ひよこの航海日誌(ログブック) -2ページ目

ひよこの航海日誌(ログブック)

推しに狂うくらいがちょうどいい。
こんにちは。すみかぜです。

まわりでブログをやってる人がいたのと、もともと物書きに興味があったのでやってみようと思いました···!

はいふり基礎学概論

 

近代戦における要塞の防御力は圧倒的であった。例えば日露戦争の旅順要塞では900門以上の大小様々な火砲と無数の機関銃により、陥落するまでの4か月間で1万5千人もの犠牲を日本軍に支払わせている。そもそも戦略上の重要施設や拠点の防衛が要塞に課せられた最大の使命であるため、敵対勢力による陥落は絶対に阻止せねばならない。それを防ぐためには当然、装備される火砲は強力な打撃力を伴ったものとなる。

振り返ればはいふりの世界でも、ブルーマーメイドやホワイトドルフィン(以下、便宜上それぞれをBM・WDと略す)や海洋学校の生徒たちは海上要塞の圧倒的な防御力に悩まされた。もし晴風が決死の突入作戦を成功させていなければ、海上要塞は日本の首都圏だけでなく西太平洋における大きな脅威となったことは想像に難くない。アメリカの不始末によって日本は大変な迷惑を被ったわけである。

 

さて、前回は「地政学」を下敷きにBMが結成されるに至った理由を検証した。今回は劇中における最大の敵であった海上要塞について(好き勝手に)考察していこうと思う。アメリカはなぜ強力な要塞を建造せざるを得なかったのだろうか。その謎を紐解くため、まずはアメリカの海洋戦略を理解する必要があるだろう。

 

●『世界最大の島国』アメリカ

アメリカ軍といえば一般的にカーキの迷彩服を着込んだいわゆる陸軍のイメージが強い。しかし意外なことに、軍の方針は海洋国家的性格がとても強いこれは国境を接するカナダとメキシコがアメリカに敵対的でないため、背後を気にせず新大陸の外へ目を向けることができたからだ。

また旧大陸(主にイギリスだが。)との交易で国を発展させたという歴史的経緯から、商船とシーレーンを防衛するために制海権を握ることが重要な国是となる。この国是はフィリピンの植民地化や、黒船の来航などに代表されるアジア進出にも見られる。これも単に領土拡張や現地の天然資源を狙った帝国主義的な野心だけでなく、太平洋一帯を自国の商船が自由に航行できる環境を整えるためと言えるだろう。

 

▲チョークポイントを通過する際に多くの航路が交わる

 

現在はアメリカが領有する植民地は消滅したが(※1)、同盟を結ぶことで遠く離れたアジアにも影響力を保持し続けた。その結果、太平洋やインド洋の制海権を得ることができ、世界の海の管理者として「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」を現在まで維持している。この海洋戦略こそが、建国して250年にも満たない新興国を世界最大の経済大国へと成り上がらせたのは、もはや疑う余地もないだろう。

さて、アメリカの基本的な海洋戦略を理解したところで本題に立ち返りろう。つまり、アメリカはなぜこれほどまでに堅牢な海上要塞を建造する必要があったのかだ。その手がかりを探るため、海上要塞が建造された目的に着目しながら劇場版ブルーレイ付属のブックレットを読み進めよう。

 

●兵装だけでない海上要塞の武器

ブックレットには海上要塞建造の目的が実に端的に記載されている。いわく「機動部隊を一つ収納でき、物資の補給に加え艦隊の簡単な修理とメンテナンス、乗員の休養を可能とするため」とのことだが、これはどことなく我々の世界における空母の役割を果たしているように思える

一例を挙げれば、横須賀配備の空母「ロナルド・レーガン」は戦闘機を最大で約90機搭載できるほか、およそ6,000名もの乗員が航海中も快適に過ごせるよう、教会や映画館、スターバックスが艦内に常設されている。

 

▲横須賀港に停泊中の空母「ロナルド・レーガン」

 

だが艦艇の修理や乗員の休養が単なる目的であれば、このような海上要塞が必要なのだろうか。例えば東南アジアのどこかに、横須賀基地のような港湾を間借りするという選択肢もあったはずだ。現に1991年まではフィリピンにアメリカの海軍基地が存在し、西太平洋における重要な軍事拠点として機能していた。

対する海上要塞は高い運用コストを必要とする上に修理にも艦隊運用レベルのコストを求められることから、もはや時代遅れの金食い虫と成り果ててしまった。艦艇の高速化や国際情勢の変化という要因こそあれど、なぜ多くの労力と予算を必要とする要塞の建造が選ばれたのだろうか。

この疑問を解消するには海上要塞と港湾の相違点――海上要塞それ自体が機動性を有している点――に着目すべきだろうなぜなら、アメリカの海洋戦略にとって要塞が移動可能であること自体に意味があると考えられるからだ。それでは次項より、空母が持つもうひとつの効果を検証していく。

 

