<超現象ー6> | キャリアウーマンのそれぞれ -「タレントの卵・営業日誌」連載中-
2005年07月24日(日)

<超現象ー6>

テーマ:超現象

この記事は<超現象ー1> からの続きです。
先にお読みになってから、この記事をお楽しみ下さい。


(順にリンクを辿っていけるようにしてあります。)



ストーリー仕立てになっておりますが、こちらは実話です。






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大下さんの事件が一段落して、数日たったある日のことでした。


田舎に住む妹のところへちょっとした用事で電話をした時
2つばかり体験した、超不思議な現象についてチラっと話しをしました。


妹に何故この話しをしたのか、今、思い出そうとしても理由が思い出せません。
なんとなく・・・そう、なんとなくそんな話しの流れになっただけのことかも知れません。


この話しを聞いた妹の反応と言うと
「超現実主義者のお姉ちゃんから、そんな話しを聞かされると思ってなかったわ。
 お姉ちゃんは科学万能主義の人だと思ってたからねぇ・・・。」
とのことです。


この一言で、私がこういう類の話しを信じず生活していたかが、わかってもらえるかと思います。






この電話の時に発覚したのですが・・・妹も「見える」人だったのです。


妹の「見える」能力の範囲は案外狭く、はっきり「見える」のは身内の霊だけのようで
全く縁のない人の場合は、かなり強烈な時だけのようです。


私の妹がその能力に気がついたのは幼稚園の時かららしいのですが
「見える」話しに入る前に、私の生い立ちにも触れておきます。






私は、両親が結婚してから都会に住むようになり、出来た子供です。

ずっと都会で生活をしていましたが、夏休みには必ず両親の実家(田舎)へ帰省していました。

特に、母方の実家は四国の離島ですので、毎年夏休みの半分くらいはバカンスを兼ねて
長期滞在して遊んでいました。


私たちが子供の頃にはまだ土葬がまかり通っていたような超田舎です。
当然、色んな怪現象に見舞われるのですが・・・

その話しは、後のお楽しみに置いておきますね ( ̄ー ̄)ニヤリッ






私は生後2ヶ月で先天性の心臓病と言うことが発覚し、医者から
「このままでは5才まで生きることが出来たら良い方でしょう。
 もし3才まで生きることが出来たら手術しましょう。」
と宣告された体だったそうです。



親が神経質になっているのを察しているのか
抱っこしてないと泣く子なので、ずっと抱っこをしていたそうです。


泣けばチアノーゼになり、発作が起きるかもしれないので

母が寝る時も、抱いて座ったまま寝ていたそうです。


たまに熟睡しているからと、布団に寝かせようと思っただけで
それを察して泣く子供だったらしいですから・・・ (^^;




今、この年齢になっても、その時の話しが出るんですが
「みきは本当に勘のいい子だったわ。
 どこへ寝かそうかって、目で置き場所を探し始めると泣くんだもん。」
と言われるくらいに、人の気持ちを読む子だったそうです。


だから、今まで私に自覚がなかっただけで、この頃から「見える」能力が備わっていたのかもしれません。




私が2才の時、初めて田舎に連れて帰り、お披露目をしたそうです。


母にすれば、私の最初で最後になるかも知れない旅行。
でも、田舎の空気に触れさせて、少しでも元気になればと祈りを込めた帰省だったと思います。


母は長女になるので、私の祖父母にとって「自分の子供の産んだ子(孫)」ということで
とても可愛がってくれたそうです。


「目の中に入れても痛くないって言うのは、こういうことを言うのね」
と、近所の言うくらいの可愛がりようだったみたいです(笑)




祖父などは、老いた体に鞭打って漁に出て
「みきのために」と、わざわざ伊勢エビを捕ってきてくれたそうです。


捕れ捕れの伊勢エビを手に持って帰った祖父は
「ほれ!みき!これで精がつくんじゃぞ~!美味いぞ~~~~~!」
と私に見せてくれたそうです。


それなのに「これ、動いてて怖いし気持ち悪い・・・」と、私は1口も食べなかったそうです (-"-;)


「残ったら勿体無い」と、キッチリ私の母が当然のように食べたそうですがw





で、その帰省中に、祖父母が「みきとの思い出作りに旅行でも」と言い出して
祖父母、両親、私の5人で東京へ遊びに行くことになりました。


東京には母の兄弟が住んでいたので、宿泊場所には困りません。
1週間ほどの滞在で、東京観光をすることになりました。


その時、観光地を巡るために乗った「はとバス」での思い出が
裏履歴書<バスガイド編> へと繋がっていくのですが・・・。





祖父母にしてみれば、「みきとの最後の思い出になるかもしれない」
「私らの命と代えれるものなら、取り替えてやりたい」と思いながらの旅だったでしょう。

「はとバス」で靖国神社へお参りした時に、祖父母は<ミンダナオ島に我思ふ> に書いた戦死した伯父へ
「どうか、みきを連れていかんでやんさい(いかないでください)」とお願いしたそうです。


その祈りが聞き届けられたのか・・・


私は3才を過ぎ、大学病院での精密検査の結果
「以前の状態より良くなっているので
 しばらくオペなしで様子を見ることにしましょう。
 勿論、何かあった時には、緊急手術にはなりますが
 今、急いでオペする必要がないくらいに回復していると思ってください。」
と言われたそうです。


この結果で両親が一安心したのかどうか、わかりませんが
それまで一人っ子状態だった私に妹が出来ることとなりました(笑)






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