである。
 衆議院が自民党の独壇場になったのは、前の選挙で日本国民が郵政民営化の小泉さんを祭り上げたからである。


 さて、新聞、雑誌、テレビ、ラジオにインターネットといったメディアが広がると、どんな山奥で隠遁生活をしていても下界の一大事が耳に届く。
 もちろん山奥で隠遁生活ができるようなリッチな人がそうそういるとは思えない。そしてそういうリッチな方は、そも一大事などとは考えていない。
 山奥で隠遁生活ができない一般庶民はこの一大事にどうしたものか。


 時は、2008年の暮れ。この世がアセンションという流れの中に入るのは4年後のことである。


 フォトンベルトじゃなかったの?
 フォトンベルトもアセンションも単なる記号である。2012年の別名かもしれない。金融危機も、政権交代も大恐慌も一大事ということでは同じ記号である。それでは何が一大事なのか。誰が。どうして。


 最近ひとつわかったことがある。長生きはするものである。


 「思いは実現する」


 マーフィーの法則である。実現することを思うのである。


 「人は幸福を求めるから不幸になる」


 これも実は立派なマーフィーの法則なのだという理屈を教えてくれたのは池田晶子さんだった。


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2008-10-07 16:04:25

すべての経済はバブルに通じる 小幡績

テーマ:何のことやら
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 世の中が慌しくなってきた。「経済不況」「経済恐慌」といった言葉がメディアに飛び交っている。「サブプライムローン破綻」などというわけのわからない言葉がくしゃみをすると日本が風邪をひいてしまうアメリカから飛び込んできたのは昨年のことだった。


 サブプライムローンとは、信用力の低い借り手に対する住宅ローンである。「低所得者向け」なんていう言葉の通り、普通なら貸したくない借り手にローンを組むのである。
 貸したくない相手に貸すのだから、言ってみれば貸したけれど返してもらえないリスクが高い相手だから、それが慈善事業でない限りは、貸す側に何らかのメリットがなければならない。


 そもそもこのサブプライムローンというのが、何故誕生したかといえば、不動産バブルがあったからである。不動産バブルで儲かるのは当然建築業と不動産業である。そしてもちろんその建築業や不動産業に融資する金融業が儲かる仕組みになっている。
 不動産バブルとは不動産の価格がうなぎのぼりに上昇することを意味する。サブプライムローンとはそのうなぎのぼりに上昇する不動産価格を前提に組まれたローンである。不動産価格が上昇する限りは、借り手の信用力など全く必要とはしないのだ。犬でも猫でもいいとはいわないが、必ず上昇するであろう不動産物件を100%ローンで貸し付けてもその担保となる物件は購入時より価格が上昇していれば、返済されなかったらその物件を差し押さえてしまえばいい。借りる側にしても、価格が上昇する物件なら借り換えればいいことである。


 つまり、サブプライムローンそのものが、不動産バブルに便乗した金融商品といえなくもない。
 不動産バブルで、建築業者や不動産業者は銀行からじゃんじゃんお金を借りて新しい住宅を作りつづけた。そしてサブプライムローン会社はじゃんじゃん信用力の低い借り手に貸し続けたのである。
 しかし、どんな世界でもうなぎ上りに価格が上昇し続けるなどということはあり得ない。価格の上昇が止まり、下落するのである。必ずバブルの崩壊は起こるのである。
 不動産バブルが崩壊すれば、それありきのサブプライムローンなど吹っ飛んでしまうのはことの必然である。
 フレディーマックやファニーメイといったサブプライムローン会社が破綻したのは当然の成り行きといえる。


 しかし、不動産バブルの崩壊とそれに伴うサブプライムローン会社の破綻だけなら、世界の金融市場にこれほどの影響をおよぼさなかっただろう。
 リーマンが破綻し、インベストメント・バンク(投資銀行、證券会社)というビジネスモデルが崩壊することもなかったはずだ。

