【徹底解説】ポケベル爆発、どうやって?イスラエルvsヒズボラ、恐るべきモサド…ハマスとの戦闘はレバノンに拡大か
2度目の攻撃で爆発したトランシーバーの残骸(写真:AP/アフロ)
中東のレバノンで、イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーらが所持していたポケットベル(ポケベル)やトランシーバー(ウォーキートーキー)が次々と爆発し、周辺にいた人たちを含め多数の死傷者が出ました。ヒズボラはイスラエルによるサイバー攻撃だと訴え、報復攻撃を示唆しました。パレスチナ自治区ガザでのハマスとイスラエルの戦闘がレバノンにも広がることが懸念されています。イスラエルとヒズボラとの間に何が起きているのでしょうか。やさしく解説します。
(西村卓也:フリーランス記者、フロントラインプレス)
【目次】
ポケベル、トランシーバーが相次ぎ「爆弾」に
イスラエルの情報機関「モサド」が関与か
プラスチック爆薬を忍び込ませたか
ハマスとの戦闘がレバノンにも拡大
イスラエルとヒズボラ、対立の歴史
ローテク機器を武器に変えた高度な「情報戦」
ポケベル、トランシーバーが相次ぎ「爆弾」に
爆発は2回にわたって起きました。
1回目は2024年9月17日の午後(現地時間)。レバノン各地でヒズボラのメンバーらが持っていたポケベルがメッセージを受信して一斉に鳴り出し、その数秒後に突然爆発しました。報道によると、12人が死亡し約2700人が負傷しました。鳴り出した卓上のポケベルを取って父に渡そうとした女の子が爆発で死亡したケースもあったようです。
2回目は翌9月18日の夕方でした。今度は無線で会話ができるトランシーバーが爆発し、20人が死亡、約450人が負傷したということです。
若い世代にとって「ポケベル」や「トランシーバー」はなじみが薄いかもしれません。携帯電話やスマートフォンが普及する前に使われた古いタイプの通信機器です。ポケベルはメッセージを受信するだけで発信はできません。
例えば会社から外出先の社員にメッセージを送り、受信した社員は会社に電話で連絡を入れるというような使い方をします。トランシーバーは携帯電話のような基地局を必要とせず、一定の距離内で機器同士が電波でつながり、会話をやりとりするものです。
なぜ、今の時代にこのようなローテク機器がレバノンで広がっていたのでしょうか。
イスラエルの情報機関「モサド」が関与か
現地からの報道などによると、ヒズボラの最高指導者ナスララ師は2024年の初め、メンバーに対し携帯電話やスマホを持つのをやめ、重要な通信にはポケベルやトランシーバーを使うよう指示しました。位置情報がイスラエルに漏れていることを察知し、幹部が集まる場が知られて集中攻撃される事態を避けるためでした。
ヒズボラはポケベルやトランシーバーを調達し、全国のメンバーに配布しました。その機器の中に爆薬が仕掛けられていたもようです。
ポケベルは台湾製で、約5000個が配られていました。ただ、台湾のメーカーはハンガリーの会社に製品を納入しただけであり、爆発とは無関係だと主張しています。トランシーバーは日本のメーカーのものですが、10年前に製造終了した製品であり、やはり爆発とは関係ないとしています。
爆発したトランシーバーの製造元と報じられたアイコム、関与は否定(写真:ロイター/アフロ)
今のところ、どの段階で機器に爆薬が仕掛けられたのか確定はできていませんが、流通経路のどこかで爆発物が埋め込まれたと考えられています。相手方のネットワークに侵入して生産活動を阻害したり情報を盗んだりする「サプライチェーン攻撃」の一種と言えるかもしれません。
そうしたなか、今回のレバノンでの通信機器爆発事件は、イスラエルの情報機関「モサド」が時間をかけて準備したという見方が出ています。
では、手のひらに乗るような小さな機器は、どのようにして強い殺傷能力を持つ武器に変身したのでしょうか。
プラスチック爆薬を忍び込ませたか
爆発物の構造は解明されていませんが、少ない量でも爆発力の強い高性能爆薬が使われたようです。わずか3〜5グラムで致命的なダメージを与える爆薬はいくつか存在しており、今回は粘土のように容易に変形できる可塑性爆薬(プラスチック爆薬)が使われたとの見方が今のところ有力です。
1度目の攻撃で爆発したポケベルの残骸(写真:Abaca/アフロ)
ポケベルの内部には、高温を発する性質があるリチウムイオン電池があります。そのそばにこの爆薬を埋め込み、ある種のメッセージを受信すると発火する仕掛けになっていたと指摘されています。高度な技術で巧妙に爆薬が仕掛けられた可能性が大きく、ポケベルなどを配布するというヒズボラ内部の情報が外部に漏れていたのは間違いありません。