●航空戦力なき空母の効果

単艦での兵装という点で見れば、空母は実のところそれほど大きな戦力にはならない。というのも、発着艦を行う広い甲板と戦闘機を収納するスペースが最も重要視されるため、大砲と砲弾がどうしても邪魔となる。それゆえに空母は艦対空ミサイルとCIWS(バルカン砲)がせいぜいの控えめな武装しか持ち合わせておらず、空母の防御は随伴するイージス艦がその役目を引き受けている。それでもアメリカが空母を多数運用するのは、それが戦力以上の重要な価値――国家的関心地域における軍事的プレゼンスの発揮――をもたらすためである。

その価値を理解するには、1996年に勃発した第三次台湾海峡危機が最も適切な事例と考えられるだろう。これは独立の機運が高まる台湾での総統選を目前に控え、中国が恫喝を目的に多数のミサイルを台湾海峡へ撃ち込むことで緊張を高めていた事件である。これに対し、台湾を支援するアメリカは空母2隻からなる空母打撃群(※2を東シナ海へ派遣することで、中国に対し軍事的圧力をかけた。余談だが、派遣された空母のうち一隻に、「インディペンデンス(独立)」という艦名がつけられていたのは何ともアメリカらしい皮肉である

先述のように空母は単艦での兵装こそ貧弱であるが、空母打撃群ともなると5~10隻の水上艦艇や潜水艦、そして多数の戦闘機を随伴した大きな戦力となる。今でこそ海洋進出に積極的な中国だが当時は沿海海軍程度の戦力でしかなく、アメリカの圧倒的な軍事力の前に振り上げた拳をしぶしぶ下ろさざるをえなかった。アメリカはこのようにして、空母の派遣により戦闘することなく自国の目的――中国による干渉阻止と制海権の保持――を達成したのである。

 

これを踏まえて劇場版での海上要塞を振り返る。海賊側はプラント船を再び奪取するための交渉材料として、海上要塞を東京湾へ突入させる旨の恫喝を行った。空母と違い随伴艦こそないものの、武装は旧式艦艇の主砲と副砲を据え付けた強力なものである。ちなみにこれは戦艦三笠と同等のスペックであり、最大射程12㎞の主砲が火を噴けば首都圏に甚大な被害をもたらすことは容易に想像できる。

また仮に東京湾へ侵入せずとも、シーレーン上のチョークポイントである台湾海峡やバシー海峡に陣取れば、貿易が発展の生命線である海洋国家諸国の経済に致命的な打撃を与えることとなる※3)。すなわち海上要塞は主砲を1発たりとも撃たずに、存在感という武器で世界を混乱させることが可能だ。

幸いにも日本のBMおよびWDが有効な法執行を行ったため、今回の事案では大事に至らなかった。しかし法執行機関の整備が進んでいない発展途上国で同様の事案が発生した場合、事態はさらに深刻なものとなった可能性がある。つまり海上要塞は、空母と同様のプレゼンスをもって敵対勢力を屈服させることができる。

 

▲戦艦三笠の主砲と副砲。副砲といえど威力は侮れない。

 

以上より、劇中に登場した海上要塞はアメリカの海洋戦略における国家的関心地域で軍事的プレゼンスを発揮するために建造された、現代の空母に類似した兵器である」という結論づけができるだろう。それにしても、航空機という概念が存在しない世界で空母に類似した兵器が登場するとは、なんと興味深いことであろうか。

 

▲南シナ海を迂回する場合、とてつもない遠回りをする必要がある

 

●架空世界と「地政学」

今回、はいふり世界を地政学という観点から検証してきた。本来であればアメリカの仮想敵国まで考察を深めたかったのだが、不確定要素が多いうえに完全なる妄想の域に達することから泣く泣く割愛した(※4)。もしも続編があるなら他国がどの程度絡むか楽しみであるが、あまり物語の本質に絡まない雑音はないほうが良いだろう。続編が制作されることを期待して結びの言葉とする。

地政学を踏まえた物語世界の考察はこれにて一旦終幕となるが、はいふりは奥が深いものでまだ検証できそうな題材が実はある。次にみなさんとお会いするのは、それを発表するときとなるだろう。

それまでしばしの別れだ。みなさんのご安航を祈る。

 

【補足】

※1:厳密に言えば、プエルトリコや南太平洋の島嶼等の海外領土は存在する。

※2:当時は空母戦闘群という名称だった。

※3:地球規模に拡大した現代の海上輸送は定時性を強く求められるため、紛争海域の迂回による遅れは深刻な問題を引き起こす。例えば日本から中東へ向かう原油タンカーが南シナ海を通らない場合、ロンボク海峡経由による片道1,000海里増で10隻程度、オーストラリア南方経由による片道5,200海里増の遠回りでは50隻程度のタンカーを追加で用意する必要が生じる。裏を返せば、それだけのタンカーを用意できなければ平時の石油所有量を維持できず、日本は国民生活と経済が破綻しかねないのだ。

(出典:南シナ海の航行が脅かされる事態における経済的損失(笹川平和財団))

※4:当初は仮想敵国として中国を想定していたが、建国の歴史や共産党政権の有無によって複雑になってしまうと考えたため考察は断念した。