 金融業界とはどこまでもお金に対して貪欲である。その貪欲な金融業界の代表がメリル・リンチ、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、リーマン・ブラザースやベア・スターンズといった投資銀行である。
 日本だと、上記5社を全米大手證券会社と呼んでいた。1997年の金融ビッグバンですでに日本でも銀行、生保、証券、損保といった金融業の垣根はなきに等しい。銀行とサラ金の垣根さえ今はもうないのだ。銀行が単なるお金の貸し借りをやっているわけではなく、證券会社が株の売買の仲介をしているだけではない。


 サブプライムローンが崩壊して、どうして生保、損保のAIGが危機に陥るのかと普通は思う。しかし、先に書いたように、すでに、金融業界は何でもありありの世界に突入していたのだ。
 そもそも金融業の走りは生命保険である。人の命に値段をつけたのである。


 「証券化」という言葉を聞いたことがあるだろう。サブプライムローンでいえば、大量のローン債権を集めて、それを切り分けて小口にして売るのである。その『証券化』を仕組んだのがいわゆる投資銀行である。


 キャッシュフローで観てみよう。住宅を建てるにはお金が必要である。建築業や不動産屋にまず金が動く。借金して住宅を建てれば、売ってその資金を回収しなければならない。
 この住宅の買主は、資金の全額をサブプライムローン会社から借りることになる。
 わかりやすいように、サブプライムローン会社が建築業や不動産屋に融資して、住宅の買主にもローンを組めば、キャッシュフローだけでみれば、サブプライムローンから出たキャッシュがまたサブプライムローン会社に戻っただけである。
 住宅価格がうなぎ昇りに上昇している不動産バブルならば、そのお金の流れは、動くごとに増えていく。
 サブプライムローン会社も取引が増えれば、より多くの資金を必要になってくる。資金の調達方法はもちろん銀行から借りるという手はあるが、銀行も何もなしではお金は貸さない。担保ということでは、サブプライムローン会社がもっているのは、貸し出したローンの債権だけである。担保は不動産ということになる。
 借りたものは返さなければならない。それも金利をつけて。それならいっそ貸し出したローン債権を売ってしまえばいいだろう。価格の上昇が見込まれる不動産が担保についている。
 端っから、サブプライムローン会社は金利の利ざやで収益を上げるというビジネスなど考えていない。住宅バブルで住宅価格がうなぎ昇りに上がるのだから、貸す相手は誰でもよくて、金を貸すことによる手数料を巻き上げることで収益を上げるのだ。だからローン債権を担保に金を借りるより、ローン債権は売り払ってしまったほうがいいのだ。もちろん売るためには買い手が必要である。


 そのローン債権にたくさんの買い手を作る手法が『証券化』といえる。
 つまり、その実体はどうでもいいのだ。住宅ローン債権だろうと、クレジット支払の残高の債権だろうと、買い手のつく、買い手が買いたいと思うような『証券』に仕立てるのが、投資銀行なのだ。


 「証券化の最も本源的な機能とは、『原資産を金融商品に変質させる』メカニズムであり、これによりリスクは本質的に変質するのである。」


 サブプライムローンの破綻が単に不動産バブルの崩壊によるサブプライムローン会社の破綻だけに終わらなかったのは、サブプライムローン債権が優良な金融商品に変質されて、AAA証券として世界の投資家にばらまかれたからである。


 やっと米国の『金融救済法』が下院でも可決されたにも拘わらず、NY株は先週末より580ドルも値を下げて、1万ドルを割ってしまった。
 ドルも急落して、一ドル100円代を付けた。


 何しろ、この世の中、わからないことが多い。わからないことが多いのは悪いことではないと思う。わからないから、人は考えるのである。


 サブプライムローンなんて、銀行か證券会社か、それこそサラ金にでも勤めてなければ、知らないで済んだ言葉である。それが、世界を『恐慌』の危機にまで追い込んだ張本人となると、知らないではいられなくなってきた。