ヒズボラは市民を巻き添えにする国際法違反の攻撃だとしてイスラエルを非難していますが、イスラエルはポケベル爆弾への関与について何も語っていません。
なぜ今、このような攻撃が行われたのでしょうか。
ハマスとの戦闘がレバノンにも拡大
イスラエルは2023年10月、イスラム組織ハマスによるテロへの報復としてパレスチナ自治区ガザへの攻撃を始めました。イスラエルの北で隣接するレバノンのヒズボラはハマスを支援する立場から、イスラエル北部をロケットで何度も攻撃。そのためイスラエルの住民約6万人が避難を余儀なくされています。
今回の爆破事件がイスラエルの「モサド」によるものだとすれば、次のような考え方が成り立つでしょう。
イスラエルのネタニヤフ首相は最近、ヒズボラの攻撃から避難している国民に対し、「安全に自宅に帰れるようにする」と約束しました。支持率の低下を反転させ、国内政治の基盤強化を図る狙いがあることは明白です。
またネタニヤフ首相はハマスとの戦闘継続を目指していますが、ガラント国防相は停戦合意に向けて動いており、2人の確執も目立つようになってきました。こうした政権内の混乱から国民の目をそらす狙いもあったのかもしれません。
しかし、ガザ地区のハマスとの戦いに加え、レバノンのヒズボラとの戦闘が激化すればイスラエルは苦しい立場に立たされるでしょう。イスラエルの後ろ盾となっている米国も戦闘の拡大は望んでおらず、イスラエルが孤立する可能性も否定できません。
ポケベル爆弾などの事件から数日後、イスラエルはレバノンの首都ベイルートを空爆し、ヒズボラ幹部を殺害しました。国際社会の懸念をよそに、戦闘はすでに拡大を始めています。
イスラエルとヒズボラ、対立の歴史
イスラエルとヒズボラは長い対立の歴史があります。
イスラエルがレバノンに侵攻し「第5次中東戦争」とも言われた1982年、ヒズボラはレバノンの政党・民兵組織から分裂する形で結成されました。ヒズボラとはアラビア語で「神の党」の意味。結成後は「イスラエルの排除」を掲げて武器と民兵組織を強化し、イランの支援を受けてイスラエル攻撃を繰り返してきました。
図:フロントラインプレス作成
2006年の戦闘ではイスラエルに大きな損害を与えたほか、イスラエルの後ろ盾である米国に対しても国外の軍事基地などを攻撃しています。同じイスラム教シーア派のイランやシリアの支援を受けており、10万発を超すロケットを保有するなど、強大な軍事力で知られています。
そうした軍事組織である一方、ヒズボラは強大な政治組織でもあります。レバノン議会(定数128)では13議席を持ち、友好会派を加えた勢力は近年、議会の半数近くを握っています。また、労相などの閣僚も輩出。首相を選出する際の政党・宗教間調整でも強い発言力を持っています。学校や病院、福祉施設などの公共サービスも手掛けており、住民の支持も小さくありません。
ポケベル爆弾などによる連続爆破事件は、中東情勢に大きな影響を与える恐れがあります。
ローテク機器を武器に変えた高度な「情報戦」
ヒズボラを率いるナスララ師は、事件をイスラエルによる攻撃と断定し、報復を宣言しました。イスラエルの戦争は対ハマスだけでなく、レバノン領土に拡大する可能性も出てきたのです。
イスラエルを支持してきた米国はこの間、ハマスとイスラエルの停戦合意に道筋をつけようとしてきましたが、11月の大統領選を控え、さらに難しい対応を迫られるでしょう。
今回の連続爆破事件は、「情報戦」の凄まじさも物語っています。
ポケベルなどへの爆発物装着は、ヒズボラがローテク機器を配布することを事前に知っていたことを強く推察させるものです。爆発事件後、イスラエルはレバノンの首都・ベイルートを空爆してヒズボラ幹部を殺害しましたが、これも通信ネットワークが使えないため幹部が実際に集まって会議を開いていた現場を狙ったものでした。
事前の情報収集が不完全であれば、こうした攻撃は成功しなかったでしょう。
ロシアとウクライナの戦争では、ドローンによる攻撃やサイバー攻撃が威力を発揮しています。兵器近代化の速度は想像を絶する速度で進んでいますが、殺人ロボットの登場などAI兵器の開発・配備は人類社会そのものに大きな影響を与えます。ヒズボラを狙った爆弾事件はポケベルなどのローテクに目を奪われがちですが、事前にはハイテクを駆使した高度な情報戦があったことは疑いありません。
今回の事件を契機に新しい形のテロや戦争が増えれば、紛争当事国のみならず、国際社会の安定を根底から覆す恐れもあります。