堀山 明子  外信部

 

 精神医療現場で世界的に広がりつつある、患者と専門家がひたすら対話をする治療法「オープンダイアローグ(OD)」。これを学ぶ日本と韓国の専門家が、独自の視点で交流を続けている。ODをただ学ぶのではなく、患者自身が苦しみを分析する「当事者研究」から発展させようとしているのだ。

 

 日本で始まり、韓国でも取り組まれている当事者研究は、患者の語りを重んじる点ではODと共通。育てた土壌にグローバルな対話実践はどう根付くだろうか。

 

 北海道医療大先端研究推進センターの主催で2月末に開かれたシンポジウムと、その後の日韓交流を取材した。専門知識のある医者と、苦しみもがいている患者が対等に対話ができるのか。なぜ日韓交流がこの分野で進んでいるのか。素朴な疑問を現場で確かめたかった。

 

 シンポジウムは、フィンランドの精神科病院で1980年代からODを提唱したヤーコ・セイックラ氏がオンラインで講演。社会福祉法人「浦河ベテルの家」(北海道浦河町)で2001年から当事者研究を始めた向谷地生良理事長が会場で講演し、2人の質疑もあった。

 

 ODは「本人がいないところで、その人の話をしない」という原則の下、患者が家族や医師、臨床心理士ら専門家と対話を続け、治療方針は本人の前で決める。「人間中心の権利に基づく手法」として世界保健機関(WHO)も注目。日本では15年に研究連絡会が発足し、現地研修を経た公式トレーナーが6人いる。

 

 一方、当事者研究は、自分の生きづらさや症状に名前を付けて分析を発表し、解決方法を患者仲間らと話し合う。襲ってくる幻覚を人形で表現したり、否定的な感情を「お客さま」と呼んで観察したり、ユーモアを交えて研究するのが特徴だ。東京大や北海道医療大に講座がある。

 

 いずれの方法も、病院中心の精神医療によって、薬が多用され、長期入院が放置されがちな現状への批判から生まれた。医者の権威をどうやってなくすかも共通課題だ。

 

 2人の質疑でセイックラ氏は、日本でODに加わった際、「看護師が医師の意見に従う場合があった」と話し、専門家チーム内がまず対等である環境が大切だと指摘した。ODの上級課程を研修中という向谷地氏は、フィンランドの精神科病院を視察した際、「雰囲気がオープンで、スタッフが平等だと実感した」と語った。

 

 シンポジウム会場では、当事者研究を韓国の医療機関で実践する専門家7人が、この議論を真剣に聴いていた。韓国では向谷地氏の本が5冊以上翻訳されている。15年から当事者研究が本格的に導入され、現在は12機関で実施。ODの研修や勉強会は22年から10機関で始まった。二つの現場はほぼ重なる。

 

 韓国の当事者研究ネットワーク代表で、OD準備委員長を務めるキムデフアン・清州精神健康センター館長は報告で、「ODの基礎課程の修了者は全国で40人いますが、精神障害の当事者が多いのが特徴です」と明らかにした。OD導入の前史として当事者研究の土台があったからこそ起きている現象かもしれない」

 

 「当事者研究は独裁政権を倒す民主化のように、精神障害者が自分の病の主人公になる革命的なできごとだった」。シンポジウム後、韓国人参加者は相次いで熱く語った。ODでは英語の「クライアント(依頼主)」という単語がそのまま使われる場合が多いが、当事者研究で患者の主体性が芽生え、現場で意識変化が進んだと語る人もいた。

 

 こうした韓国の反応について北海道医療大の橋本菊次郎教授は「当事者研究は日本で主流になれていない。海外で意義づけ、独自の実践を通じて、むしろ勇気づけられることが多い」と話す。

 

 シンポジウム翌日は当事者研究を実践する「札幌なかまの杜クリニック」などを日韓の参加者が一緒に訪問した。「元当事者です」と語る「ピアサポーター(同僚支援者)」が、「さびしさ研究班」などをつくり、自己病名が近い仲間同士で対話をする方法を語った。「うまく説明できるかな、緊張する」と叫ぶ職員を励ましもしていた。

 

 患者が対等に対話に入れるのかという当初の疑問は吹っ飛んだ。関係性が変われば、風通しが良くなり、人は変わる。取材を経て、それが信じられる自分が一番の変化だ。

 

「毎日新聞」2024年3月28日付け朝刊  引用