 『世界大恐慌』というのは、1929年、10月24日の株の暴落から始まったとされるが、いやいや、本当の『世界大恐慌』の発端はオーストリアのクレジットアシュタルト(ロスチャイルド家の銀行)の破綻からだという説もある。


 恐慌というのは、突然なるわけではない。1929年の世界大恐慌にしても後付けではあるかもしれないがそうなった理由が存在する。それまでのアメリカはわが世の春を謳歌していたのである。


 もし、これから世界大恐慌に向かっていくとすれば、そうなるべく理由があるのだ。
 サブプライムローン破綻がその発端なのかもしれないが、サブプライムローンだけの理由で世界恐慌になったとするには、世界の経済界はあまりにもナイーブ過ぎる。いやひょっとしたら、そんな脆弱な基盤の上にアメリカ経済は立脚していたのかもしれない。


 折りしも、アメリカでは大統領選挙の真っ只中である。そして日本でもいつ麻生さんが衆議院を解散して選挙に打って出るかは秒読みの段階に来ている。
 アメリカの大統領選挙はオバマさんの民主党が若干優勢と伝えられるが、これから戦争経済に突入せざるを得ない状況で、オバマ民主党が勝つことなどあり得ないと豪語する方もいらっしゃる。
 日本も同じで、選挙になれば、失点続きの自民党が小沢民主党に政権が移るのではないかと思われているが、絶対に民主党が政権を握ることはないとおっしゃる方もおいでになる。


 サブプライム問題にしても恐慌の話も、言葉の問題ではなく、これから、アメリカは、世界は、日本はどうなっていくのかがみんなわからないでいる。つまり、どうなって欲しいというのではなく、どうなってしまうのかという関心である。

 1990年にソ連邦が崩壊して資本主義との対立軸としての社会主義、共産主義といった社会体制が終焉を迎えた。しかし、それは資本主義の勝利ということではなく、単に資本主義が残ったというだけのことである。
 そして2010年までに残った資本主義も崩壊するだろうと言われ始めている。


 北京オリンピックも終わり、中国バブルが弾け、2010年の上海万博を待たずに世界同時不況に突入しようとしているのだろうか。


 株式投資、FXは、どんなに格好をつけていっても、所詮ギャンブルである。ギャンブルは、必ず胴元が儲かるようにできている。しかし、その胴元が潰れてしまえば、そのギャンブルそのものが成り立たない。
 金融工学を駆使した、デリバティブという博打(ギャンブル)は、その胴元である投資銀行が破綻してしまった。
 ギャンブルに参加していた人たちにとっては大事である。FX取引でお金を積んでいた業者が潰れたのと同じである。しかし、所詮はギャンブルだから、それはあり得るのだ。
 サブプライムローンも証券化した時点でギャンブルになったのである。


 破綻したリーマンのCEOの昨年の報酬がプロスポーツ選手も真っ青な金額だとか。それは、どこの金融機関でも同じことである。お金が商品である金融機関の仕事はずばり、お金を増やすことである。そのお金を増やす方法、錬金術が現代は金融工学を駆使したデリバティブだった。金融工学という考え方は、さる高尚なノーベル賞受賞者のものらしい。


 株もやらなければ、もちろん金融商品にも、FXにも手を出していない人たちがほとんどなのに、欲に目の眩んだ拝金主義者たちが破綻したからといって、どうして公的資金で助けなければならないのか?
 と考えるのは、アメリカ国民も同じである。そしてたとえ一国のGDPに匹敵するような巨額の公的資金を投入したところで、世界の金融界は元には戻らない。デリバティブというギャンブルの底が割れてしまったからだ。


 富むものはもっと富、貧しいものはもっと貧しくなるような社会はやっぱりおかしいのである。


 「すべての経済はバブルに通じる」
 しごく名言である。われわれの経済活動は必ずバブルを引き起こす。そしてそのバブルは必ず崩壊するのである。


参考文献

恐慌前夜/副島 隆彦
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2010年資本主義大爆裂!―緊急!近未来10の予測/ラビ・バトラ

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