最近、私の大切な仲間、ikiruo-sinziruさんが自身の治療で主治医の対応によって大変な思いをされていました。
こんなに主治医で変わるものなんだなと。
昨日、ご自身がかかっていた神のような先生から治療法が提案されたようでほっとしています。
今日は他の仲間も1日闘っています。共に乗り越えたいと思います。

最近の話に持っていきたいので過去のことを早急に終わらせたいと思っていたけどえー
現在のところに追いつくのももう少しなのでお付き合いくださいガクリ

今年のお正月は風邪気味から始まり2日ほどゴロゴロニヤリ
なぜなら箱根駅伝復路の3日、念願の箱根富士家ホテルに宿泊するのです🎵
ホテルの佇まいも魅力でしたが脂質制限をしていたので食事が魅力で箱根観光より食べることだけを考えていました。
何を出されても美味しく、つい食べ過ぎにキョロキョロ




翌日、大涌谷に行き黒玉子を食べました。脂質のことなど考えず…実は2つ。寿命が延びるらしい…そしたら何年延びるのでしょう⁉
1つで7年…2つで…。ステージⅣbと言われて14年も生きられたら私ホントに嬉しいけど…。

正に食べるための旅行になりました。



そんなことをしながら無事に年明けを迎え7日に最終出勤、1/31に退職。
正直なところ退職できてほっとしました。退職前にマニュアルを作りできるだけ困らないように。あとは残された人たちの頑張り。仕事の代わりはたくさんいます。
そう思わないとやってられないもの。いずれ誰かが私がやってきたようにできるはずです。
頑張ってね。皆上げ上げ

2月はインフルエンザの時期もあり、おとなしくしていました。
友だちと会ったりイチゴケーキ退職したので健康保険やハローワークいろいろな手続きで前半は忙しくしていました。仕事を辞めるのって大変なんですね。

3月は飛騨高山にダッシュ
東京に住んでいる者としたら飛騨高山や伊勢は憧れ。アクセスが問題で遠のいていました。
でも余命1年と言われてる身だし行けるのなら行かなきゃと思い出発!
白川郷も観られたし飛騨牛を食べ高山ラーメンも食べ満足照れ
お付き合いしてくれた息子、ありがとう。

肝心な治療のこと病院
今更感があるけど微増微減で横ばい。
CA-19-9は1月92、2月84、3月82
ガンマは1月226,272,
2月208,244,206
3月224,180,206


左腕の血管が点滴できる状態でなくなり右腕で度々治療するようにショボーン
ゲムシタビンの点滴は点滴中、血管炎でとても辛いので治療中もホットパック。
挿し直しは茶飯事になりポート手術を検討し始めたのもこの頃です。
点滴は開始してしまえば苦痛ではなかったのですが注射や採血が何より苦手な私にとって点滴の針刺しは何より苦痛でした。
ヘタレだなと実感する瞬間ですプンプン
CTに関しては肺転移の「えのき茸」のように見える腫瘍は若干濃くなっていました。
要するに進んだということ。前にも書いたと思いますが私は肺転移は上の空で聞いていませんでした。
リンパ節転移もあり改めてブログに書いたことで確認したことも多々あります。
なんて能天気なんでしょう。
最初の告知のときステージⅣb、手術不適応、余命MAX1年しか聞いてない呑気な私です。

CTの結果を聞いた際に主治医に温熱療法のことを家族と共に聞きました。
可否は…答えはNO。
「標準治療のGCが効いているなか他のものに手を出されると具合が悪くなった時、どちらが原因かわからない。自分の患者では温熱療法をしている人はいない。現状で数値も治療当初より1/3程度に下がっているのだから。」
このようなことを仰られた。
主治医の先生、普段から本当によく話を聞いてくださる。私も家族も主治医を信頼しています。
そのときの主治医の反応にそこまでして内緒でも治療をする気持ちが一緒に説明を聞いた家族も私も失せてしまいました。
何も主治医に対して不満はありません。
経過を見ながら都度相談していこうと思いました。
皆ならどうでしょう?強硬突破してやっちゃいますか?

その頃、ikiruo-sinziruさんのブログを読んで米ぬか酵素風呂に行き始めました。通ってるうちに35度台だった体温が36度台に。体温が低いことは病気発覚前から気になっていました。
ikiruo-sinziruさんのブログが楽しみでいつか会ってみたいと思い始めたのもこの頃ですニヤリ

手術不適応に変わりはないものの呑気に旅行に友人に会いに行ったりあちこち行って過ごしました。

私の一番の癒しニコ

被り物は苦手だよー。でも一度だけ被ってもらった。ピンボケになっちゃいましたてへぺろ